第二章 イタコラム王国王位継承編
第21話バレル会談
「アンタが噂のアルフレドか、アンタからの手紙は読んだ。お互い、利害は一致しているってわけだ。でもよ。アンタ今、未来が読めないんだよな? なら、ここでやっちまった方が俺にとって都合がいいとは思わないか? でも、肝心のノマヤ王子がいないよな? お互いに王族を連れてくるんじゃなかったか?」
「それでもいいなら、そうするが。本当にそれでいいのか? お前は『お互いにこの壁の向こうには行けない』と思っているからそう言うのも知っている。それも本当にそうだといえるか? 勇者がいつまでも召喚呪に縛られたままだと思っているのか? ああ、一応訂正だけはしておこう。未来を読めなくなったわけじゃない、今は【夢予知】ができないだけだ。だから、お前の行動は知っているさ、ハロルド・カイン。ノマヤ王子を連れてくるはずないだろう?」
廃墟と化した街の端。
民家の崩れた壁――それが壁であったとかろうじてわかる程度だが――を挟んで、二人の男がにらみ合っていた。
一人はアルフレド。壁に限りなく近づいている。
もう一人は、ジーマイルの真の勇者であるハロルド・カイン。アルフレドに比べて、壁からはかなり離れていた。
ハロルドの挑発に、アルフレドが応じている。
瞬時に距離をとる二人。
――それに遅れて、鳴り響く大気の悲鳴。
その意味を悟ったかのように、ハロルドは南の空を見上げていた。
さっきまでは、そこには一つの太陽が輝いていた。
しかし、ハロルドの見た空には、群れなす太陽が沸き起こっていた。しかも、それはハロルドめがけて押し寄せてくるように見えていた。
大気を焼き、風を飲み込み、全てをその身で焼き払うかのような隕石群がハロルドのめがけてやってきている。
「ちっ! そういうことかよ! 【力場形成】!【重力球】! お前ら! ルマルシェ殿下を安全な場所へ!」
近くの林へ向けて叫ぶハロルド。その声を受けて、光を捻じ曲げる闇がはじけ、騎馬隊が列をなして駆けていく。
「くそ! 数が多すぎるだろ! ミシェル! お前もはじけ!」
「無理ですよ、ハロルド君! 僕が召喚するより断然数が多い!」
「ちくしょう! 【重力球】最大! 【力場形成】最大展開! うぉぉぉ! 弾き飛ばしてやる!」
ハロルドの目の前に、黒い球体が三つ浮かんでいた。それをそのまま一定間隔に展開するように、南の空に向かって投げつけていた。
その付近を通りかかった隕石は、その黒い球体に引き込まれるように軌道を変える。
お互いの軌道が重なることで、隕石たちは互いにぶつかり合っていた。
それはまさに、数多くの打ち上げ花火が上がった様なものだった。
もしも夜だったなら、さぞ美しい大輪の花が咲くのを至近で見られたことだろう。
「くっそ! 時間差かよ! きたねー! しかも、小さいもの順かよ!」
でも、それを見越していたに違いない。
隕石の衝突による衝撃は、黒い球体を巻き込んでいた。
更に隕石に脅威は迫る。
「くそ! くそ! くそ!」
恐らくハロルドは血が上っていたに違いない。自らの固有能力の【力場形成】を展開するために心血を注いでいたのだろう。
その甲斐あって、次々と隕石ははじかれ、北東の方に軌道を変えて飛んで行く。
「さあ、ハロルド。もし、これが茶番でなかったなら、お前は死んでいた。どうする? 続けるか?」
いつの間にか、ハロルドの首筋にうっすらと赤い筋が付いていた。しかも何者かが後ろからハロルドの自由を奪い、曲刃を喉元に当てている。
このまま力で吹き飛ばせば、そのまま首がとぶ。
そういわんばかりに、ゆっくりと刃を首に沿わせていた。
「何!? お前は、ミヤハ! 何故でごわす! 何故、国境を越えられるでごわす! 特別な日の勇者が、王家が宣戦布告してない国に対して侵入できるわけがないでごわす!」
ハロルドと共にいた勇者の一人が驚愕の声で叫んでいた。
「いい質問だ。お前はたしか、ボードン・レイン司教だったな。さっきもハロルドに言ったが聞いてなかったようだな。『お互いにこの壁の向こうには行けない』という事。それが今でも本当にそうだといえるか? それを破る方法があるとすれば?」
ゆっくりとそう言いながら、アルフレドは国境付近に近づいていく。まるで何かを待っているかのように、その歩みは遅々としていた。
ゆっくりとしたその歩み。
だが、着実にそこに近づいている。折しも、向こうの方からも騎馬が数騎かけてきていた。
先ほど睨み合っていた国境付近の民家の壁。
その隣に引かれた線を、アルフレドは一歩超えていた。
「まさか! そんなまさか! ありえない! 召喚呪が破れるはずがない! 召喚呪によって、勇者は国に縛られているはず! 王家の人間に危害を加えられないのと同様に、国からも出ることはできないはず! 国境を超えるには、王家にその意志がない限りありえないのに!」
頭を抱えて叫ぶミシェル。
その叫びに応じたように、アルフレドも歩みを止めていた。
「まあ、そうだな。自国の王族に対して、危害を加えることはできない。そこは始まりの勇者にも共通するものだ。だが、越境に関しては始まりの勇者にはなかった。そこに何らかの道があると考えるべきだろう? そこにミヤハがいるのだ。これ以上の証明はいらないだろう。古い知識しか持たない賢者はみじめだな、ミシェル・ガガルバ。そうだな、このままハロルドの首をかき切ってしまうか? 固有能力【重力制御】をもらうのもいいかもしれないな」
アルフレドの冷淡な笑みに応じて、ミヤハはただ頷き返していた。
「まて! 早まるな! アルフレド殿! 今日は互いに同盟の意志確認で来たはずだ! すでに正式な国使も貴国で交渉中のはず。お互いの実力も十分わかったので、我々は帰ることにする! これからは盟友としてそなたのことを見ることにする!」
慌てて静止していたのは、見るからに貴族の子弟。しかも、その身分はかなり高そうだった。
「ルマルシェ殿下! こっちに来てはいけない!」
「いや、ハロルド。余が愚かであった。アルフレド殿、話を聞かれよ。余はルマルシェ・ド・ジーマイル。もう一度言う。貴国との未来の為、まずは鉾を納めるのだ」
「これは、ルマルシェ殿下。お初にお目にかかります。そうですね。これは単なる演習でした。もういい、ミヤハ! ハロルドはまだ、
アルフレドの命令が飛んだ瞬間、曲刀を下げると同時に、自らの指先をハロルドの傷口に押し当てて、その血を口に含んでいた。
――ハロルドの顔が不快に歪む。
そのまま抵抗するハロルドの力の動きに合わせて、アルフレドの後ろまで飛び退いていた。
「くそ! アルフレド! いずれ、お前とは決着をつけてやる。それまで死ぬなよ!」
傷口に手をやり、ぬめりとしたものをふき取ったハロルドは、血の付いたその指をアルフレドに向けていた。
「同盟の最初の挨拶としては、おそらく斬新なものだろうな」
ただそれだけを言い残し、アルフレドは踵を返して廃墟の街の中心へと歩いて行った。
「ふん」
ハロルドもまた、先に出発していたルマルシェの元に駆けていく。
明確に目指す場所はなかったのだろう。アルフレドの歩みは淡々と続いていた。
やがて、二人がお互いの姿を見る事が出来なくなった頃、アルフレドは急に立ち止まっていた。
その瞬間、アルフレドの周りが闇に包まれる。
その外側で、ミヤハはただ茫然と立っていた。
「どうだ、グレイシア。【重力球】の数と制御範囲。【力場形成】の引力と斥力の展開範囲は? そして奴がはじいたものは、予定通りか?」
「ええ。シアの眼に狂いはありませんわ。【重力球】の最大数は三つ。球体からの重力場の影響は約五メートルといったところですわ。【重力球】自体の射程は五十メートルほどでしょうか。ただ、今回は投げていたので、通常の展開距離はそれよりも短いと思いますわ」
「そうか、隕石で壊せたようだが、魔法で壊せるか?」
「それはやってみないとわからないですわ。シアの召喚した小隕石二つの衝突で巻き込まれても、壊れませんでしたわ。いくつかの衝撃で、やっと壊れたですわね。かなり大きな力が要りますわね」
「そうか。何か対策を取れそうか?」
「難しいですわね。今回の行動で向こうも警戒すると思いますわ」
「そうか、なら考えておいてくれ。次に奴は【空間制御】の力を得る。今の方が倒しやすいのだが、やむをえまい。あとは【力場形成】の引力と斥力の展開範囲はどうだった?」
「こちらの方が厄介ですわ。展開範囲は自分中心に半径十メートルの球形状に展開してると思われますわ。あそこに置いた崩れた民家も押し戻してましたから、最初の展開はそうなのでしょう。でも、おかしいですわね。自分で押し出したせいで、仲間が国境線自体を間違えるなんて。ただ厄介なのは展開した後は、自分の思うように動かせることですわ。さっきのものは、自分から切り離して、力場だけを上空に移動させましたわ。斥力で弾いた隕石は、ほぼ同じ速度を維持してましたわ」
「実際に、斥力では地面に書いたものは押し出す事が出来ないという知識がある分、思い込んだのだろう。単純に地面に似せた構造物に書いただけの線だったのだがな。まあ、そういう奴らだとは知っているからできたことだ」
「だからですのね。ミヤハ君があそこまで行けたのは。あそこはすでにイタコラム領だったのですね」
「あそこはジーマイル王国だ。それとはじいたものは集結地点に落下したか?」
「え!?」
「どうした? お前のことだ。
「――ええ、全弾命中してますわ。おそらく、全滅に近いと思われますわ。角度をちゃんと計算して打ち返すなんて、やっぱり侮れませんわ。でも、どう見てもあれはちょっとした腹いせですわね。それで滅ぼされたのはお気の毒ですが、仕方ありませんわ。でも、アルフレド様……」
「どうやら、ミヤハが相当ずらしてくれたらしいな。まあいい。そういう事だ。知っているのはお前だけだ、グレイシア。予定通り、お前だけだ。わかっているな」
グレイシアの顎に手をかけ、沈みかけたその顔をすっと持ち上げたアルフレドは、グレイシアの瞳をじっと見つめて語りかけていた。
「…………。ミヤハ君もアルフレド様の役に立てて本望ですわね。でも、あの子はいったい?」
頬を赤く染めながら、グレイシアはただそれだけを尋ねていた。
「元は魔王教の粘性変異体だ。自分がとりこんだものになれる能力をもつ。もともと、教団のある女から特殊な密命を帯びていた。それをかなえるために、俺のものになった」
グレイシアの顎に当てていた手を離した次の瞬間、小さな声がグレイシアの口からこぼれていた。それと共に、闇が瞬く間に晴れていく。
名残惜しそうな小さな声は、たぶんアルフレドに届いていただろう。
しかし、アルフレドはすでに北東の空を見つめていた。
アルフレドの見つめる北東の空。
そこには今も何かが燃え広がっているかのように、大きな黒煙がますます大きく広がっていた。
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