第25話軍議

そこは謁見の間とは全く違う造りになっていた。


部屋の大きさ自体は決して狭くはない。

しかし、かなり狭く感じるのは、その圧迫感があるからだろう。

様々な対抗魔法防御を施すための仕組みが、部屋の様々な場所だけでなく、天井にも設置されている。


しかも、それらに囲まれるように、部屋の中央には大きな長テーブルと椅子があるため、余計にそう感じるに違いない。

片側に十人がすわり、丁度向かい合わせでもう十人が食事を出来るような配置で、椅子が並べられている。

ただ、今はその椅子のすべてが埋まっているわけではなかった。どちらかというと、立っている者の方が多いだろう。

だから余計にこの部屋が狭く感じるのかもしれなかった。


そして、その上座にあたる場所には、他よりも三段高くなった場所があった。

少し広めに作られているその場所には、玉座の間と同じように、豪華な玉座が据えられている。

天井からつりさげられたカーテンのようなものだけで、そこが特別な場所だということは分かる。ただ、その場所が作り出す異質な雰囲気はそれだけではない。


恐らく何らかの防護壁がそこにあるのだろう。目に見えない壁がその場所をぐるりと囲っているようだった。

そして、そのすぐ前には背もたれのない椅子が置かれていた。


玉座には国王ダドリシム三世が王笏をもって腰かけている。

そして、背もたれのない椅子には、すでに遠征軍総司令官として任命されているノマヤ王子の姿があった。

そのすぐ前に立っているカイト・マルシムが自信に満ちた表情で、今まさに発言しようとしていた。



「では、皆様。今のトミアルの説明で、状況は理解していただけたかと思います。質問がなければ、そろそろ作戦説明に移りたいと思います」

まるで演説をしているかのように堂々と周囲を見回している。

誰も質問してくるはずがない。

その視線は、そう告げているかのようだった。


「カイト軍師、バルトニカ王国軍の戦力はいかにして調べられたのか教えていただきたい。そもそも、これらの情報は一体どなたがどのようにして調べられたのか。まずは、その説明があってしかるべきでしょう」

玉座から最も近い席に座っているカルタ王子のその隣で、センタオリヌ領主クリマアミ伯爵が両手を顔の前で組みつつそう尋ねていた。

カイトに向けて話しているにもかかわらず、その目はアルフレドを睨んでいる。

しかし、そんな視線には気付かないという風に、アルフレドの方は腕組みしながら目を瞑っている。


そんな態度に苛立ちを覚えたのだろう。クリマアミ伯爵の視線は、より険しいものへとなっていた。


「不確かなもので、軍を動かすほど危険なことはありますまい。我々には先が見えないのです。ならば見えるようにするために、情報は確かにしなければならないでしょう。一歩間違えれば、全滅することすらある。それは戦場だけではないことを、我々は教訓として伝えなければなりますまい。精強な竜騎士団を失った痛手は、我が国にとって大きなものだったはず。ここにいるパトリック・ロドスが、わずかに残った竜騎士をまとめ上げた功績は大きいでしょう」

隣のパトリック・ロドス――会議が始まってから、アルフレドに襲い掛かるような視線を投げかけている――に一瞬目をやったクリマアミ伯爵。


まるで自らの正統性を認めさせようとするかのように、その場にいる全員に向けて、力強い視線を投げかけていた。


――しかし、それに賛同するものは、クリマアミ伯爵の目の前にはいなかった。


「さすがは、軍略家として名高いクリマアミ伯爵。そして、ご安心ください。この情報はカルクム辺境伯からの情報であり、その娘で冒険者でもあるライラ・ライ殿の情報でもあります。そして、トミアルの配下の冒険者と国境近くのパルチアニ伯爵からも情報を得ております。もちろん、アルフレド殿の未来視もそれを証明しています。一つの情報に踊らされるなど、愚の骨頂。この官兵衛、伊達に軍師は名乗っていません」

クリマアミ伯爵の懸念など取るに足らないものであることを示すように、カイトは胸を張って答えていた。


「状況に間違いはないでしょう。変化もないはずです。できれば私も参戦し、武勲をあげたかったほどですぞ。それほど今回の状況はこちらに有利な点が多い。ここにカルクム辺境伯の代理で出席されているルシア・ライ殿がいることが、その十分な証になると思いますな」

玉座から最も遠い席にすわっていた辺境の街パルチアニの領主であるパルチアニ伯爵。

特にカイトに指名されたわけではないにもかかわらず、この機を逃してはなるまいという勢いで、カイトの言葉を補足するかのように発言していた。

事実、カイトはその勢いにおされたかのように黙って様子を窺っている。


しかし、何故か顔色を窺うかのような視線を、時折アルフレドに向けていた。


そもそも、バルトニカ王国との国境に近いパルチアニの街は、イタコラム王国でも有数の軍事力と情報力を持つ街とされている。

しかも、絶えずバルトニカ王国に対して諜報活動を続けていたために、その蓄積された情報は今回の作戦立案にも大きく関係しているようだった。

――いや、噂では伯爵自身がバルトニカ王国に何度も潜入しているらしい。

だからだろう。

今回の侵攻作戦には参加しないものの、この会議には出席することを許されたに違いない。


「今も変わりありませんよ。パルチアニ伯爵。この場では、『お初にお目にかかります』といった方がよろしいのでしょうか? ずいぶん前に我が領内で、似た方を何度かお見かけしましたが、人違いですね。まさか、伯爵ともあろう方が、他国の領内にまで手を広げられているなどということはございますまい。まあ、今この場で議論すべきことではありませんな。ご存じのとおり、バルトニカ王国の軍事力はヒト族の勇者というよりも、獣人族を中心としております。彼らは極めて好戦的です。今回も必ず有力部族の長が表に出てくるでしょうな。もちろん勇者の中には獣人もいます。そうそう、真の勇者であるサマンサ・ロメルもまた、獣人です」

状況的に話しをふられたと思ったのだろう。

カルクム辺境伯の代理として出席しているルシア・ライという名の青年。

その威風堂々とした姿に似つかわしい声が、部屋中に響き渡っていた。


――その瞬間、玉座の方から乾いた音が響き渡る。


王笏を落とし、よろよろと立ち上がったダドリシム三世。何かを求めるかのように、両手を前に歩き出していた。


「陛下!」

まるで何が起こるのかわかっているかのように、声よりも早くノマヤ王子は玉座へと駆け寄っていた。

おそらくそうしなければ、間に合わなかったに違いない。

そこには倒れたダドリシム三世の体を瞬時に支えた、ノマヤ王子の姿があった。


「――父上!」

その姿に驚いたカルタ王子の声がそれに続く。


「獣人…………。人の世…………。滅び…………」

ダドリシム三世の言葉は、断片的にしか聞こえてこない。


――しかし、ノマヤ王子はダドリシム三世の口元に耳を近づけ、その言葉を聞いていた。


「――はい、必ずや。このノマヤ、陛下のお心を承りました。全てこの私にお任せください。バルトニカの獣人どもを殲滅し、勝利をもってお応えします!」

王が何事かを呟いた時、そう答えたノマヤ王子。

その答えを満足そうに頷いたダドリシム三世は、ノマヤ王子の腕の中で力なく崩れ落ちていた。


「父上!」

しかし、カルタ王子のその声は、ダドリシム三世には届かなかっただろう。


駆け寄るカルタ王子を手で制したノマヤ王子の指示に従い、カイトとトミアルがカルタ王子の行く手を遮っていた。


「安心しろ、弟よ。王はお疲れになっただけだ。タリア、トミアル。二人で陛下をご寝所へお連れするんだ。警護の指示はタリアに任せる」

二人にそう指示した後、ノマヤ王子は二人にダドリシム三世を託していた。


そして二人が衛士と共に部屋から出ていくのを見守った後、ゆっくりと王笏を拾い掲げていた。


――騒然となりかけていた室内に、静寂のとばりがひきおろされる。


「聞け! 皆の者! 勅命である! バルトニカ王国の獣人を殲滅し、イタコラム王国の栄光をかの地に届けよ。陛下よりこの王笏を預かった私が、遠征軍だけでなく、イタコラム王国全軍の指揮をとる!」

ゆるぎない自信と覇気に満ちた声と共に、玉座の前に立つノマヤ王子。

王笏を高らかに掲げたその顔には、勝利の笑みが浮かんでいた。

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