第34話ヤンガッサ前哨戦3

飛び上がった二人の将軍の顔には、何の憂いも恐怖もなかった。おそらく、己の勝利しか意識していなかったのだろう。

ただ、今あるその顔は驚愕と苦痛の時を刻みこまれていた。


――それは仕方のないことだといえる。


ケラザ将軍がジーンオルミ将軍をつかんで大空に飛び上がり、まさにアルフレドに向けてジーンオルミ将軍が狙いを定めて飛び降りた瞬間の出来事だった。


二人を圧倒するスピードで飛び上がったアルフレド。

その圧倒的な速さが引き起こしたのは、単なる衝撃波でしかない。

しかしそれは、二人の将軍のバランスを崩すのに十分だった。


すでに落下して始めていたジーンオルミ将軍。

彼の四肢が失われたその時、彼の脳裏には目の前のアルフレドではなく、おそらく地面にいた時のアルフレドに狙いを定めたままだっただろう。

落下の勢いをつけたすさまじい破壊力を誇る彼の剛腕は、アルフレドの肉体をたやすく粉砕する未来を見ていたのかもしれない。


だが、現実にはアルフレドは目の前で急停止し、その衝撃波によって落下が阻止され、瞬間的に無重力状態となっていた。

その無防備な瞬間、アルフレドの腰にある聖剣が光となってジーンオルミ将軍の両手両足を切り離していた。


切り刻まれた痛みは壮絶だったに違いない。

そのまま将軍の精神はあっという間に気絶へと追い込まれていた。


しかもそれは一瞬の出来事であり、瞬間的にアルフレドはもう一度空を蹴る。


瞬く間に飛び上がったアルフレドは、まるで空に壁があるかのように反転し、背後からケラザ将軍の翼と腕を両断していた。

ケラザ将軍にとっても、何が何だかわからなかったことだろう。


衝撃波で崩したバランスを立て直してもいない時だっただけに、恐らく突風にあおられたとしか思ってなかったに違いない。


更に大空を駆けたアルフレドに蹴り飛ばされてもなお、何が起きたのか理解できなかっただろう。


恐らく、二人の眼にはアルフレドの姿は映っていない。


ただ、ケラザ将軍が意識を繋ぎとめていたのは、落下しているというこれまで体験したことのない現象を味わっていたからだろう。


それが真相。

そして彼らの戦いの歴史はあっけなく幕を閉じていた。


その亡骸の前に立ち、大剣を抜き取ったアルフレド。

そのまま大きく大剣をふるい、少し先の大地に大きな爪痕を刻みつけていく。


「聞け! 戦士たちよ! それより先は死地! 勇敢にして精強な戦士たち! 親を討たれ、子を失っても戦い続ける戦士たち! 己の誇りと命をかけ、それを超えてこい! そして見事この俺を倒してみろ! 貴様らの将軍たちは勇敢だった! 意志をつげ! 魂を奮わせろ、戦士たち! 己の全力をこの俺にぶつけろ! 全員まとめて相手してやる!」

魂を揺さぶる咆哮に、獣人の戦士たちに動揺が走る。

その動揺を感じたのだろう。アルフレドは、大剣を大地に突き刺し、聖剣を天に掲げていた。


――聖剣が光を集めていく。


「我が前に示せ、大いなる勇気。神の祝福と守るもののために」

アルフレドの旋律のように流れる言葉が、聞く者の心を奮わせてゆく。

その効果が続くように、アルフレドの詠唱は続いていた。


「我は、クラザ・スリベ――」

「吾輩は、ヤーンリッタ・プラタ――」

アルフレドが刻んだ境界線。そこを超えた二人の戦士が、一瞬で首を刎ねられていた。


「さあ! どんどん来るがいい! ここにいる全ての戦士たちよ!」

一瞬でその間合いを詰めた姿は、おそらく誰の眼にもとまっていないだろう。


死線を越えた瞬間に、物言わぬ躯とかす。


それはアルフレドが決めた絶対の法則となって、この戦場を支配していく。


――しかし、ここにいるのはやはり戦士だった。


「アルフレド殿、我らの勇気を示す場を与えていただき感謝するタカ。だが、我らの将軍を超える貴方に対して、我らは非力だタカ。どうか、一人の強者に対して、大人数で襲い掛かる非礼を許していただきたいタカ」

死線の一歩手前で、鷹頭の戦士がアルフレドに向けて頭を下げていた。


「無用の気遣いだ。鷹の戦士。守るためには力がいる。力なき者は何も守ることはできない。力なきものに矜持など無用。それは百害あって一利もない。それは力ある者がもってこそ意味があるものだ。力なき者は、ただ勝つために全力を尽くせ! その命の限り、己を高めてぶつかってこい! それこそが唯一、勝利につながる可能性の鍵となろう!」

聖剣を鞘に納め、再び大剣を手にしたアルフレド。その瞳はかつて見たことのない程の輝きに満ちていた。


「ならば、お覚悟だタカ!」

その号令一下、上から、前から、左右から。獣顔の戦士たちが十名前後、一斉にアルフレドに向かって突撃をしていた。


しかも、それは一度ではない。次々と飛び込むように戦士たちは向かっていた。


それは前の者が死ぬことをいとわぬ攻撃。

先頭のものは恐らく、僅かな隙をつくることだけを目的とした捨て身の攻撃なのだろう。


幾重にも押し寄せる波のごとく、死線を越えてアルフレドの元に殺到していく戦士たち。

それを見つめるアルフレドの口元が僅かにほころびを見せていた。


「その意気やよし」

最初の一団がアルフレド体に攻撃を当てると思われた瞬間、アルフレドを中心とした爆発に似た何かが吹き荒れていく。


――それは大剣の一閃。

瞬く間に少しだけ後退したアルフレドは、その大剣を縦横無尽に薙ぎ払い、死線を越えてきた全ての戦士を、たったそれだけで切り刻んでいた。

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