第7話継承権を持つ者たち
「エレニア。仮にも第一王女と呼ばれる者がこのような場所で、そのような話をすべきではないね。しかも、それは私の話でもあるのだから、君は余計な事に口を出さない方がいいよ。君の母上の――。」
もう一方の廊下から、優雅な声が聞こえてきた。決して大声で話したわけではない。どちらかというと、諭すように静かに話しかけていた。しかし、そんな声にもかかわらず、その声は良く通っていた。
しかし、最後の言葉はわざと聞こえないようにしたのだろう。それは、挑発の意図であることは明らかだった。
「ノマヤお兄さま! それはどういう事ですの!」
案の定、王女エレニアは自らのドレスの裾を持ちながらその声の方に向かっていく。詰め寄っていくかのような雰囲気は、すでに最初の気高さを微塵も感じさせなかった。
何かが彼女の逆鱗に触れた。それが何かはわからない。しかし、よほど腹に据えかねたに違いない。
怒りが王女の仮面をはがしてしまっていた。
もはやそこにいるのは、唯の少女。
いや、それは意図的にはがされたのかもしれない。ノマヤ王子の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
「エレニア姫。今回の件は、第一王子ノマヤ殿下からの情報でもあるのです。姫殿下には内密にとのお話でしたので、報告できませんでした。申し訳ございません。そして、何も心配はありません」
アルフレドはノマヤ王子とエレニア姫にそれぞれ礼を尽くしていた。ただ、エレニア姫にはもう一度視線を向けている。グレイシアとミヤハはただ黙ってうつむいていた。
それで若干落ち着いたのかもしれない。エレニア姫はそれ以上何も言わずに唇をかみしめていた。
「ノマヤ兄さん、仮にも妹をいじめるのは感心しないな。それと、エレニア。その事は、この僕も知っているけどね。多分知らないのは、カルタ兄さんとエレニアだけだと思うよ。ああ、僕の場合は直接聞いたわけじゃないよ。僕は普段からのけ者にされないようにしているだけだから」
アルフレド達が歩いてきた方から、また別の声が聞こえてきた。
「バカなことを言うね、トマルイ。私達兄弟でそのようなことあるはずがないじゃないか。それに、私がかわいい妹を苛めるわけないだろう?」
すでにアルフレドたちのいる所にやってきたノマヤ王子が、すかさずその言葉を否定していた。
「そう? 僕の勘違いかな? 僕の領地ムニマルカ地方は閉鎖的だからね。ちょっと思い込みがあるのかもしれないね。中央にいるカルタ兄さんと違って情報も入ってこないし。それに、最近ではジーマイル王国も何やら騒がしくなっているみたいだしね。軍備増強にもお金がかかってしまって大変さ。ノマヤ兄さんの所みたいに海がないから貿易で蓄えることもできないしね。しかも、軍備増強申請もなかなか通らなくてさ。第三王子は肩身も狭くて、結構大変なんだよね」
両肩をすくめながら、第三王子のトマルイがアルフレドたちの所までやってきた。
これでこの場所には、第一王子ノマヤと第二王子カルタと第三王子トマルイという王位継承権序列第三位までが勢ぞろいしたことになる。
そして序列こそやや劣るものの、第一王女のエレニア姫までがいる。
「私の領地ロパル地方は、それほど裕福じゃないよ。ムニマルカ地方のように鉱物資源でもあればいいのだけどね。でも、確かに海はいいものだと思うよ。どうだい? アルフレドも聖騎士団をつれてロパルにくるかい? 歓迎するよ」
ノマヤ王子の言葉に、その場の雰囲気が凍り付いていた。
それもそうだろう。
イタコラム王国はこの五百年の間にロパル王国とムニマルカ王国を滅ぼしてできた大国だ。当然そこにはかつての王国の名残がある。五百年の間に、その血は交じり合い一つの国となっていたものの、現在の国王が三つの地方をそれぞれの王子に分割統治させていたために、微妙な雰囲気を作り出してしまっていた。
ロパル地方は第一王子であるノマヤ王子に統治させており、ムニマルカ地方は第三王子のトマルイ王子に統治させていた。そして王都のあるイタコラム地方には第二王子のカルタ王子が政務を取り仕切っていた。
その人選は単純に母方の実家ということが公言されている。理由を聞けばごく単純なものだったが、その真意は国王のみが知っているのだろう。
そして、各王子はそれぞれの騎士団を有していた。第二王子に付き従うようにしている王国騎士団長のように、それぞれの王子の後ろにも同じような男たちが従っていた。
「お兄さまの誘惑に乗るようなものは、私の聖騎士団にはいませんわ」
すでに、冷静さを取り戻したのだろう。エレニア姫はやんわりとした物言いだが、強い意志を込めてノマヤ王子を見つめていた。
「せっかくの休暇のお誘いなれど、我が聖騎士団は姫殿下の元を離れるわけにも参りません。いずれ姫殿下の国内視察でもありますれば、その時に参上いたします。ロパル地方で有名な街。たしかロキムカルでしたね。風光明媚なその街で、ひと時の休暇を頂きたく思います」
アルフレドは、それがたいしたものではないかのように軽く話を逸らしていた。
「ふふ、その時は私自ら案内しよう。エレニアはもちろん、精鋭聖騎士団六百名にはロパルの良さを味わってもらうよ。この私が、第一王子の名にかけてね。では、私は先に行く。フリンゲイル伯爵、いや王国騎士団長。弟をしっかりと守ってくれ」
ノマヤ王子は颯爽とアルフレドのそばを通りながら、その肩に手を置いていた。頭を下げて見送るアルフレドは、それに対して何も反応していなかった。
「じゃあ、僕も行こうかな。カルタ兄さん。気を落とさずにね。思い出があるとはいえ、たかだか小さな街じゃないか。それとも、損害の方が気になるのかな? ああ、アルフレド。近いうちにまた武勇伝を聞かせてもらえるよね? この後のことに人がいるなら、僕の騎士団からも人を出すよ?」
手を振りながらカルタ王子のそばを通り過ぎたトマルイ王子は、アルフレドの所で同じように肩に手を置いていた。
「ご心配いただき、ありがとうございます。精強なるムニマルカ竜騎士団の力をお借りすることのないように鋭意努力いたします」
「はは、謙遜だね。まあ、冗談ではないから、いつでもいいよ。僕の竜騎士団は王国騎士団ほど融通が利ないものではないからね。ああ、正規の騎士団じゃないという意味だよ、カルタ兄さん。所詮は地方都市の騎士団だから。ねっゲニルカ団長?」
「……。はい……」
「もう! ウチの団長は口があるのか信じられなくなるね! じゃあ、エレニア。ムニマルカもいいところだから、遊びにおいで。あと、そんな怖い顔するもんじゃないよ。可愛い顔が台無しになる。その他の妹たちと違って、エレニアの嫁ぎ先はまだ決まってないのだからね。あの人の血をついでいるんだ、将来美しくなるのは分かっているからね」
背中でエレニア姫に話しながら、トマルイ王子は去っていった。その後を、黙ってカルタ王子とフリンゲイルが続いていく。
完全に出遅れた形になったものの、アルフレドの視線はエレニア王女の方にあった。
「説明は……。また、お部屋で……」
固い表情のまま、エレニア王女はアルフレドの前を通り過ぎて行った。アルフレドはただ黙ってその姿を見つめていた。
先ほどの喧騒がうそのように、静寂がアルフレド達を包み込む。
「アルフレド様……」
控えめに告げたマリアの声でさえ、響き渡るように感じる。それほど今、この場所は静寂に包まれていた。
「グレイシア、周囲に漏れていないな?」
「もちろんですわ、アルフレド様。シアの魔法は完璧ですわ。この場に干渉できる者など、シアは知りませんわ」
グレイシアの言葉に、ただ頷いたアルフレド。その顔は、王家の人間が去った方に向けられていた。
ただ、それもほんの一瞬の出来事だった。
ゆっくりと、こった肩をほぐすかのように、首を左右に傾けている。
おもむろに天を仰ぎ見たアルフレドは、小さく息を吐いていた。
しかし次の瞬間、それ自体が嘘だったようにアルフレドは二人の方を向いていた。
さっきまでとは雰囲気が全く違っている。
その雰囲気に、マリアとグレイシアは片膝をついていた。
「さて、茶番はここまでだ。しかし、この後ここで俺の力は封じられる。【夢予知】はもうできないだろう。ある程度は予知しているから、不確定要素が大きくならない限り問題はない。ただ、【行動予知】はできるから戦闘に支障はないとはいえ、これからは今までのようにはいかない。二人とも、これまで以上に働け。さっさとこのつまらない儀式を済ませて、偽装で出発したミヤハと合流するぞ。そしてまず、一気に魔王教のアジトをつぶす。すべてはそれからだ」
おもむろに宣言したその言葉は力強く、猛々しいものだった。
「はっ!」
「はいですわ!」
マリアとグレイシアは片膝をついたまま、瞳を輝かせてそれに応じていた。
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