第23話継承権を持つ者1

窓一つない部屋の中で、十人もの人間が少し窮屈そうに座っていた。

初対面の者同士の挨拶も済み、一瞬場が静まり返っていた。


部屋の中央には長方形のテーブルがあり、その上座にはノマヤ王子が座っている。

そのすぐ左横にアルフレドが座り、マリア、グレイシア、ミヤハの順で座っていた。

一方、アルフレドの真正面にはロパル銀翼騎士団団長であるタリア・ロパル公爵令嬢が座っている。噂では、二人は恋仲であるという事だが、ノマヤ王子からの公式な発言はされていない。ただ、この場では第一王子とその騎士団団長という立場での出席のようだった。


その隣に座っているのが、カイト・マルシム。

普通の勇者として転生し、博識を買われてノマヤ王子の参謀を務めているようだった。

魔術師という肩書だが、実際に魔法の実力は低いというのを本人も否定してはいない。ただ、この世界の一般の人間に比べると、格段強いのは勇者として転生した者だからだろう。

『僕は軍師だからね。実際に戦わないからあてにしてるよ、聖騎士団の皆様方。そうそう、僕のことは官兵衛と呼んでくれたまえ。勇者なら、この意味わかるだろ?』と最初にアルフレドに向かって挨拶していた。


その隣に座っているのが、トミアル・パツル。

普通の勇者として転生し、野伏レンジャーの職業についている。もっぱら情報収集を得意としており、裏社会にも顔が聞くということだった。恋多き男であることはカイトからの補足説明あり、今はマリアのことを凝視している。


そして、その隣。ちょうどミヤハの前に座っているのが、ライラ・ライという少女だった。

バルトニカ王国の街、カルクムの太守カルクム公爵の娘だったが、家を出て冒険者になった変わった娘だった。ライラ・ライというのは冒険者になってからつけた名前で、本名は違うらしいが名乗っていない。そして、職業は司祭の職に就いている。


しかも、若くして才能にあふれた彼女は、イタコラム王国でも有名なようだった。

だからだろう。今回の話は、彼女がイタコラム王国に持ってきたようだった。


――カルクムの街が、魔王教擁護の疑いをかけられ、カルクム公爵の爵位返上と領地没収という決定がいきなり下されたという。

これを不服としたカルクム公爵はイタコラム王国に帰順を申し入れ、イタコラム王国はこれを受託した。

しかも、バルトニカ王国に対して、イタコラム王国は直ちに通知を出していた。


――カルクム公爵をイタコラム王国辺境伯とすること。

そして、イタコラム王国王家との婚姻関係を結ぶ準備が整ったというものだった。


この件で両国の関係は一気に悪化し、バルトニカ王国から宣戦布告の通知がもたらされた。


そして最後に、ノマヤ王子から最も遠く、ノマヤ王子を正面に見る席にイタコラム王国騎士団長、フリンゲイル伯爵がいた。

不機嫌そうな面持ちで、腕組みしながらこれまでの話を黙って聞いていた。


「どう考えても、この席にカルタ殿下のお姿がないことがおかしいのではありませぬか? それに、クリマアミ伯爵の姿もない。いや、むしろ私がいる方が場違いというべきでしょうかな?」

ライラからの話が終わった時、もはやフリンゲイルの座っている席には、不機嫌という置物が据えられていた。


「まあ、正式な軍議は後でおこなうからね。今はその前の打ち合わせと、情報交換だ。正式な軍議では細かなことを話している時間はないからね。当然、ライラからの話もきけない」

「この私に、カルタ殿下を裏切れと?」

「いきなり、ずいぶんな言い方だね? 私はそんなことを言った覚えはないのだけれど? それに、フリンゲイル伯は王国騎士団として戦場に赴くのか、弟の後見人として戦場に赴くのかを考えた方がいいかもね。王国騎士団長が国王以外に剣を捧げるとは前代未聞の話だけど?」

不機嫌をさらに重ね着したフリンゲイルに対して、ノマヤ王子は涼しげに答えていた。


――ノマヤ王子とフリンゲイル伯爵。二人の間には、ただならぬ空気が漂っていく。


「…………。カルタ殿下を……、不当な扱いをなさらぬようにお願いします……」

やがて力なく、そう言って頭を下げていた。それは願うというより、項垂れたという方がいいだろう。


彼にとって、それはまさに苦渋の選択といっていいに違いない。


今回の遠征軍の総指揮を国王から委任されたノマヤ王子。

その王子からの質問は、フリンゲイルはどのように戦場に赴くのかを問われているものだ。


もしこれ以上カルタ王子の事を持ち出すとすれば、王国騎士団長という任にふさわしくないとして従軍を拒否されるだろう。そうなれば、王国騎士団長という彼の名声は地に落ちる。

当然、遅かれ早かれその任は解かれるに違いない。


しかし、フリンゲイル伯爵はカルタ王子の後見人でもある。カルタ王子はともかく、この席に呼ばれていることはカルタ王子を支持する貴族たちにとって、ある種の疑念を抱かせることになっているのだろう。


だから、フリンゲイルは面白くなかった。


というよりも、すでに進退窮まったと言ってもいいだろう。フリンゲイルをいまだにこの場にとどめているのは、騎士団長という武人としての誇りに他ならない。


「あはは。何を言い出すかと思えば……。フリンゲイル伯爵。私がたった一人になった弟・・・・・・・・・・にそのようなことをするはずないじゃないか。トマルイがあんなことになって、私も心を痛めているのだよ」

そっと顔をそむけながら、ノマヤ王子は目からこぼれた涙をふき取っていた。


「そう言えば、その話って本当なの? アタシ、噂で聞いてびっくりしちゃったよ」

この場において、唯一部外者といっていいライラ・ライが、くりっとした大きな目をさらに大きくしてノマヤ王子に尋ねていた。冒険者となって礼儀作法を忘れたわけではないのだろう。

恐らく、元々こういった性格なのかもしれない。

そして思いがけない彼女からの横やりに、ノマヤ王子の顔が一瞬ひきつっていた。


「相変わらず、君の耳はどこについているのだろうね。今更君に隠すようなことではないけどね。身内の恥だから、あまり語りたくはないのだよ」

「えー。だって、聖騎士団長であり、この国の真の勇者でもあるアルフレド様に切りかかったんでしょ? 背後からだったって聞いたよ? トマルイ王子っていえば、名のある戦士だよ? しかも勇者だから、アルフレド様は王族に対して反撃できないよね? でも、アルフレド様はそこにいるよ? どうして? ひょっとして、偽者かなぁ? だったら負けるね、この戦い!」

ライラ・ライの本当の目的はそれだったのかもしれない。この部屋に入ってから、アルフレドはほとんど口を開いていなかった。


真の勇者であるアルフレドは、自国の王族に対して反撃することはできない。

そして、トマルイ王子は名の知れた戦士でもあった。

素人の剣なら、反撃することはできなくても、かわすことは可能だろう。


――しかし、それが実力のある戦士なら?

ライラの疑問はもっともだった。


恐らくライラは、彼我の戦力を計っているのだろう。

元々バルトニカ王国出身の彼女は、バルトニカ王国の内情は詳しいだろう。その上で、イタコラム王国との戦力差を計算しているに違いない。

そしてイタコラム王国に分があると彼女は弾きだしたのだろう。自分の父親に対して、イタコラム王国に帰順を進めたのも、そう言った計算があったからだと思われる。


――勇者の数は、イタコラム王国の方が多い。一般の騎士はバルトニカ王国の方が多い。


数の上では、バルトニカ王国が圧倒的に有利だと言える。

しかし、疲労という戦術でしか、一般の騎士は勇者には勝てない。


冒険者の一部にその域まで達した者はいるが、その数は少ない。

そして一般の勇者に届いたとしても、真の勇者に届くはずはない。

それでも、数で押せば、いかに真の勇者といえども疲労は蓄積する。累々たる屍を重ね、ようやく一人の真の勇者を討ち取る戦術。

それが真の勇者と戦う際にとれる唯一の戦術だった。


――けれども、アルフレドにはその戦術すら効果がない。

アルフレドの持つ英雄の指輪は疲労を回復する効果がある。だから、アルフレドに大軍をぶつけても相手にならない。


そう、アルフレドがいるかいないかで、戦場は一変するといえる。

そして、アルフレドが指揮する聖騎士団は、能力の高い勇者と、能力の高い元冒険者が集まっていた。


「アルフレド様がそのような行動を知らぬはずがないだろう? ライラ・ライ。お前の眼は節穴か? 影武者にこの気配は出せぬよ。昨年も言ったが、いい加減その人を小ばかにした態度はやめろ。エレニア様も注意したはずだ」

アルフレドの隣で目を閉じていたマリアが、ライラを睨みながら注意していた。


「あら、マリア。ごめんねぇ。だったらなんで死んじゃったの? ひょっとして、毒殺? マリア? やっちゃった? 正直に言うなら、格安で復活してあげてもいいわよ? 一応知り合い価格にしておくからさ」

それでもおどけるライラ・ライ。


そんな様子をマリアは鼻で笑っていた。


――この場の誰もが、それはないと知っている。


「まあ、この際その話は終わりにしたまえ、ライラ殿。勇者が王族を殺そうと思っただけでダメなのさ。その思考は誘導され、回避されるのはしっているのだろう? それは命令にしてもそうだとも。仮に僕がライラ殿に向けて、『王族の誰かを殺してこい・・・・・』と命令したいと思ってもできないのさ。その思考は誘導され、別の言葉に置き換わるのだよ。別の単語にその意味を持たせることすらできないのさ。まあ、実際にその言葉にその意味を持たせなくても、周りの人間がそう受け取っていれば別かもしれないがね。ただ、それを刷り込ませようと思う事すらできないだろうね。そして、仮に自分の手で行うにしても、その瞬間に体が硬直し、場合によっては自らを傷つけるだろうね。ああ、召喚呪! 勇者が王族を傷つけないようにする最大の守り! その仕組みを解き明かすことさえこの五百年できていないのだよ」

カイト・マルシムの勝ち誇ったような笑みがライラに向けられていた。

しかし、ライラは相手にしていなかった。その視線はただ、アルフレドの方に向いている。


「そろそろ本題に入りません? シア。ちょっと疲れましたわ。最近、新しいゴーレムの開発に忙しいのですわ」

テーブルに突っ伏したグレイシアは――まるで眠りについたかのように――、そのまま動かなくなっていた。


「そうだね。じゃあ、トミアルの報告を聞いてから、カイト軍師の話にしよう」

マリアをじっと見つめていたトミアルは、いきなりノマヤ王子からの指名に驚きのあまり立ち上がっていた。

小さく息を吐くマリア。


その様子に、ノマヤ王子は思わず声をあげて笑っていた。

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