第31話出陣(後編)

「アルフレド様、エレニア様は…………」

礼拝堂の奥から姿を現したアルフレド。その気配をいち早く感じたのだろう、振り返ったマリアはそこで畏まりながら、そう尋ねていた。

その言葉に、そばで同じように入り口を見ていたグレイシアとミヤハも、振り返ってアルフレドの姿を見つけていた。


言葉を濁したのは、マリアなりの配慮なのかもしれない。

その想いに答えたのか、アルフレドは片手をあげて、マリアに笑顔を向けていた。


しかし、グレイシアは好奇心の方が勝ったのだろう。


アルフレドの元に駆けよると、その歩みを止めないように寸前で脇によけながらも、自らの疑問を口にしようとしていた。

しかし、わずかな迷いがグレイシアを置き去りにする。

歩き続けるアルフレドの背中を追いかけながら、グレイシアはどう言えばいいかを考えているようだった。


「アルフレド様! えっと……。さっきのお話は……。えっと、えっと……、うー……、その……」

迷いながらも勢いよく切り出してはみたものの、やはりその先を何と言っていいかの分からなくなったに違いない。


――『本当ですか』と問いかければ、アルフレドを疑っていることになる。しかし、自分の知識ではそれに解答するすべはない。

信じる気持ちと信じられない知識のはざまで、飛び出した好奇心が進むべき道を見失ったに違いない。


「グレイシア、無礼だぞ!」

しかし、その先の言葉を察したのだろう。マリアがグレイシアを睨んでいた。

その間に、マリアのそばまでやってきたアルフレドは、そこで歩みを止めていた。


「だって! 気になりますわ。マリアさんと違って、シアはお二人の関係をよく知りませんもの! ねえ、ミヤハ君。ミヤハ君もそうですわね?」

相変わらず、不思議そうな瞳でアルフレドを見つめるミヤハも、グレイシアの問いに首を縦に振っていた。


「なっ! ミヤハまで! お前達は――」

「皆さま、もうそのあたりでよろしいのではないですかな?」

マリアの言葉を遮るように、強い口調が飛び込んできた。まだその姿はアルフレドがやってきた暗がりの中にいる。しかし、全員がその声には聞き覚えがあるようだった。


「本隊と行動を共にされるグレイシア様とミヤハ様はよろしいとしても、聖騎士団はすでに王城を出立し、演習場でアルフレド様を待っている状況ですぞ。入り口は人の出入りを抑えていますが、あまり騒がれては留守を預かるこの私が困ります。特にマリア様……。貴女は今、表向きは王城にいない方ですよ? せっかくの偽装がばれてしまっては意味がありません。常にアルフレド様のそばにいるのは結構ですが、時と場所をわきまえていただきたいですね。少なくとも、この私はそうしております」

ゆっくりと音もなく近づいて来る男の声と共に、次第にその姿が明らかになる。


「トルコール、抜け道の方は確認済みだな? 俺のいない間、王城の事は任せたぞ」

振り返ることなくそう告げたアルフレド。

何かを言いかけたマリアの頭に、軽くその手をのせていた。


「アルフレド様。摂政マクシマイルはすでに踊っております。自らを賢人と名乗るあの男は、よもや自分が道化を演じているとは思ってもいないでしょう。奴を含め、第二王子擁立派も、再びこの情報に活気づいております。ノマヤ王子が遠征に出発した後に、奴らは行動を起こすに違いありません。問題は、エレニア姫様の謁見でしたが、それも見舞いという事で予定されました。若干変更はありましたが、アルフレド様の未来に変化はないと誓えます」

はっきりとした物言い。堂々とした振る舞い。それらを纏いながら、紳士風の男がアルフレドのすぐ後ろまでやってきた。


「よし、予定通りに事を運べ、トルコール。我らが凱旋した後は、お前たちの新しい未来もやってくるだろう」

振り返ったアルフレドの言葉に、恭しく頭を下げるトルコール。背中が見えるほど頭を下げていたため、小さく折りたたまれた翼と持ち上げた尻尾があらわになっていた。


「トマルイ王子に滅ぼされかけた我が一族を密かに救い出し、庇護してくださったばかりでなく、新たなる大地を用意して頂けるというご恩情。このトルコール、感謝の念に堪えません。今一度一族を代表し、身命を賭してアルフレド様のお役にたつことを誓います」

再び顔をあげてアルフレドを見つめるトルコールの青い瞳は、強い輝きを放っていた。


満足そうに頷くアルフレドは、再びマリアの頭に手をやると――マリアはさっきから固まったように動かなくなっている――、囁くように告げていた。


「ここから抜け道を通って行け、マリア。これからしばらく、互いの連絡はない。何かあれば、お前自身で判断しろ。ただし、手順だけは間違えるなよ」


「――はっ、必ずや!」

頭にのせられた手の感覚がマリアの判断を狂わせたのだろう。いつもなら跪くマリアも、わずかな逡巡の後、そのままの姿勢で返事をしていた。


その姿が楽しかったのかもしれない。

上機嫌な笑みを浮かべたアルフレドは、グレイシアとミヤハに対しても同じ顔を向けていた。


「お前たちが気になることにも答えてやろう。話は単純なことだ。『過去の事は、あくまで過去のことでしかない』という事だ。その真偽を問うことに意味はない。たとえそれが真実ではなかったとしても、真実にしてしまえばいいだけのことだ。未来と違って、過去の出来事は変わらない。ただ、過去の出来事を思う気持ちはいくらでも変える事が出来る。今のエレニアにとって大事な事は、父王との関係を改善することだ。いつまでも過去にとらわれ、未来を閉ざす必要はない」

ゆっくりと、入り口の方に向けて歩き出すアルフレド。

差し込む光が、アルフレドの姿をより一層際立たせていた。やがて立ち止まり、四人の方を振り返ったアルフレドは、強い意志を込めて宣言していた。


「さあ、出陣だ。この国の未来は、俺達が握っている」

それだけを告げて颯爽と光の中に歩いていくアルフレド。その姿をマリアとトルコールはそれぞれのスタイルで見送り、グレイシアとミヤハは急いで駆け出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る