第9話幕間(魔王教徒と変異体)

鬱葱と茂る木々の間に、ぽっかりと空いた空間があった。元々そこは丘の一部だったのだろう。しかし、砂山を半分だけ削ったかのように、丘のその部分はなくなっていた。センタオリヌの方角から見れば、緑あふれるただの小高い丘にしか見えない。しかし、ムディカの森の方角から見れば、丘は切り立った崖だった。

反対側とは異なり、むき出しの岩肌が無残な姿をさらしている。しかもその空虚な感じを演出するかのように、ぽっかりと口を大きく開けたような穴があった。


いわゆる洞窟の入り口だろう。

しかし、そこは自然にできたものではなく、明らかに人の手が入っている。しかも、今なお人の出入りがあるかのように、入り口には何かの石像が置かれていた。

ただ、それはただの置物ではなかった。

神社の狛犬を彷彿させるその置物は、入り口の番人か何かのように魔法的な仕掛けが施されている。

こんな所に、そんなものがあれば不自然極まりない。というよりも、中に何かあると教えているようなものだろう。

でも、それはこの場所が見つからないという自信の表れなのかもしれなかった。


確かに、木々は迷いの森の効果が働いており、ここを見るためには様々な妨害を潜り抜ける必要がある。しかも、精霊の加護と古代語魔法の効果を重ねており、普通なら無意識のうちに見過すことになるだろう。

しかし、精霊はより上位の存在の干渉を妨げることはできない。

そして、そういった場所が有るだけで、精霊たちにとってはサインとなる。言ってみれば、そこに何かあると教えているようなものだった。



「またか? また、形を維持できなくなったのか? お前、ほんとに役に立たないヤツだな、百十一番。ちょっと変わっていたから連れてきたが、お前何もできてないぞ。同じ系統の十番と二百番とは大違いだな。系統が違うが、五十番は立派に役目を果たした。でも、お前は何にもしてない。しかも、お前のそれは気持ち悪い」

筋肉質の大男が、自らの後頭部をなでながらあきれた声をあげていた。

見事に剃り込んだ頭には、何かの紋様が描かれており、それは続きのように顔の半分にも描かれている。


青い刺青。


それは頭と顔だけではない。おそらく体のあちらこちらに描かれているのだろう。服がはちきれんばかりに膨れ上がった筋肉の塊。服の間から見えるその地肌には、その模様が所々見えていた。

その視線の先には粘性生物スライムがいた。

いや、正確に言えば単なる粘性生物スライムではない。粘液のようなものの中に、人間の顔が浮かんでいる。短く切りそろえられた青色の髪もあるから、頭部なのだろう。でも、よけいにそれは粘性生物スライムのものではない。

しかもその顔は、あどけない少女のもの。しかし、それだけにその姿は異様としか言いようがなかった。


「ごめん……な……さい……」

感情を殺したような声が、表情を無くしている少女の口から小さく紡がれていた。


「もういい。邪魔だ。自分の住処にもどっていろ! 人間の形状を保てるようになったら出て来い! それまで姿を見せるな! 腹が立つ。気持ち悪い! お前らも、コイツが出歩いてたら追い返せよ。どうせこの姿で、出来ることなんかないだろう!」

つばを吐き捨てながら、筋肉質の大男は壁際にいる少年たちに命令していた。


「いえ、そうでもありませんよ。メーイル様」

「おい、百十一番。掃除だ。役に立つとこ見せてみろ!」

メーイルと呼ばれた筋肉質の大男は、その声に興味を持ったようだった。


「十番。二百番。お前らコイツに何させてる? こんなコイツに一体何が出来るんだ?」

メーイルの言葉に、十番と二百番と呼ばれた少年たちは人懐こそうな笑みを浮かべていた。そして、そのまま楽しそうにメーイルの前までやってきた。


「こいつは粘性生物スライムの能力を持ってるんで、なんでも自分の体に取り込んで分解できるんですよ。案外使ってみると便利ですよ、メーイル様」

十番と呼ばれた少年は長い金色の髪をかきあげながら、丁寧な口調でメーイルの吐き捨てたつばの少し前まで進んでいた。


「いったい何をするんだ? 十番」

「まあ、見ててください。百十一番。ここだ、綺麗にしろ」

十番の少年は金色の瞳を細めながら、百十一番に命令をしていた。冷ややかな目で見つめられながら、百十一番とよばれた粘性生物スライムの少女は、ゆっくりとその体を這いずり始めた。

ズルリという感じでようやくたどり着いた少女は、メーイルの吐いたつばの上を通り過ぎたあと、十番と遅れてやってきた二百番の前で止まっていた。


ゆっくりとはいえ、つばの上を通り過ぎたのはほんの少しの間でしかない。しかし、その間に床はきれいになっていた。

まるで掃除と水拭きとワックスがけを同時にしたかのように、床が光沢をもって綺麗になっていた。


「ほう……」

半ば感心したかのように、メーイルはその目に興味の色を浮かべていた。


「それだけじゃないぜ、コイツがいれば、血糊だってきれいなる。死体だって片付くぜ。まあ、今は便所掃除にしか使ってないけどな。あっ! そういえば俺、漏れそうだったんだ」

「ここでか? 二百番。お前な……。メーイル様の前だぞ。この方は山羊の使徒。十二人いる最高幹部の一人なんだぞ」

「でもよ、いったん意識すると俺ダメなんだ。いいじゃないか、実験。検証。俺達と同じ合成体のコイツが有能だって証明するってことで。な!」

「――好きにするがいいよ。怒られるのは君だ」

「メーイル様! 実験だから、勘弁な!」


手早く自らの行為を完了させるべく、二百番の少年は百十一番の少女の顔に向けて放尿していた。周囲に尿臭が漂ったかと思うと、次の瞬間には消え去っていた。


「やべ! かかった。まっいいか。でも、コイツ有能だろ? メーイル様も気にいると思うよ」

得意そうに行為を終了させた後、少女の粘液部分に手を入れる二百番。尿がかかったその手は、引き抜いた時には綺麗に洗われたようになっていた。


「ほう……。でも、それだけだな……。お前らも暇だからといって、コイツを使って遊ぶのはやめろ。カルバ支部の陥落があったばかりだ。奴も本気で探りを入れてくるだろう。ここを発見できるわけがないが、支部の者がつけられているかもしれん。お前たちも警戒しておけ」

メーイルの言葉を聞いて、二人はなぜかうれしそうだった。


「やっとかな?」

「だな。暴れるぜ!」

お互いの顔を見あって、鼻息荒く頷きあっていた。


それを見ていたメーイルは、わずかに口元をほころばせている。しかし、おもむろに足元の少女に目をやった時には、不快感を滲み出していた。


「それと百十一番。その姿のままなら、お前の住処はこれから便所横だ。人がいない時に、便所掃除をしてろ。人の姿に戻れるようになったら、元の所に戻してやる。いや、ついでにここの掃除もするんだ。いいな、夜中だぞ。その姿は気持ち悪いからな」

黙って頷く粘性生物スライムの体を持つ少女。

その無表情な顔には、一筋の光る跡が残っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る