第6話王国騎士団長と聖騎士団長

イタコラム王国王都、イレブニタン。


その街は、小高い丘を丸ごと街にしているものだった。王城ナーレヨグレイル城を中心に、同心円状にいくつもの城壁が展開され、その区画に応じた街並みが形作られている。支配階級は城の中心部に住居を構え、外に向かうにつれて貧富の差が激しくなる。それは住居を見ていると一目瞭然だった。

ただ、それでも地方の街に比べるとましな方だろう。そのこと一つとってみても、王都がいかににぎわっているかが推察できた。


しかも、なだらかな斜面を利用したその街並みは、どこも美しく整えられていた。同じ区画には、同じ建物が並んでいる。均一にそろえられた建物は、それだけでも十分美しいものだと言える。しかし、それすらも引き立て役にするかのように、王城は小高い丘の頂点にその姿を輝かせていた。


大量の白い大理石が、ナーレヨグレイル城には使われていた。


それだけでも芸術的に優れているのだろうが、この城の設計者は見せることをかなり意識していたと思われる。

王都のどこからでも――正確には見ることができない場所も少しはあるのだが――三つの尖塔が見られるように設計されており、白く塗られた城壁の内部にある建物は、どこかギリシャ風建築を思わせる建物が続いていた。どの建物も芸術的にも価値のあるものに違いない。ただ、やはりその中でも一際目につくのは三つの尖塔がそびえる白亜の巨大な構造物。それが中央に座す王城の居館だった。


その白亜の城の中に、謁見の間に続く大理石の柱が続く廊下があった。


今そこを、アルフレドは颯爽と歩いていた。


太陽の光が差し込む廊下にも、柱のそばには影が出来る。しかし、この廊下には影らしい影はなかった。


聖騎士団長である彼のきらびやかな鎧には、他の者と違い白銀に金色の装飾が施されており、それが一層輝いていた。そしてそれは、強い魔法の力を込められたものであることの証でもあった

白い大理石が形作る芸術的な世界に敷き詰められた赤い絨毯。その上を白銀の聖騎士が颯爽と歩いていく。光を集めたその姿は、まるで彼自身が光を放っているかのように思えるほどだった。


そして、そのうしろにはマリアとグレイシアの二人が付き従っていた。二人とも儀礼用と思われる正装をしている。戦場にあってもその美しさは損なわれてはいなかったが、こうしている姿は、まさに戦乙女バルキリーもかくやと思わせるほど、凛として輝いて見えた。


三人の進む姿は、威厳ある行進。


それを見たものは、さながら神話の世界を覗き込んだような感覚に陥っていくだろう。

そして間違いなくこの一瞬を切り取って絵画にしても、美しいと思ってしまう光景だった。



「これは、これは、聖騎士団長殿。任務達成の報告ですかな? 領内の街を焼き払い、住民を皆殺しにしたとか? それでよくもまあ城に帰ってこられたものですな。まあ、さすがはまことの勇者様だ。何かお考えがあるのでしょうが、我々凡人には分かりかねますな。いや、貴公の場合はどんな先が見えたのかを聞くべきでしょうかな?」


謁見の間へと続く建物の入り口奥に、二人の男が立っていた。

一人は明らかに騎士だとわかる格好に、歴戦の勇士を思わせる風貌を備えていた。初老ながらも、全く衰えた感じは見えない。自信にあふれたその姿は、それを裏付ける実績が醸し出しているのだろう。そしてもう一人の若い男は、その後ろで黙っていた。身分が高そうな衣装を身に着けていることから、さぞかし名門貴族か何かの子弟なのだろう。ただ、芯の強さを感じさせる目をアルフレドに向けていた。


「これは王国騎士団長、フリンゲイル殿。その姿、今はフリンゲイル伯爵様と言わない方がいいのでしょうな。それにしても、貴公の方から話しかけてくるとは珍しい。そして後ろにおいでは、第二王子カルタ殿下でしょうか? こちらからは良く見えませんので、ご無礼をお許しください。ああ、これは失礼をいたしました。ご機嫌麗しく存じます」

形式通りの作法で、アルフレドは恭しく礼を表していた。


「それにしても、このような所でお会いするとは……。それと先ほどのご質問ですが、これから謁見の間で報告させていただく事なのですが……。どうしても、先にお聞きになりたいようですな……。いいでしょう。その方がいいのかもしれませんね」

ゆっくりと首を左右に振りながら、アルフレドは小さく息を吐いていた。


「貴公! またも!」

「いえ、使っておりませんよ? こんなことに使う必要はありませんからね。あの街は今から一年後に、魔王教徒の反乱が起きる街なのです。それは一人の少女が魔王教徒に連れられていくことから始まります。変異体の中でも特別な個体が生まれるのです。しかし、その少女はすでに死亡しました。これにより、あの街での反乱は無くなります。これでよろしいですか? それでは失礼します」

王国騎士団長フリンゲイルの威嚇をものともせず、アルフレドはそう言いながらその横を通り過ぎていく。マリアとグレイシアの二人は、軽く会釈だけして通り過ぎていた。


「それで、住民を虐殺したと? 貴公の未来視は確実だろう。しかし、不確定要素がある場合は、確実ではないと聞く。それでも、住民五千人を虐殺にした理由になるのか? 返答やいかに!」

「話したところで、貴公には関係ないのでは? それとも何かあの街にあるのですか? 例えば、何者かが横流しした王国騎士団の物資が蓄えられているとか? そう言えば、あの街が反乱軍に占拠された際、かなりいい武装を整えているように見えました。それに、物資も豊富でしたね。どうしてでしょうか? 魔王教が盛んだという話しは聞きますが、羽振りもいいようですな。さて、話しは済んだと思います。それでは謁見の間に行かせていただきます。いいですね、第二王子殿下・・・・・・


アルフレドにしてみれば、報告前の報告になるのだろう。相手の一人が王子だから、礼儀を尽くしたという事なのかもしれない。しかしアルフレドの話で、王国騎士団長フリンゲイルは完全に沈黙してしまっていた。


威嚇には、威嚇。

アルフレドからは並々ならぬ気配が漂っていたから仕方がないのかもしれない。それとも、話しの方が黙らせることになったのだろうか?


「アルフレドよ。あの街は、私の母が愛した街なのだ。伯爵は私の気持ちを察して、そう言っておるだけだ。しかし、それだけの理由で全てを焼き払うのか? そなたたち勇者がいれば、そのような暴徒ども簡単に鎮める事が出来るだろう。なにも、街を丸ごと焼き払う必要はあるまい?」

カルタ王子が、震える声で絞り出していた。


勇者を縛る呪いが、王家の人間に危害を加えることを許さない。それは威嚇であっても同じで、自国の王家の人間を威嚇することは難しいのだろう。一方のフリンゲイルは威嚇の影響をまともに受けているようだった。


ただ、それでもその場を占める気配は並々ならぬものがあるのだろう。

それをカルタ王子は敏感に感じていたのかもしれない。

しかし、カルタ王子はそれに抗っていた。

勇者が王家の人間を害することはできないと知っているからだろう。


「あの街が、ご母堂様の生家にゆかりのある街だとは存じております。しかし、――」

「あの街で魔王教徒の反乱が起きれば、この王都までは歩いて四日の距離ですわ。しかも、通行に支障がないように、防備を整える施設もないですわね。これでは体勢を整える暇もなく、王都に火の粉が降ってくるかもしれませんね。いえ、そういう未来が見えたという事ですわね」


アルフレドの声をさえぎって、凛とした涼やかな声がもう一つの廊下の暗がりから聞こえてきた。

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