第33話ヤンガッサ前哨戦2

アルフレドの前で、値踏みするような視線を投げかけている大柄の戦士たち。


一人は鷲の頭を隠すことなく、その鋭い視線でアルフレドを見つめている。背中には大きな翼が見えており、片手に槍、片手の盾を持っていた。


もう一人は銀色の狼の顔でアルフレドを睨んでいる。武器は何も所持していない。ただ、その鋭い牙と爪が脅威となることは明らかだろう。


互いに軽装。

だが、鷲頭の方は空を飛ぶためであり、狼頭の方は体術の為だというのは想像がつく。

やがて値踏みが終わったのか、鷲頭の戦士がアルフレドに槍を向けていた。


「イタコラム王国、まことの勇者アルフレド。オヌシのことはイタコラムから逃げてきた同胞から聞いて知っているワシ。まず礼を言うワシ。同胞の事、感謝するワシ。そして、本来であれば、その恩に報いるため、オヌシには投降を勧めるワシ。だが、それはオヌシのような勇者には失礼だと思うワシ。だから、ワシらの全力で殺すことが礼儀だと思うワシ」

「俺様からも礼をいうワン。まことの勇者がいかに強かろうとも、俺様たち二人を相手にしては手も足も出ないワン。だが、手加減はしないワン。それは戦士の誇りを傷つけるワン。肉をそぎ、骨の髄まで食らい尽くしてやるワン。それが俺様たちの敬意だワン」

二人が雄叫びをあげた時、その後ろに控える八千近くの獣人たちがその声にこたえていた。


「聞け! 戦士たち! 勇者の死を見届けるワシ!」

「称えよ! 戦士たち! 魂揺さぶる強者の戦いワン!」

二人の戦士の声に、まるで大地が震わす力の波がこだまする。

その戦いを見るためだろう。まるで包囲するかのように、獣人の群れが、ヤンガッサ平原に広がっていく。


それを満足したかのように、二人の戦士は後ろの獣人たちを制していた。


「なるほど、鷲頭が暴風ケラザ・スリベ将軍で、狼頭が迅雷ジーンオルミ・プラタ将軍ということか。人の顔ではないから、判別不可能だった。それが獣人族の最終戦闘形態というやつだな。許されよ、どうやらこの状態は変わっていたようだ。そして、戦士の誇りとやらはわかった。やはり獣人族は、どの部族も個性的で面白い。いや、違うな。尊敬に値するというべきだろう。ならば、礼には礼で応えよう。俺も手加減はしない。お前たちの武勇伝。その輝かしい記録の最後に名を刻むのは、このアルフレドだ。お前たちは、この俺に手加減をしない戦いを選ばせた。それを誇りに思い死んでいけ。お前たちに未来はないが、お前たちの部族には未来がある。このアルフレド、それだけは保障しよう」

大剣を片手で引き抜き、軽々と笑顔でその剣先を二人に向けるアルフレド。

何も言わずにほほ笑み返す二人の将軍たち。

互いに言葉は語りつくしたといわんばかりの笑みだった。


――その瞬間、アルフレドの前から二人の戦士は消えていた。


沸き起こる歓声。地響きのように揺れる大地。

獣人族の誰もがその勝利を疑わなかったのだろう。彼らが一斉に大地を踏みしめることによって起こっている振動。

それは実際に揺れているわけではないが、その熱気に当てられた者は、そう感じるに違いない。


――だが、アルフレドは誰もいない空に向けて大きく大剣を投げ捨てたあと、瞬く間に消えていた。


一陣の風がそれまで三人がいた大地を駆け抜ける。


ただ、高く投げられた大剣が、そこに三人がいた証のように、きらびやかに放物線を描いて落ち始めていた。


――三人の姿は今もなお、誰の眼にも見えていないのだろう。


だからかもしれない。

全員の視線を、アルフレドの投げ捨てた大剣がひきつけている。

鮮やかな弧を描き落ちてくる大剣。魔法の輝きを見せつけるように、全ての視線を虜にしているようだった。


だが、それも長くは続かなかった。


何かが二つ、大地に打ち付けられた音がした瞬間、そこに全員の注意がひきつけられる。


――そして、それは信じられない景色だったに違いない。


そこには血まみれの将軍たちが折り重なるように大地に伏していた。

両手両足を失ったジーンオルミ将軍の上に、翼と両手を失ったケラザ将軍が覆いかぶさっていた。

遅れて、それぞれの将軍が失った部位が降り注ぐ。


それは信じられない光景だったのだろう。それまでおよそ八千人が生み出していた熱気が嘘のように引いていた。


――まさにこの瞬間、静寂がこの世界を支配しているといっても過言ではない。

それは、目の前で起きた現実を受け入れられなかったからだろう。


――しかし、それは絶叫へと変化する。


やがて、静まり返った獣人族の目の前で、加速された大剣が深々と突き刺ささり、二人を大地に縫い付けていた。

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