第32話ヤンガッサ前哨戦1
馬上には、白銀の聖騎士の鎧に身を包んだアルフレドの姿があった。
いつもの姿ではないが、その雄々しく堂々とした姿は、見るものに戦う勇気を示している。
付き従うは、同じ聖騎士の鎧をつけた騎士たち。
アルフレドと違い、全員が顔を覆う
――もっとも、いかに立ち込める霧で視界が悪くても、それはありえないだろう。
馬上から放たれるアルフレドの圧倒的な威圧感は、他の聖騎士と比較する方が愚かだといえる。
お互い離れすぎると位置もつかめないほどの深い霧にもかかわらず、アルフレドには全く迷うそぶりが見られなかった。従う聖騎士たちも、ただアルフレドの後ろについている。
見える範囲は限られているが、まるで道標があるかのように、アルフレドには一切の迷いが見られなかった。
馬の方も、アルフレドの手綱に合わせて、淡々と歩んでいる。
ただ、その馬の頭には場違いな鳥――まるでカラスのように黒く大型の鳥で、その首の部分には小さな水晶球が埋め込まれている――が止まっており、じっとアルフレドの姿を見つめていた。
――時折バランスを整えるかのように、大きく羽を広げるその鳥は、まるでアルフレドに向けてアピールしているかのようにも見える。
ただ、アルフレドはそれには全く応じない。
そして頭の上にのせているにもかかわらず、馬も全く気にならないようだった。
馬はただひたすら歩いていく。片手で馬を操りながら、時折器用に水晶球を操作するアルフレドの姿があった。
色々な情報が水晶球から飛び出る中、アルフレドは全く興味を示していない。ただ、決められたことのように、作業をしている感じだった。
しかし、その中の景色が一変する。
今までと違う輝きを見せる水晶球。その中には軍師カイトの姿が映し出されていた。
「何故、アルフレド殿がこの水晶球をお持ちなのですか? 情報通り、通常の通信魔道具では妨害されていましたな。でも、今回は特別に用意した品だから、問題はありません。しかし、テストはされているようですが……。それでも通信役の騎士ならいくらでもいるでしょう?」
軍師カイトの訝しむ感情は、水晶球からあふれ出ている。
しかし、そんなことは全く気にならない様子のアルフレドは、ただ前だけを見つめていた。
沈黙の中、カイト軍師の話は続いている。だが、アルフレドはそれには何も答えようとはしなかった。
やがて諦めたように、カイト軍師が通信を切ろうとした瞬間、アルフレドが重い口を開けていた。
「霧で視界は悪いが、敵はもうすぐそこまで来ている。もう間もなく遭遇するだろう。開戦から約三時間後に、わが軍は混乱を装って撤退するのだ、軍師殿。我が聖騎士団には、すでに全員死ねと命じてある。これを持つ騎士が例外なわけにはいかない。ああ、この水晶球は最後にはグレイシアの使い魔がもつので、戦場の様子はそちらでも確認できるだろう」
アルフレドは、水晶球に移るカイトの顔を一切見ることなくそう答えていた。その言葉に合わせるように、カラスに似た鳥――グレイシアの使い魔――はアルフレドの肩に移動して翼を広げている。
「なるほど、そういう事でしたか。この官兵衛、またアルフレド殿の深いお考えに感銘を受けましたぞ。確かにおっしゃる通りです。聖騎士団の皆様の働き次第で、この戦いの趨勢は決まるといっても過言ではありますまい。そして、未来を見通すアルフレド殿が聖騎士団の皆様にそこまでの覚悟をお伝えくださったのなら、この戦いは勝ったも同然ですな。しかし、まさかとは思いますがその出で立ち、アルフレド殿も……?」
映し出されたアルフレドの姿に違和感を覚えたのだろう。カイトは自分の疑問を素直にぶつけていた。
――そう、アルフレドはごく一般的な聖騎士の鎧と盾を身に着けていた。自らのアピールは終わったと思ったのだろう。グレイシアの使い魔である鳥は、元の場所でアルフレドを見続けている。
「守護者の鎧も、聖なる盾も聖騎士団の詰所に置いてきた。部下に死ねと命じたのだ。この私とて例外ではない。だが、あれらは国の宝だ。万が一を考えると当然のことだ。それに大きな敵を吊り上げるには、それなりの餌が必要になるというもの。特にバルトニカの真の勇者サマンサ・ロメルは
相変わらずカイトを見ることなく、アルフレドは淡々と答えている。
そのアルフレドの顔を、しげしげと眺めるように見ていたカイト顔も、徐々に理解の色に染まっていた。
「なるほど、死中に活ありというやつですな。確かに、その効果は絶大でしょう。しかし、本当に死ぬわけではないのでしょう?」
理解したものの、確かめずにはいられなかったのかもしれない。カイトの表情はそれをありありと告げていた。
「自殺趣味はないが、この戦いに勝たねば同じこと。ダドリシム三世陛下の治世で行ったイタコラム王国での獣人族の迫害。たびたび抗議文をよこしていたバルトニカ王国が、この戦いだけの勝利で、黙っているとは思えない。勝った勢いのまま、そのままイタコラム王国になだれ込むことは明白だ。今も北部の部族が後続としてやってくるだろうから、このまま進軍しても補給の心配はいらないだろう。なにより、我が国にはこれ以上、まともに戦える戦力は残っていない。だからこその軍師殿がたてた戦術なのだろう? この進軍形態で、芸術的ともいえる大包囲網であることを見破ることなど獣人族たちには難しかろう。彼らは基本的に居住区を守る戦いをする。そこからすぐに進軍してくることはまれだという軍師殿の考えには納得できるものがあった。だからこそ、我らは己の役目の重要性をよく理解している。たとえ死ぬことになるとしても、この戦いに勝利する事が出来れば聖騎士団全員の犠牲も意味があるというものだ」
ほんの少しだけカイトの顔を見たアルフレドは、最後には遠くの方を眺めていた。
――ほんの少しだけ晴れたとはいえ、相変わらず霧のために見える景色は限られている。だがアルフレドの瞳は、はるか遠くをとらえているようだった。
それを憂いの表情ととらえたのだろう。
そして、その心意気に心振るわされたと思われるカイトの震える声が、やけに大きく聞こえていた。
「まさに、鬼島津! この官兵衛、アルフレド殿、聖騎士団の皆様の意気込みに心打たれました! 実はこの会話は、右翼、左翼の皆様にも流してあります。この戦いの勝利は、まさに聖騎士団の屍の上に築かれるでしょう! さあ、右翼のフリンゲイル王国騎士団長とカルタ王子殿下。左翼のクリマアミ伯爵とパトリック竜騎士団長。聖騎士団の戦いが始まった時が反転の合図です。移動強化の魔法をかけ、一刻も早く包囲地点まで駆けつけてください!」
水晶球の中で、自らの言葉に酔いしれるようなカイト。
それを一瞥したアルフレド。
その口の端が少しだけ歪んだかと思った瞬間、それは幻だったかのように、いつもの顔に戻っていた。
「軍師殿、敵だ。聖騎士団、現時刻をもって戦闘に入る」
静かに告げた瞬間、映像にノイズが走る。
不意に、不快な金属音があたり一面に響いていた。
アルフレドの乗る馬も、聖騎士団の馬たちも、その音に不安のいななきを発している。
「アル……。まさ……。そんなはず……。その……映像魔……」
不快な音が響く中、カイトの映像は徐々に消え、水晶球はただの水晶になっていた。
それを気にする様子もなく、アルフレドは馬を落ち着かせながら、水晶球を捨てていた。
「よし、
馬を優しくなでながら、アルフレドは使い魔に向けて話していた。それは、アルフレドがグレイシアに向けて話しているようなものだった。
「まっ、そのおかげで、ワテらの出番やさかいな! 見とってや、アルフレドはん。ワテらの働き! あっ、見るのワテらやったな! こら、一本取られたわ!」
それまでおとなしく黙っていたのが嘘のように、グレイシアの使い魔が一気にまくし立てている。
「ほな、飛び立つで、アルフレドはん! この戦場に散らばった、このワテ、
「ああ、しっかり見ていろ、そしてすべてをグレイシアに届けろ。そろそろ見えるぞ」
その言葉に導かれるように、徐々に霧の幕が晴れていく。
――しばらくそれを見守っていたアルフレドは、おもむろに馬を下りだしていた。
最初、馬は不安そうにしていたが、アルフレドの声におとなしくなっていた。
「いいこだ、あとでまた役になってもらうからな。ここでおとなしく待っていろ」
そう言いながら、鞍につけてあった聖騎士団の
その動きに呼応したかのように、聖騎士団の全員が馬を下り始めていた。
――歩きだすアルフレドに道を譲るかのように、残っていた霧がすっと分かれていく。それまでの霧が嘘のように、アルフレドの歩みの後は開けた景色に変わっていく。
そのアルフレドを先頭にして、きらびやかな白銀の鎧の一団が扇状に展開していた。
やがて立ち止まったアルフレドは、そのまま大剣を地面に突き付けていた。その瞬間、大地は鈍い悲鳴を上げたが、アルフレドは特に気にした様子はなかった。
静かに
そのまま黙ってその柄に両手をおき、だまって前を見据えていた。
その目の前を突風が吹き抜け、残った霧を吹き飛ばす。
――まさにそれが合図だったのだろう。
アルフレドが見据える先。そこにはアルフレドよりもはるかに大柄な二人の戦士が、尊大な態度でアルフレドを見下ろしていた。
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