第44話ヤンガッサの戦い4

その天幕の周囲では、騎士達があわただしく動いていた。


丁度、小高くなった場所に陣をはったイタコラム王国軍。これからまもなく追撃してくる敵を、一時的に防ぐ柵がその天幕の前方に作られていく。


その周囲の喧騒をよそに、その天幕の中はまるで葬儀の場のような雰囲気となっていた。


誰もが言葉を失って、ただすすり泣く声が静かに漏れ聞こえる。


一体何が起きたのか。

その答えは、今からおよそ十分前にさかのぼる。


***


この地について早々、グレイシアの提案により、アルフレドの戦いの姿が映像魔法によって映し出されていた。

所々にノイズは走るが、複数のDJディージェイナンバーズたちの共同作業によって、その映像は大きく、そして見事に映し出されていた。


アルフレド対エウリスナとムプンイルの戦い。


その戦いの一部始終に歓声が沸き起こる。

特にノマヤ王子はとても気に入ったのだろう。

すでに過去の記録であることを知っているにもかかわらず、拍手喝采の声援をおくっていた。


サマンサがやってきたときも、そこにいる場の人間は、特に何も思わなかったに違いない。


そして常人の目では追いきれない戦いとなっても、アルフレドが劣勢に陥っても、そんな未来を予想できた者はいなかっただろう。


――それは作戦だったから。


劣勢になり、逃げることが聖騎士団に課せられた使命。この合流地点に本陣を構えている以上、そこに敵が飛び込んでくるための餌の役目が聖騎士団の仕事だった。

そのための聖騎士団の犠牲はいとわない。だからこそ、アルフレドは聖騎士の鎧を着たもの達に、死の宣告を告げていた。


そして、アルフレドは作戦そのものを否定せずに軍議に参加していた。


だからだろう。

作戦が成功することは、全員の共通認識だった。

誰もそんな未来が訪れるとは考えもしなかったに違いない。


そもそも、作戦はアルフレドが聖騎士団と共に、バルトニカ王国軍八千をひきつれてやってくる。途中の追撃で聖騎士団は全滅するかもしれない。それほどの釣りを披露すると、アルフレドの覚悟が開戦当初に語られていた。


そのためには、バルトニカ王国の真の勇者であるサマンサとの戦いは避けられない。

そして、逃げるふりをして敵を連れてくる。アルフレドとサマンサの実力差があるからこそできる芸当。それをアルフレドはできないとは言わなかった。


だから、皆はそうであることを疑いもしなかった。


そして、アルフレドがサマンサにその場所で勝つ必要はなく、その場の劣性も迫真の演技として受け入れられていた事だろう。


だが、アルフレドは作戦について何も語ってはいなかった。そして、成功するとは一言も言ってなかった。

そして、自分も死ぬ覚悟は告げていた。本隊が危険にならないように、グレイシアとミヤハを本隊に置くことも進言していた。万が一のために、ミヤハとノマヤ王子の鎧の交換まで進言していた。


そのアルフレドが、サマンサに胸を貫かれていた。それは、アルフレドがただ一人、そうなることを知っていたからだろう。


その瞬間、グレイシアの絶叫がこだまし、ミヤハの胸に飛び込んでいた。そして今もなお、声を押し殺して泣き続けている。


そんな姿を見ては、誰も疑うすべを持たない。


――自分たちの国のまことの勇者アルフレドが敵のまことの勇者サマンサに殺された事実を。


しかも、それは過去の出来事。

アルフレド抜きで、アルフレドに勝利したサマンサと戦わなければならない現実が迫っている。


その重圧に似た事実を受け止めきれなかった結果が、今この天幕の中を支配していた。


――その時、一羽のDJディージェイナンバーズが、その羽を優雅に羽ばたかせながら舞い降りてきた。


「ああ、グレイシア姉さん。紫の煙です。時間……。ごほん。まだ、やるべきことが残ってまっせ!」

その声に反応したグレイシア。

即座に泣きやみ、涙ぬぐう仕草で応える。


グレイシアの見つめる先、その北の空には青い空に似つかわしくない、紫色の煙が立ち上っていた。


「そうでしたわ、シアにはまだなすべきことがありましたわ。ノマヤ王子! さあ、早くミヤハ君と鎧の交換を。万が一に備えなければなりません。そして直ちに撤退の合図をなさってください。この場は、シア達が食い止めますわ!」

その言葉を合図に、その場の全員が息を吹き返すように行動していた。


タリアの介助の元、ノマヤ王子とミヤハの鎧の交換はスムーズに行われ、カイトの指示により、撤退の準備が滞りなく進んでいく。


そのあわただしい中、一羽、また一羽とDJディージェイナンバーズが、その目の前に着地した。


「悪い事が起きる時は重なるもんでんな。右翼が敵の伏兵にあい、ほぼ全滅したようでっせ。カルタ王子はんも、騎士団長はんもみんな死んでしもうたわ」

「そうか、なら左翼はまだましでんな。軍団長のクリマアミはんは落とし穴にはまって死んでしもた。竜騎士団の方の被害はましでんな。団長のパトリックはんは死んでしもたけど、メイルはんがうまくまとめて撃退しなはったわ。あの人はまさに名優でんな。あれ? これは内緒やったかいな? まあええわ。左翼の方は立て直したから、こっちにむかってまっせ!」

左翼の報告をしたDJディージェイナンバーズの一羽は、グレイシアにその頭を即座にはたかれていた。


「ささ、皆さま。撤退をしてください。ここはシアが見事に抑えて見せますわ!」

「ほんまや!」

「えらいこっちゃ、はよせんと!」

唖然とする空気の中、あわただしさを助長するかのように、DJディージェイナンバーズが騒ぎ始める。

その意思を裏付けるかのように、グレイシアは次々とゴーレムを召喚していく。


「では、頼むぞ、グレイシア。アルフレド亡きいま、そなたとミヤハが頼りの綱だ。無駄死には許さん。危うくなったら、転移の魔法テレポートで離脱するがよい」

聖騎士団の鎧を着て、そう言いながら足早に天幕を出るノマヤ王子。

その顔には、いつもの余裕の笑みは見られず、悲壮感が漂っている。その後を、カイトとトミアルが続いて天幕を出て行った。


「これまでの無礼を許されよ。そして次会う時まで、壮健なれ」

グレイシアとミヤハを除き、天幕の中で最後の人となったタリアは、グレイシアの横を通りすぎる時にそう言って頭を下げていた。


「お気になさらずですわ。タリアさんとはもう会えませんもの」

決してタリアの顔を見ようともせず、グレイシアは震える声で告げていた。


タリアはもう一度何か言おうとしたのかもしれない。

だが、ノマヤ王子の呼ぶ声に、タリアは足早に去っていく。


――しかし、タリアからは見えなかっただろう。グレイシアが浮かべた、その笑みを。


そして、周囲から人の気配が完全に消えたあと、グレイシアはこらえきれずに笑い出していた。

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