第35話ヤンガッサ前哨戦4

累々たる屍が、その線を越えたあたりにうち捨てられていた。


大地に伏している屍は、頭を無くしたままアルフレドを向いており、大空を仰いでいる屍は、胴より下がなくなっている。


皆、アルフレドに向かって倒れた獣人の戦士たち。


ところ狭しと、さまざまな状態で敷き詰められているにもかかわらず、、アルフレドに背を向けたものは誰もいなかった。


尚も勇敢に戦いを挑み続ける獣人族の戦士たち。


――誰かが、雄叫びをあげる度、そこに躯が作られる。

そのことは十分わかっているのだろう。しかし、戦士の本能が恐怖を包み込み、戦うことを選ばせていた。

むろん、アルフレドの魔法もそれに寄与しているのだろう。無謀とも思える戦いは、ある種の狂気をはらんでいるように思えるほどだった。


もはやその場所で、ヤンガッサの大地はその姿を見せることはなく、ただ屍の山を築くのみだった。


その中で悠然と立つ、唯一の生者アルフレド。

再び大剣を地面に刺し、周囲に向けて威圧を放ち始めていた。


――それは繰り返される殺戮と静寂。


あれから一時間以上たっているにもかかわらず、その白銀の鎧には傷一つどころか、汚れすらついていない。

だが、そこに横たわる屍はゆうに五百を超えていた。


そして、そのいずれもが獣人族の戦士だった。

しかし、バルトニカ王国軍は獣人の戦士だけがいるのではない。


人族の魔術師も司祭も参加している。

この土地は獣人族の縄張り区分ではあるが、平原の部族ともいうべき人間たちも暮らしている。自らの土地を守るため、そういった者たちも、少ないながらも参加していた。


そして多くはないが、バルトニカ王国にいる人族の勇者たちも参戦していた。

だから、アルフレドに対する攻撃手段は近接攻撃だけでなく、長距離攻撃も魔法もあった。


だが、アルフレドはそれをことごとく躱していた。


まるでそこにそれが来ることを知っているかのように、アルフレドの動きは先の先のその先を知り尽くし、行動しているようだった。


それは、アルフレドのもつ【未来予知】の効果が働いている結果だろうか?

もしそうだとすると、その能力はその都度発現するのではなく、常時展開しているのだと言える。


だが、それを知る由はない。


だが、今のアルフレドはおそらく【未来予知】を使っていないだろう。


ケラザ将軍とジーンオルミ将軍との戦いは、手加減をしないと言った以上、おそらく能力は使ったに違いない。


だから、正確に大剣をその場所に落下させていた。


しかし、それからのアルフレドは手加減をしないとは言っていない。

むしろ線を引いて生死を分けたあたり、作戦を遂行するための行動だということがよくわかる。


そして、恐らくアルフレドは分かっているのだろう。

今この中に、アルフレドの速度に追いつけるものが存在しないことを。


たとえ魔法が使われても、その後に行動しても十分間に合う程の速度差がある。


どうあがいても届かないほどの実力差。

アルフレドとバルトニカ王国の戦士たちの間には、決して超えることのできない壁がそびえているようなものだ。


しかも、アルフレドには全く疲労の色が見えなかった。

五百人の獣人の戦士を一方的に殺戮しても、息一つあがっていない。


だが、それはそうかもしれない。


疲労回復の効果を持つ英雄の指輪。それを持っているとはいえ、アルフレドはただ薙ぎ払っているだけだ。

その一振りで十人ほどがまとまって切り伏せられる。血しぶきすらアルフレドには届かぬ距離で戦士たちは倒れていた。


だから、バルトニカ王国の戦士たちは、様々な方法でアルフレドに戦いを挑んでいた。


その中で、唯一有効だと思えた長距離魔法。


グレイシアに及ぶものではないにせよ、隕石召喚をしてきた術者もいた。それを見た戦士たちからは歓声も上がっていた。


だが、それはひと時の夢となり、やがてしぼんで消えていった。

おもむろに屍となった者の槍を手にしたアルフレドは、それを投げて隕石を一瞬で粉砕し、返す刀でもう一つ槍を拾い上げると、その術者めがけて投げつけていた。


線を越えていない以上、殺しはしない。


恐らくそれがアルフレドの意志なのだろう。

のた打ち回るその魔術師は確かに死んではいなかった。

しかし、正確に股間を貫いた槍を見てしまっては、他の魔術師に動揺が生じてしまった。


「こい! 死ぬ覚悟で死線を越えて俺の前にやってこい! 安全な場所など、この戦場には存在しない。その線は単なる死線。それを超えて攻撃する以上、攻撃を受けるのは当たり前だ!」

アルフレドにそう吠えられては、他の魔術師たちの戦意は低下する一方だった。


しかし、そのたびにアルフレドの魔法が飛ぶ。


本来味方にかけるべき鼓舞の魔法。

それを戦意が低下する寸前に、目の前の戦士たちにかけ続けていた。

アルフレドの鼓舞が飛ぶ。それに応じたように、バルトニカ王国戦士からは雄叫びが上がる。そして、屍が作られ、また威圧するようにアルフレドが押しとどめる。


その繰り返しだった。


「こい! 命ある限り戦え! 戦士――」

怒涛のような攻撃が再開されようとした瞬間、死線に沿って巨大な氷の柱が幾重にも出現していた。


「やっと来たか……。あともう少しだな」

誰にも聞こえることのないほどの小さな声。

笑顔でそうつぶやいたその瞬間、アルフレドはその場から一歩後退していた。


――その瞬間、さっきまでアルフレドのいた大地に拳が突き刺さり、アルフレドの首があった場所に光の軌跡が描かれていた。


「ひょう! やっぱよけるっすね!」

「べあ、さすが真の勇者はちがうくま」

そういいながら、すぐさま飛び退いた二人組。

信じられない速さで迫る真上からの攻撃を、二人同時に寸前で飛びかわしていた。


――大地が大きくえぐられる。

巻き上がった土砂が、遅れて大地に降り注いでいく。しかも、土煙が視界を隠していくため、しばらく何ものも近づく事は出来なかった。


――やがてそれもおさまり、それが姿を現していた。


直径にして五メートルはあるだろうか。

まるでクレーターのような大穴が、死線の内側に作られていた。


「ひょう! これはすごいご挨拶っすね! 今までは全然本気ではなかったという事っすか! 本当に、能力が制限されてるっすか!? あの子の情報間違えてないっすか!」

「べあ、そうくま。力を抑えられて、これくま? 残念ながら、将軍たちでは手におえないくまね」

大穴の淵で、覗き込むように穴の底を見る二人組。

健康的な褐色の肌が見えるほど、防具らしい防具は身に着けていない。

にもかかわらず、その顔は余裕の笑みを浮かべている。


恐らく、防御などは気にしたことがないのだろう。穴を見飽きたと言わんばかりの表情で、二人の攻撃的な瞳がアルフレドの姿を探していた。


一人は紅の瞳に、短くまとめた黒髪の少女。見るからに暗殺者アサシンの恰好をしている彼女が、アルフレドの首を狙って直刀をふるった方だろう。


もう一人は金色の瞳で、長い黒髪を一つ結びのおさげにしている武闘家モンクの恰好をした少女。アルフレドのいたところに拳を突き立てたのは彼女で間違いないだろう。


「黒豹の暗殺者アサシン、エウリスナ・リラスと黒熊の武闘家モンク、ムプンイル・シビだな。氷壁の魔法を使ったのは、向こうにいるプトゼンサ・ロイクだな。待ちくたびれたぞ。ん? お前達だけか? なるほど……。サマンサ・ロメルはまた寝坊か? 気まぐれだな。まあいい。プトゼンサと違い、お前たちはあれを超えてきたのだ。覚悟してもらおうか」

一瞬にして二人の背後に立ったアルフレド。そのまま二人の体を両断すべく、鋭い一撃を放っていた。

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