第22話継承権を持つ者たち2

ナーレヨグレイル城の中にある、謁見の間へと続く廊下。白い大理石の柱が形作る芸術的な世界。

そこに敷き詰められた赤い絨毯の上を、アルフレドは颯爽と歩いていた。


その後ろをマリアとグレイシアが付き従う。

やや遅れて、ミヤハがその後に続いていた。

聖騎士団の正装に身を包んだ四人の姿に、すれ違うものは誰一人存在しなかった。皆、廊下の両脇に退いて、礼を尽くしていた。


――だが、ただ一人だけ例外がいた。

その歩みの前に、臆することなく立ちふさがっていた。


「アルフレド、よくもやってくれたものだ。まんまと騙された僕が悪いのかもしれないけど、それでもそう言わずにはいられない」

三つの廊下が交わる真ん中に、ムニマルカ領主であるトマルイ第三王子の姿があった。

普段のさわやかな印象とはまるで違う、怒りの形相を見せている。


「これは、トマルイ殿下。ご機嫌麗しく――」

「そんなはずないだろ!」

アルフレドの儀礼的な言葉を遮って、トマルイ王子は叫んでいた。


その声に、廊下で警護をしている衛士ですら、何事かと駆け寄ってきていた。


「アルフレド、よくもぬけぬけと言えたものだ。お前のせいで、ムニマルカ竜騎士団は壊滅だ。もう騎士団として機能できない。しかも、ゲニルカも死んだ! お前だ! お前のせいだ!」

アルフレドを指さして、トマルイ王子は叫んでいる。


その尋常ならざる姿を見て、衛士たちがトマルイ王子とアルフレドの間に入ってきた。


「トマルイ殿下、アルフレド殿。王宮内です。謁見の間の前です。どうか、お願い申し上げます。どうか……」

衛士の一人がアルフレドにそう声をかけていた。立場上、やはりアルフレドに退散をお願いしているのだろう。


トマルイ王子を引かせるわけにはいかない。

衛士の顔には、アルフレドに対して陳情の意志が書かれていた。


「衛士殿、お役目ご苦労。だが、私も陛下に謁見せねばならない。それに、身に覚えのないことで引いたのでは、我が聖騎士団の威信にもかかわる。それではエレニア姫に対して申し訳が立たないのだよ」

「どの口がそう言う! ジーマイル王国が同盟の話を持ってくるが、それは宣戦布告の使者だというお前の【未来予知】。しかも、隕石雨でアマルディカは壊滅的な被害にあうというお前の【未来予知】。その混乱に乗じて攻めてくる、ジーマイル王子であるルマルシェ・ド・ジーマイルを討ち取る機会だと言ったお前の【未来予知】。そのために、我らムニマルカ竜騎士団主力はアマルディカの北に伏せていたのだ! それを! それを! 全滅だ!」

必死に壁を作る衛士たちの間をかき分けて、トマルイ王子はアルフレドへと向かっていた。血走った眼は、その必死さを表しているのだろう。


「これは異なことを申される、トマルイ殿下。私はこう申し上げたはずです。『ルマルシェ・ド・ジーマイル王子が、ジーマイル王国の真の勇者ハロルド・カインと私のバレルでの会談に付け込んで、アマルディカの街を攻撃する未来があります。同盟締結の使者がまず参りますが、私達の会談が失敗に終われば宣戦布告となるでしょう。ここは確定していません。ただ、私とハロルドの話し合いがすんなり行われることは無いでしょう。きっとハロルドは私を討ちに来ます。その時、アマルディカの街をお守りください。まず、隕石雨があれば、ハロルドの私に対する攻撃があったと思ってください』と」

「アルフレド殿!」

衛士の必死の叫びも空しく、アルフレドは下がることなくトマルイ王子に向けて言葉を投げかけていた。ますます暴れるトマルイ王子を、集まった衛士全員で押しとめていた。


「むしろ、私は王国領の街と民を守るべく、必死にハロルドと戦っていました。この戦いで、私の大切な部下であるミヤハの声が失われました。国境を越えられない私が、向こう側にいるハロルドに対して、魔法以外で応戦することはできません。こちらの隕石とあちらの隕石が飛び交う中、ハロルドがはじいたものが竜騎士団に向かうことなど、さすがの私もそこまで広範囲に見ていません。そして今は、摂政マクシマイルの奸計により、新たな【未来予知】が出来ないのです。責を負うべきは、摂政マクシマイルにこそあるべきでしょう。ああそう言えば、センタオリヌ領主クリマアミ伯爵も関係しているのではないですかな? 私は、王国の街アマルディカを守るために不利な戦いの中奮戦しました。それを貶めるような物言いは、いかに王子殿下といえども反論させていただきたい」

アルフレドの堂々とした声は――自らの身を顧みて――、一片の非もないことを表明しているようだった。それに対し、トマルイ王子はますますとびかかりそうな勢いで暴れ続けている。


「弟よ。トマルイよ、もうそのあたりでよさないか。アルフレドに対する八つ当たりは見苦しいぞ。アルフレドは、わが王国の街アマルディカを守るべく奮戦した。その行いは英雄と呼ぶにふさわしい」

もう一方の廊下の先から、涼やかな声が聞こえてきた。よく通るその声に、アルフレドも礼を持って応対している。


「くそ! ノマヤ兄さんとアルフレドが結託しているのは知っていた! まさか、こんな手でくるとは! ノマヤ兄さん、忠告だ! アルフレドには用心するんだ。こいつは、この僕にもノマヤ兄さんの情報を流していた!」

「ああ、そう言えば、弟よ。心配しなくてもムニマルカの守備はロパルの予備騎士団に任せておいた。すでに陛下の許可は頂いている。ジーマイル王国との同盟は成立したんだ、西からの脅威はないだろう。そういう意味でも、アルフレドの功績は大きい。あとは竜騎士団全滅の責任が残っている。それを聞くのもお前の責任だ。だからお前は、王都でおとなしくしているんだ。おお、そうだ。ジーマイル王国との同盟が成立した以上、安心してバルトニカ王国への侵攻できるぞ。ああ、すまない。お前にはもう関係のない話だな。だが、少ないとはいえ、残っている竜騎士はあてにしているぞ。もっとも主力は我がロパル騎士団が務めさせてもらう。今日はそのための御前会議だからな」

歩きながら、そう話し続けるノマヤ王子。片手をあげてアルフレドの挨拶に応えた後、トマルイ王子の横で立ち止まっていた。

衛士たちも、二人の王子から距離をとって離れていく。


ノマヤ王子は、その動きを待っていたのだろう。

トマルイ王子の肩に手を置くと、小声でそっと話しかけていた。


「忠告はありがたいが、それは私の指示だ。利口ぶった愚かな弟よ。その小賢しい頭は、手に入れたバルトニカ王国の辺境都市の統治くらいは任せてもいいかもな」

二度、肩を叩いたあと、ノマヤ王子は謁見の間に続く廊下に消えていた。


呆然と立ち尽くすトマルイ王子。何事かを呟いているかのように、その口もとが小さく揺れていた。


それを見届けたアルフレドは、黙って前に進んでいた。

ゆっくりとトマルイ王子に近づいたアルフレドは、そのままその横を会釈しながら通り過ぎていく。

だが、マリアとグレイシアはなぜか動いていない。ミヤハもまた、グレイシアに片手で行く手を遮られていた。

ただ一人、アルフレドだけがトマルイ王子横を通り、その無防備な背中をさらしていた。


――その瞬間、トマルイ王子の瞳が狂気に染まる。

そして、その剣がアルフレドに向けて振り下ろされていた。

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