第45話ヤンガッサの戦い5

誰はばかることないグレイシアの笑い声は、いっこうに止まる気配がなかった。

しかし、ついにそれも満喫したのだろう。グレイシアは静かに空を仰いでいた。


「ふふ。タリアさんさようならですわ。さあ、そろそろハンさん、メイさん、シスカさんの仕事の時間ですわ。バルトニカ王もお可哀想に。死んだことすら知らない死を、あの子たちは与えますわ。あら、でも今回は死ぬという感覚を持たせないといけないのですわね。まあ、あの子たちの事です。間違いは決してありませんわね。さあ、ミヤハ君。その品のない鎧はもう不要ですわ。呪いの効果で走るだけとなっている腑抜けたちを狩る準備をいたしますわよ。メイルさんも竜騎士団をひき連れてきますし、私達であの黒豹と熊を狩りますわよ……。いえ、やはりシア一人で十分ですわ。ミヤハ君は遊んでいて結構ですわ。でないと、マリアさんがひきつれた本物の聖騎士団が、王都ロメニタムを制圧する功績に負けてしまいますわ」

天幕の中、ミヤハの鎧を脱がすグレイシアは、その時間も楽しくて仕方がないという感じだった。


ノマヤ王子が撤退し、その軍勢が遠く小さくなった頃。

一羽のDJディージェイナンバーズが舞い降りて、グレイシアの前で羽を広げていた。


「グレイシア姉さん。そろそろでっせ、二つに分かれて迂回してた敵が殺到するわ」

DJディージェイナンバーズのその声に急かされ、天幕をでるグレイシア。

イタコラム王国の方角。ここから見えるのは土煙を上げている三つの集団。

つまり、撤退するイタコラム王国軍の両側面から、おびただしい数の獣人族の戦士たちが襲い掛かっていた。


DJディージェイナンバーズ君たち、中継役のトリスマク君とカウント調整に入るのですわ。あと、その映像を王都のトルコール君に送ってくださいですわ。ついでに、右翼と左翼のあの方たちの最後も添えてくださいですわ。アルフレド様のは届けなくて結構ですわ。トルコール君なら、うまく使いこなしますわ」

グレイシアの命令で、DJディージェイナンバーズが動き出す。


両軍は、はるか遠くの平原で戦っている。

だが、今もなお集まってくるDJディージェイナンバーズの働きにより、グレイシアには間近な映像となっているのだろう。


まさに、殺到するバルトニカ王国の戦士たち。混乱の中で戦うイタコラム王国軍の命運は尽きていた。


「ノマヤ王子。言い忘れていましたわ。ここは転移不可領域となってますわ。残念ですが、あなたは王ではありませんから、この距離では守る制約は働きませんわ。あなたの不運は、ライラさんを信じたことですわ。人を見る目を養っていたら、アルフレド様のように二重スパイであることを見抜けましたわ。これで、王位継承権上位の方はすべていなくなりましたわ。なるほどですわ。こういう未来でしたのね。これで王位継承権序列第一位はエレニア様のものとなりましたわ。もっとも今頃は、トルコール君が下衆のマクシマイルを操って、すでに女王陛下とおなりになる準備が整っているかもしれませんわね。さすがはアルフレド様ですわ。自らは手を下すことができない王族。状況を整えるだけで、その者たちをそれぞれの敵に葬らせることなのですわね。そんな事、誰もできませんわ。だって、そうなるとも限りませんもの。この度の戦闘も、ライラさんがこちらの作戦情報を流しているだけですわ。それをどう対応するかは、こちらの知る事ではありませんわね。しかも、戦場なら何が起きても不思議ではありませんわ。これは、アルフレド様だからできたことなのですわね。ご自身の力を大きく制限されても成し遂げる。アルフレド様はさすがですわ」

何度の何度も頷くグレイシア。

その顔は、色々納得できたことがうれしくてたまらないようだった。


「なぜ、昔からライラさんをエレニア様と会わせたりしていたのか、さっぱりわからなかったのですが、真剣に踊ってくれる方が必要だったのですわね。状況を作って、そう考えるようにするのですわ。ライラさんたちの教団にとっては、エレニア様は喉から手が出るほど欲しい聖女ですわ。しかも、それはバルトニカ王国で最も信者が多い教団ですわ。そして、その未来を知っているからこそ、ライラさんをとことん利用していたのですわね。とてもすばらしいですわ。ああ、アルフレド様。シアはお仕え出来て、本当に幸せですわ。ふふ、そういえば今頃、マリアさんとライラさんは……。まあ、何をされているか大体想像できますわね」

うっとりとその戦いの様子を見ながら、ひとりごとを繰り返すグレイシア。

おそらく、直接送られてくる映像を見ているうちに、これまでの事がしっかりと結びついてきたのだろう。


DJディージェイナンバーズが戦場の空を舞っている。だが、それ以上にグレイシアは舞い上がっているようだった。


しかし、それも長くは続かなかった。

しばらく見続けたあと、その結果を満足そうに頷いていた。


「さようなら、皆さま。あっけない最後でしたわね。まあ、こんなものなのですわね。でも、ライラさんは鎧の交換までも向こうに話してたのですわ。聖騎士団の通信もいろいろ聞いてたのですわね。さようなら、王子。アルフレド様はあの時ノマヤ王子に申されましたわ。聖騎士団員には死を覚悟するようにと。ノマヤ王子もその姿になったからには、当然聖騎士団の一員ですわ。今思うと、あの時未来は告げられていたのですわ。ああ、すばらしいですわ! シアは大興奮ですわ! さあ、ミヤハ君。今の君がどれほど役に立つのか知るのも大切でしたが、今はその時ではありませんわ。邪魔にならないように下がっていてくださいですわ。シアはこれから仕上げの花火を落としますわ! そうしなければ、この興奮、もはやおさまりませんわ!」

グレイシアの見つめる先、そこでは勝鬨の咆哮をあげる獣人たちの姿があった。


「グレイシア姉さん。カウント調整終了ですぜ。カウント六十で、向こうの王様が命の危機を感じまっせ。そしたら召喚呪が働いて、向こうの勇者が我先にと走り始めまっせ! 大移動や! アイツら走るのに夢中やし、頭の中は召喚呪の呪いでいっぱいやから、対抗魔法もかけられへん! 今なら、魔法がかけ放題や!」

またやってきた、もう一羽のDJディージェイナンバーズのカウントが始まると共に、グレイシアの詠唱が無人の草原に奏でられる。


それを聞く敵はまだ誰もいない。だが、その詠唱の中、グレイシアはしっかりとそれを見つめていた。


「さすがですぜ、グレイシア姉さん。あんな大きさの隕石。ざっと見たところ百個以上あるんやろ? あんだけ召喚されちゃあ、地形が変わりますぜ。いっそのことここは、アナデッカ大平原と名付けたらどうでっか?」

「なんやそれ、アナデッカってなんやねん! 『穴デッカ!』と『穴でっか?』っていう洒落なんか? ワレ、詠唱中の姉さんに向かって、何しょうもない事聞いとんねん! 名前なんてどうでもええやろ。どうしてもっちゅうなら、ボコボコ平原でええやろ! ボコボコにしたったちゅう洒落やな!」

「そんなんアカン! せんすっちゅうもんがないわ! 大体、あれ喰らったら、平原やなくなるやろ! ここは一発、ドウヤ荒野ってのでええやんけ!」

「なんやねんそれ! どうやこうや言っとる場合かちゅうねん! お前らセンスなさすぎじゃ! ここはDJ《ディージェイ》ナンバーズの真打がビシッと決めたるわ!」

「なにゆうてんねん! 前座はひっこんどれ!」

他のDJディージェイナンバーズが次々と舞い降りて、自らの感想を告げていく。


さらに、次々と降りてくるDJディージェイナンバーズたち。もう役目は終わったからと、グレイシアの周囲に集まってきた。


――その時、一羽真剣にカウントしていたDJディージェイナンバーズのカウントがゼロとなる。


その瞬間、よくわからない何かが、瞬く間にこの空と大地を走り抜けていた。


それが召喚呪の発動の証だろう。


それが合図となったように、大きさにして丁度二メートル以上はあるかと思える隕石の雨がグレイシアの目の前にある平原に、ところ狭しと降りはじめた。


その瞬間、大地は痛みにもだえ苦しみ、風がそれをここまで伝えてきた。しかし、グレイシアの目の前で、それは障壁により弾かれていく。


生み出されたすさまじい熱量。

それは平原を焼くだけでは飽き足らなかった。


地表にあるものは全て溶け去り、衝突により大きくあいた穴の中に流れていく。

大気を焼いたものは、そのまま大空を駆け昇り、一瞬でそこに巨大な雲を作っていた。


その隕石の雨の中、わき目もふらずに走るバルトニカ王国の勇者たち。命知らずの行動の先頭には、混乱した様子のエウリスナとムプンイルの姿があった。


だが、容赦なく降り注ぐ隕石の雨の中、いつしかその姿は消え去っていく。

隕石はそれだけでは飽き足らず、勝鬨をあげていた場所にも降り注いでいく。


そこに巻き込まれた勇者でない獣人族の大軍。なすすべもなく焼き払われた痛みに応えたかのように、空は大粒の涙を流し始めた。


「アルフレド様の決めたことは絶対ですわ。死線を越えたあなたたちは、すでに死んでいたのですわ。あるべきところにおかえりなさいですわ」

うっとりと、その光景を見続けるグレイシア。

それとは対照的に、ミヤハはDJディージェイナンバーズと遊んでいた。



「グレイシア姉さん、あちらに」

羽を広げて指し示す方角に、土煙が上がっている。


「そう言えば、メイルさんが合流してくる時間ですわね。では、一緒に右翼を狩りに出かけましょうか。ミヤハ君、いつまでも遊んでないで、いきますわよ。そしてアルフレド様の元に急ぎますわ。右翼をたたいた軍勢の居場所をよろしくねDJディージェイナンバーズ君たち」

召喚したゴーレムたちを戻しつつ、グレイシアは戦闘馬車に向かっていく。


その後ろ姿を、ミヤハは楽しそうについて行った。

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