第8話謁見の間
謁見の間に、入場を告げる声が響き渡っていた。
重厚感のある両開きの扉が、ゆっくりと左右に開いていく。およそ人が通るには大きすぎるその扉は、人が通れるだけの隙間を開けたところで止まっていた。
その隙間を通って、ゆっくりと謁見の間に足を踏み入れるアルフレド。彼の後には、正装のマリアとグレイシアが続いている。白を基調とし華やかな彩が所々に施されている謁見の間。その中で玉座へと一直線に伸びている赤い絨毯は、その道を歩く者の栄誉に華を添えているように見える。
まさに花道。
その両脇には多くの貴族だけでなく、この国の支配者層の者たちが控えていた。その者達が一斉に主役のアルフレドを見つめている。
それらの多くは羨望の眼差しだったが、その中に嫉妬の眼差しや敵意の眼差しが見え隠れしていた。
しかし、それらの視線を気にすることなく、アルフレドは颯爽と赤い絨毯を歩いていく。その姿は華麗にして勇壮。そして華を添えている後ろの二人と共にある姿は、神々しくもあった。
その姿に、人々の気持ちは変化していく。
いつしかそこは感嘆の声が漏れ聞こえていた。
しかし、それらも気にすることなくアルフレドは歩いていく。その視線は、まっすぐ玉座を見つめていた。
少し高くなった所にあるその椅子は、豪華に飾られている。本来であれば、そこに座るものに威厳を与えるものだろう。
しかし、今そこに座っているのは唯の大柄な老人だった。
しかし、紛れもなくイタコラム王国国王ダドリシム三世その人なのだろう。
かつて、領内の
その姿は、ただの老人が玉座という華やかな椅子に座っているという印象しか受けない。しかし、それでも国王としての肩書きはゆるぎなく、アルフレドも既定の位置でおもむろに跪いていた。あとの二人もそれに続いていた。
「聖騎士団長アルフレド・ロランス。聖騎士団の此度の働き、大義であった」
国王の右横で、摂政の錫杖を持つ男が仰々しく宣言していた。
「はっ」
顔を下げたまま、アルフレドは短くそれに応じている。
ここまでは、あくまで規定された儀礼通りに進行しているようだった。しかし、次の瞬間、謁見の間の空気が一変していた。
「ただ、此度の件で腑に落ちない点があった。これからのことは、あくまでこの摂政マクシマイルの独断である。さて、答えてもらえるだろうか。聖騎士団長アルフレド殿」
謁見の間にどよめきが走っていく。
儀礼通りに進行していない。この場の誰もが、そう思っている事だろう。
しかも、国王隣席の中の出来事としては、異例中の異例に違いない。
「報告が全てです」
アルフレドは、頭をあげることなくそう告げていた。
「なるほど、これも貴殿の想定内という事ですな。よろしい。では、貴殿の此度の行いに不信感があることも存じているだろう。しかし、それも分かるというものだ。あの街は、紛れもなくイタコラム王国の街。そこを聖騎士団が壊滅させた。その事を民はどう思うだろう。しかも、此度の情報源はロパル地方の賊徒どもだと聞いている。その情報について、今は詮索をせぬ。しかし、すでにその噂は広まっておる」
摂政マクシマイルは表情を変えることなくアルフレドを見つめている。その隣で、国王はただ黙って座っていた。
「我が聖騎士団は王国の正義の象徴。いたずらに人心を惑わす魔王教徒の根絶こそが、現在の使命となっております。そのためには、多少の犠牲もやむを得ないと考えております」
アルフレドは、ただ黙って答えていた。顔をあげていないため、その心情をはかり知ることはできないが、その声はいたって普通のものだった。
「わが王国の正義の
どこからともなく聞こえてきたその声は、集まった人たちの誰かの発言なのだろう。埋もれた姿が、その声に勇気を与えていたのかもしれない。しかし、マリアはその位置を特定したかのように、そっと顔を向けていた。
「恐れながら申し上げます。魔王教を放置すれば、その犠牲は計り知れませんわ。その事は、ここにいる皆さまであればご存じのはずですわ。特に、二年前の魔王教団が行った実験により、ロパル地方のバレルの街を中心として不毛の大地に変わったはずですわ。王都の近郊で、それと同じことが起こったとしたらどのようなことになるかは、ここにおいでの皆様なら、ご理解いただけると思いますわ」
グレイシアもまた、静かにうつむいたまま進言していた。冷たく事実を告げる声が、余計にその恐怖をかき立てていたようで、王国の重鎮たちは一様に黙るしかなかったようだった。
「配下の無礼をお許しください。しかし、そういう未来があったことを私の能力が見ております。犠牲を出来るだけ少なくするために、様々情報を集めていたのも事実です。しかし、あの街の住人の多くはすでに魔王教団に毒されておりました。もし、民衆の中にそのことを吹聴するものがいるとすれば、魔王教団に関係ある者たちかもしれません。その時は聖騎士団の正義がその者に裁きを下すでしょう」
いつのまにかアルフレドは、まっすぐに摂政マクシマイルの顔を見ていた。その視線をまともに受けたマクシマイルは、表情をやや硬くしたものの、務めて冷静に振舞っているようだった。
これ以上この件に文句があるなら、魔王教団に関係あるとみなす。
アルフレドの強い意志が、その言葉に含まれていると感じたに違いない。しかし、当のアルフレドはまた視線を下へと戻していた。
謁見の間全体に、緩やかな空気が漂い始める。
もはや通常の謁見とは異なってしまっていたが、儀式として進行する気配を皆が感じ始めていたためだろう。
しかし、それを一瞬で壊すものがいた。
「よし、全てアルフレドに任す」
投げ出された王笏が、乾いた音を立てて転がっていく。いつしかそれは、アルフレドの前で止まっていた。
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