第24話継承権を持つ者2
「カルクムに集結したとして、王都ロメニタムを目指すとすれば、おそらく中間地点のヤンガッサ大平原が戦場になるだろうぜ」
若干落ち着きを取り戻したものの、トミアルの視線はちらちらマリアの方に向いていた。
その視線を完全に無視したマリアは、目の前に展開されている大きな地図を凝視している。
「ヤンガッサ大平原の北東にはカルチコイ山脈がある。この山脈がある以上、北の街サンチエからの援軍が来ても、戦場への到着は難しいだろう。意外と険しいこの山脈があるので、軍団としては主戦場を大きく迂回もできない。しかも、ヤーラナ河とそこからわかれたフチルド河がその大平原を通行困難な場所にしている。いずれの河も河幅は狭いところで約二キロメートル。一般的に、渡河には船や魔法の助けが必要となる。もっとも、聖騎士団のように全員が飛行靴を履いている部隊は別だろうけどな。あれって馬に乗ってても、その効果が馬にでるんだろ? 慣れてない馬だと、びびって進めないって話だしな」
説明しているように装いつつも、トミアルは最後になってマリアに話しかけていた。
多分、何か話すきっかけを作りたかったのだろう。
もしも今、トミアルに尻尾があったなら、おそらく振り切れるぐらい振りすぎているに違いない。
「この地図は、どこから?」
「え!? はい! はい、はーい! アタシ! アタシでーす!」
トミアルを無視したアルフレドの問いに、ライラが喜々として答えていた。その声と態度に、マリアはライラを睨みつけている。
一瞬、自分が睨まれたと思ったに違いない。
トミアルの表情が瞬時に固まって、やがて違うことが分かったのか、安心したように大きく息を吐き出していた。自分ではないとわかったのがよほどうれしかったのだろう。その表情は緩み切っていた。
「ライラ、ヤンガッサ大平原は湿原か? それとも大湿原か?」
それまで目を瞑って一度も発言しなかったアルフレドは、ライラの方を見ながら尋ねていた。
「うは! アタシ、もう死にそう! 英雄に声かけられた! 頼られた! マリア! どうよ!」
「さっさと答えろ、ライラ・ライ。アルフレド様の貴重な時間だ!」
「ふーん。マリアったら、羨ましいくせに! 頼りにされたんだよ? 一般人のアタシがね! 勇者は国境を越えられないからマリアはダメダメだもんね!」
「誰が! いや……、そうだな……。はっ!? うっ、うるさい! 宣戦布告した今なら問題ない! いや、とにかくさっさと答えろ! ライラ・ライ!」
一瞬落ち込み、深く考え込んだマリアも、次の瞬間には真顔になって、ライラを指さし命令していた。
「はーい! アルフレド様、ヤーラナ河とフチルド河に囲まれたところは、今の季節は大湿原だよ。イタコラム王国騎士団としては、厄介な所だよね。自慢の騎馬隊が機動力なくしちゃうからね。で、他はまだ平原だね。大湿原じゃなく、大平原って言われるくらいだからね。平原の時期の方が長いよ」
言い終わり、勝ち誇った顔でマリアを見つめるライラ・ライ。
もう一言何かを言おうとした矢先、トミアルが手で制していた。
「俺が言いたかった情報を言ってくれてありがとよ、ライラ。だが、今は俺が発言を許されてんだぜ? わかってるか? お前じゃねえ。俺たちが調べた情報だ。これ以上、そのふざけた真似と態度を見せてみろ――」
「ん? どうなるの? マリアにいいとこ見せたいわけ? でも、残念だね! あっ、脈がないのわかんないのか! そんなことも見抜けない人が、自分で見てもない情報を判断するんだ。それって、どうなんだろうね? ああ、かわいそうに……。 でもさ、アタシもアルフレド様の前だしね! 売られた喧嘩は買うしかないけど?」
――剣呑な雰囲気で立ち上がった二人。しかし、一瞬でそれを切り裂くものがいた。
「控えろ、二人共! ノマヤ殿下の御前だぞ!」
銀翼騎士団団長タリア・ロパルの凛として鳴り響く声に、二人の動きが止まっていた。
「ライラ・ライ。後でもう少し聞かせてもらおうか。マリア、ライラ・ライを聖騎士団の部屋まで案内しろ」
タリアと違い諭すようにライラに告げたあと、アルフレドはすぐ隣のマリアに顔を向けていた。
しかし次の瞬間、マリアの返事も待たずにノマヤ王子の方に向き直っていた。
「ノマヤ陛下、そろそろあの時間になると思いますが?」
静かに告げているアルフレドの背中に、マリアは黙って頭を下げていた。
「おお、そうだった。しかし、アルフレドも気が早いな。それにしても、その態度。自然の成り行きならば、勇者のそれにも干渉しないのだな。実に興味深い。それに、思いもかけずなかなかの見物だったぞ。有意義な時間だったといえるだろう。さて、詳しい事は軍議の席だな。フリンゲイル騎士団長。よいな?」
そのやり取りがよほど楽しかったに違いない。
ノマヤ王子は笑顔のままフリンゲイルを見続けている。その瞳をまっすぐに受け止めたフリンゲイルは目を瞑り、何かを思案しているようだった。
「このフリンゲイル、もはや何も言いますまい。これより王国騎士団団長としての責務をはたします。ノマヤ殿下」
椅子から立ち上がり、その場で臣下の礼をとったフリンゲイル。
その言葉に、ノマヤ王子は大きく頷いていた。
恐らく、この席はフリンゲイルを追い込むためだけのものだったのだろう。
カルタ王子の名声は落ちたとはいえ、イタコラム王国の正規の騎士団は、フリンゲイル伯爵が団長として、その実権を握っている。
単純な兵力で考えると、それはノマヤ王子の銀翼騎士団を上回る。
だからノマヤ王子にしてみると、確実に指揮下に入れておくことが必要だったに違いない。
そして、その事は他の貴族に対しての牽制にもつながる。
「よし、タリア。カイト。トミアル。アルフレド。そして、フリンゲイル。頼りにしているぞ」
明るく、堂々とした声をあげたノマヤ王子。その声は喜びと自信に満ち溢れていた。
それを表現するかのように、颯爽と一人席を立ち、部屋を後にしている。
その後をすかさずタリア、カイト、トミアルと続き、最後にフリンゲイルが出ていった。
――だが、アルフレドは最後まで動くことは無かった。
フリンゲイルが出てからも、しばらく何かを思案しているようだった。
当然、マリアたちはこの場に留まっていた。
周囲に他の人の気配がなくなった頃、おもむろに立ち上がったアルフレド。
そのままゆっくりと、この場に残る全員を見渡していた。
いつの間にか、グレイシアも起きている。
「さて、茶番はまだ続く。だが、それに付き合う観客は俺とミヤハだけでいいだろう。マリア。ハン、メイ、シスカに伝えろ。行動開始だ。そして、『今回の主役はお前達だ。それぞれの働きに期待する』と伝えろ」
マリアの顔を真剣なまなざしで見つめるアルフレド。一方のマリアは、アルフレドから声がかかった瞬間、気合の入った声と共にその場で跪いていた。
それはマリアの強い意志。どのような事であろうとも、アルフレドの想いに応えようとする魂が、自然とそうさせていたのだろう。
ただ、時間が無いと思ったに違いない。次の瞬間には立ち上がり、ライラの方を振り返っていた。
「いくぞ、ライラ。光栄に思え。わが聖騎士団団長室に入るのだからな!」
「うそ! え!? ほんと? いいの? やった!」
意外な言葉に、一瞬我を忘れたようなライラ。しかし、その意味をどう受けとったのかはわからないが、両手をあげて喜んでいた。
「うるさい! だまって、ついてこい」
「うはー! やったぁ! アルフレド様。ありがとう! アタシもこれで聖騎士団の一員だね!」
「うるさい! そんなはずあるか! 身の程をわきまえろ! 団長室に入るだけだ! 立っていろ! 居座ることも許さん!」
マリアに小突かれて、ライラも部屋を出て行く。部屋から出てもなお、二人の喧騒な会話は聞こえていた。
残ったグレイシアは、それを見届けてからアルフレドに向き直っていた。
「さて、グレイシア。あれの準備は整っているな」
それを待っていたかのように、アルフレドはグレイシアに向き直っていた。
「すべて順調ですわ。シアにおまかせですわ。では、そろそろ仕上げに届けてきますわ」
ローブの端をすっと持ち上げ、まるでドレスを着ている時のような仕草で応えるグレイシア。
時折見せるこの仕草は、彼女の自信のあらわれだろう。
いかなる時も跪くマリアと違い、グレイシアは感情が態度となってでていた。
だが、そうした仕草をしたとしても、いつものアルフレドなら何も言わなかったことだろう。しかし、アルフレドはグレイシアに近づくと、おもむろにグレイシアの頭に手をのせていた。
「任せたぞ、グレイシア。トリスマクにも展開を間違えるなと伝えておいてくれ」
しかも、そのまま二度ほど軽くたたいていた。
あまりの出来事に、グレイシアは、ただ茫然となっていた。
「よし、いけ。グレイシア」
「あっ。はっ、はいですわ!」
颯爽と腕を真横にふり、扉を指さすアルフレド。
グレイシアはよほど慌てていたのだろう。
いつもなら魔法で転移するところを、アルフレドの指さす扉の方へと駆けていく。
その様子をじっと見守っていたミヤハは、無言でアルフレドを見つめていた。
「ん? さっきから、どうした? ミヤハ。何かあったか?」
自分をじっと見つめる視線には気付いていたのだろう。
ただ、いつまでもそうしているミヤハの思考を、さすがのアルフレドもよめなかったようだった。
そういわれても、ミヤハはただアルフレドを見つめている。
「どうした? 何か気になることがあったか?」
一歩、また一歩。アルフレドはミヤハの方へと近づいていく。
しかし、ミヤハはただ頭を横に振っているだけだった。
「そうか……。いくぞ、イリア。軍議にはお前を連れていく。この国の重鎮の顔をよく覚えておけ。何人かはお前の警護対象になっているはずだ」
すれ違いざまにそう囁くと、ミヤハの頭に軽く手を置いていた。
――瞬間、ミヤハは体を硬直させていた。
しかし、アルフレドは何事もなかったかのように扉の方に歩いていく。
アルフレドのふれた頭の部分をしばらく両手で確かめたミヤハ。
やがて満足そうに頷くと、軽やかに反転してアルフレドの背中を追いかけていた。
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