第36話ヤンガッサ前哨戦5
「うひょう! やるっすねぇ! 背中取られたのって、久しぶりっすよ!」
「べあ、やっぱり早いくま。反則くま」
両断されたかのように思えた二人組。しかし、それは陽炎のようなものが残っていただけで、本人たちは穴の反対側でアルフレドを観察し続けていた。
「でも、やられたら、やりかえすっすよ!」
「はんげきくま!」
瞬時にアルフレドに向かってきた二人組。その無骨なまでの直線攻撃をアルフレドはじっと眺めていた。
――なにかする。
アルフレドはそう思っていたのだろう。二人の速さが、さっきよりも落ちていることからも、それは何かあると考えるに違いない。
飛び込みつつ、エウリスナが何かをアルフレドに向けて投げつける。しかし、アルフレドはよけようともせずにそれを眺めていた。
驚きを隠せぬエウリスナ。口元が緩むのを隠そうともしないムプンイル。
そして、アルフレドの目と鼻の先で閃光と共にはじけたそれは、アルフレドの視界を一瞬奪い去ったことだろう。
その一瞬に、二人は驚くべき連携を見せていた。
そのまばゆいばかりの光の中、エウリスナが十字手裏剣をアルフレド向かって投げつける。当然のようにアルフレドがそれを指でつかんだ瞬間、アルフレドの目の前まで来ていたにもかかわらず、直前でお互いに蹴りあっていた。
――アルフレドは黙って見守っている。
瞬間的に左右に分かれた二人は、そこからさっきを上回るスピードを見せる。
瞬く間に反転し、さらにスピードを上げて左右からの挟撃を繰り出していた。
エウリスナはアルフレドの首もとを狙って直刀を水平に振るっている。
ムプンイルはアルフレドの胴に向かって右足のとび蹴りを放っていた。
互いに連携し、すさまじい速度で迫ってくる二つの攻撃。
まだ、まばゆい光の中は続いている。そんな中、普通ならその速度で移動する二人をとらえるのは困難だと言えるだろう。
しかも、回避行動でアルフレドは後手に回っている。
――必殺の攻撃が同時に繰り出される。
もしも、アルフレドでなかったなら、その攻撃を避けることは難しいどころか、突然見失って位置を把握することすらできなかったに違いない。
だが、そこにいるのは紛れもなくアルフレド。
「ふっ」
意識せずに口に出した言葉が全てを物語っている。
それは格の違いを見せつけるようなものだった。
大剣を片手でもち、軽く背負って飛び上がったかと思うと、易々とエウリスナの直刀に当てて動きを止めたていた。しかもそれと同時に、ムプンイルの蹴り足に対しては左足でかかと落としをくらわせていた。
――あの一瞬で二人の動きを完璧に抑え込んでいた。
しかもかかと落としの動きを利用したのだろう。そのまま大剣で直刀をはじきながら、大剣をムプンイルに向けて上段から振り下ろしていた。
――ムプンイルは蹴り足の方向を無理やり地面に向けて止められている。当然、上半身は無防備な状態でアルフレドの方に向けられてしまっていた。
一方のエウリスナは、反対側に弾かれて体勢を崩してしまったままだった。
常人がこの状態を目にしたのなら、ムプンイルの最後を考えたことだろう。
しかし、ムプンイルも特別な日に召還された勇者として、常人離れした反応を見せていた。
「
閃光を帯びた咆哮。
どんな物でも破壊してやるという意志を感じさせる咆哮が、アルフレドに向けて放たれる。
しかし、それを予見していたかのように、すでに回避しているアルフレドの右足が、ムプンイルの胴を蹴り払っていた。
それはムプンイルにとって想定外の痛みだったのだろう。
とっさに閉じた口には、まだ咆哮のエネルギーが満ちていた。
――自分の顎を吹き飛ばした状態で、もんどりを打って倒れるムプンイル。
そのあまりの激痛に、そのまま転げまわっていた。
「ムプンイル!」
すさまじい速さで駆け寄ったエウリスナ。
薬をかけて治療することで、ようやく痛みがましになったのだろう。その後は
「さあ、格の違いが分かったか? 中途半端な力ではこの俺には通じんぞ? 早く最終戦闘形態になれ。その方がお前たちも、愛嬌があっていいだろう。変化に時間がかかるというなら、その間はまってやろう」
再び大剣を大地に突き刺すアルフレド。
その威圧感はとどまることを知らず、二人に向けて放たれていた。
――しかし、それは二人には通じなかったようだった。
「ひょう、いやっすね! 私はいいとしても、ムプンイルは形態変化すると毛むくじゃらで可愛くないっす! かわいそうっす!」
「べあ!? エウリスナなんて、どこかの神像みたいくま!」
アルフレドをしり目に、言い争いを始めたムプンイルとエウリスナ。互いの最終戦闘形態の容姿について、互いに罵り合っていた。
「興がそがれたな。まあ、いい。気がすんだら、また相手してやろう。今はまだ、貴様らと遊ぶ時間だ」
再び最初の位置まで飛び退いたアルフレド。
その位置で再び不動の姿勢を貫いていた。
しかし、もはや二人はアルフレドの言葉を聞いていなかったのだろう。二人の言い争いは、全く止まる気配が見えなかった。
それを見て、さらに小さく息を吐くアルフレド。
――だが、ほんの一瞬。アルフレドの意識は何かに向いていた。
ちらりと向けたその視線の先。そこにはうっすらと立ち上る灰色の雲が見えていた。
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