第14話襲撃

「ちょっとだけ、期待したんです。見た目は良かったです。でも、やっぱり期待外れです。羽が生えているものが空の支配者だったです。でも、やっぱりとっくの昔におわったです。もうそれは時代遅れの骨董品です。今は空飛ぶ靴があるです。骨董品はおとなしく、はく製になって飾られてるといいです」

片翼をもがれた十番が、忌々しそうに空を眺めていた。その視線の先には、空中で腕組みしながら見下しているミヤハの姿があった。


もはや興味を失った。その瞳は、そう雄弁に物語っていた。それまで楽しそうだった分、その落差は明らかだった。


大空の戦いは、ミヤハにとって十分刺激的だったのだろう。空飛ぶ魔法の靴を持っていても、これまでそういった戦いをしてこなかった。

だから、思う存分空を駆けまわっていた感じだった。極端に無駄に飛んでいたようにも思えた。


おそらく、ミヤハにとって初めての空中戦だったに違いない。最初はぎこちなさが目に付いたものだ。


でも、それは仕方がない事だろう。


ミヤハは魔法で飛んでいるわけではない。ただ、空飛ぶ魔法の靴――原理は魔法なのだろうが――を履いているだけだ。


そして、その違いは一目瞭然だった。

魔術師や精霊使いが使う、魔法での飛行と違う点。

それは、空中での姿勢制御を自分でしなければならないということだろう。


最初はその事にも苦労していたミヤハ。でも、それよりも空の戦いを思う存分楽しんでいた。


だからかもしれない。

もう、空中戦が出来なくなったということは、ミヤハの楽しみを極端にそいでしまっていたのだろう。


ただ、翼をつかんで振り回したミヤハの自業自得のようなものだが……。


「その姿。空での戦いは得意ですが、地面では何かと不便です? もう負けを認めて、自分で死んじゃってください。僕は早くここの偉い人を倒さないといけな――」

「黙れ! 私はまだ、倒されていない! 翼を奪ったぐらいでいい気になるな! 私の力はこんなものじゃない!」

興味をうしなったやる気のないミヤハの言葉をさえぎって、十番は自らの姿を変えていた。


顔の一部が隆起して、どんどん鷹のようなくちばしが生えてきた。金色の髪が、まるでたてがみのようになっている。瞳の色は変わらぬものの、その光は鋭さを増していた。

頭が鷲の鳥人間。そう表現すればいいだろう。

ただ、変化はそれだけにとどまらなかった。

手は鱗のようなものに覆われ、鋭い爪を持ったものに変わっている。なによりも、体が倍近く膨れ上がっていた。どちらかというと華奢な少年の体つきだった十番。その体は筋肉質な大男へと劇的な変貌を遂げていた。


「ふはははは! この姿になった以上、君に勝ち目はないよ!」

「すごいです! 変身したです! かっこいいです! たぶん、びっくり大賞です!」

勝ち誇った笑いに対して、ミヤハは拍手しながら舞い降りてきた。


「余裕はそこまでだ!」

ミヤハが地面に降り立った刹那、まるで距離を無視したかのような跳躍を見せて十番がミヤハを襲っていた。

鋭い爪を上から下へ、ただ単純に振り下ろしただけ。

何の変哲もない攻撃だったが、その攻撃でこの狭い世界が一瞬で変貌を遂げていた。


舞い上がる砂と土。

耳を覆うばかりのすさまじい音が周囲の木々を振るわせていく。

そして、一気に舞い上げられ、極端に視界を悪くした土埃。今この瞬間に何があっても見ることはできない。それほどまでに膨大な土砂が舞い上がっていた。


しかし、それもやがて風がどこかへ運び去ってくれていた。

まるで、誰かがこの戦いを見守っているかのように、きれいに見やすくしてくれている。


そして、それが晴れた後に残っていたのは、クレーター状にえぐれた大地だった。

その中心で、忌々しそうに舌打ちをする十番。

その視線は、えぐれた大地の淵で腰を下ろしているミヤハに向けられていた。


「いいですねぇ。いい力です! でも、力の使い方が間違ってるです。よいしょっと!」

そこで立ち上がるのがとても大変だとでも言いたい様子で、わざわざ口に出して大変さをアピールしているミヤハ。

その言葉を自ら否定するかのように、クレーター状にえぐれた大地の端で軽やかに回転しながら立ち上がって見せていた。


それはまさに曲芸師のような動きだった。そんな軽やかな動きを見せつけるかのように、しっかりポーズまで取っている。


その様子を、十番は黙って見あげていた。

クレーター状になった中心に位置する十番。その端に立っているミヤハ。

この位置取りは、さっきとなんら変わっていない。おそらくその事に気が付いたのだろう。

ミヤハが意図的にそう動いたわけではない。そして、その事を意識しているわけでもないだろう。そして、十番はその事も分かっているに違いない。


だから余計に、ミヤハの行動は十番の怒りの炎に油を注いだようなものとなったのだろう。

小刻みに震える十番の体は、もはや沸騰寸前だった。


「これ以上ここで時間をつぶすわけにもいかないです。では、さよならです。最後に良いことを教えてあげます」

ただ、そんなことを気にしているミヤハではなかった。

人懐っこい笑みを浮かべながら、次の瞬間には十番の目の前にいた。


筋肉質の大男の前に、小さな子供がいる。今の瞬間を見れば、そう見えるかもしれない。でも、その力の差は歴然としていた。


今、この瞬間。ミヤハは十番とは違う世界で動いていた。


ミヤハの速度に反応しきれなかったのだろう。十番の視線は、さっきまでミヤハがいたところに注がれたままだった。


「貫くです。無駄なくです。それが美しいです。それは心を鷲掴みです」

ミヤハは意図的にそうしたのかは分からない。ただ、その拳は正確に十番の心臓を貫き、そのまま背中に突き出していた。


――そして鼓動を刻んだまま、十番の心臓は握りつぶされていた。



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