第29話戦術

「アルフレド様、いかがなさいますか?」

グレイシアとミヤハを連れたマリアが扉を開けた瞬間、部屋の空気が入れ替わっていく。しばらくその場で立ち止まった後、おもむろに三人は部屋の中へと足を踏み入れていく。


その様子をしばらく見ていたアルフレドは、しっかりとライラをソファーに寝かせていた。


「マリア、軍議の内容を説明しておく。留守を任せるトルコールもそうだが、ライラにもこれから話す戦術を十分に説明しておけ。その後のライラに監視は不要だ。ライラは十分役に立った。これからもうひと働きさせてやるためにも、我らの通信魔道具を持たせて、あとは自由にさせてやれ。この戦い、ライラの情報が必要だということを忘れるなよ」

マリアにそう指示した後、アルフレドはもう一度自らの椅子に向かっていた。


「アルフレド様。シアの方は準備が整いましたわ。六百体の新型ゴーレム部隊。いつでも準備可能ですわ」

自らのローブの端を優雅に持ち上げたグレイシアは、若干上気した顔をアルフレドに向けていた。

それを見て、満足そうに頷くアルフレド。ねぎらいの言葉をかけるかと思いきや、真剣な表情で三人の顔を見ていた。


「よし、各自の聖騎士団装備を持たせ、聖騎士団の演習場で待機だ。予定通り、聖騎士団は先陣を務める。グレイシアはミヤハと共にノマヤ王子のそばにいることが決定した。今回の我ら聖騎士団の任務は囮だ。囮となって敵を引き寄せ、後続が来る前に包囲殲滅する。これが軍師のたてた戦術、『釣り野伏』だ。だが、今は誰も知らんが、我らが本当の勝者となる。前祝に、見事に吊り上げて見せてやろう。だが、覚えておけ。戦線は一度崩壊する。本陣にまで敵が来ることになるだろう。その時、グレイシアはノマヤ王子にミヤハと鎧を交換することを提案し、身代わりの盾となることを進言しろ。王子達には俺から話をつけておく。鎧を交換するために、帷幕に入った後のミヤハは、その後はノマヤ王子として行動するんだ。グレイシアはその補佐だ。そして、マリアには本隊の指揮を任せる。本隊の方は各々秘密裏に出発し、北部の街サンチエの街で集合しろ。現地で準備しているトリスマクに転移先は指示してある。ハン・メイ・シスカもその頃には成し遂げているだろう。いいか。この戦いで何が起ころうとも、お前達が死ぬことは許されない。全員が生きてこそ、この戦いに意義があるのだと知れ」

自らの机の前に帰ったアルフレドは、机の上に広げていた戦場の地図に、部隊の模型並べ説明をし始めていた。

その机を四人で取り囲むように、マリア、グレイシア、ミヤハの順で、ぐるりと囲むように立っていた。


「敵は我らイタコラム王国よりも数で勝る。その事実に変わりはない。その状況を覆すために軍師がたてたのが、今回の作戦だ。聖騎士団六百を前面に押し出し、右翼にイタコラム王国騎士団三千、左翼にセンタオリヌ騎士団とムニマルカ残存竜騎士団の混成騎士団三千、中央にロパル銀翼騎士団五千という配置となる。右翼の王国騎士団の指揮は騎士団長であるフリンゲイル伯爵がとるが、カルタ王子も参戦する。左翼の混成軍は第二王女の婚約者でもあるセンタオリヌ領主のクリマアミ伯爵が指揮を執る。副官としてゲニルカ竜騎士団長の一人息子であるパトリック・ロドスが残った竜騎士団をまとめて参戦する予定だ。そして、今回の戦場はかなり広い。敵を罠にかけるためには、各軍団間はおよそ百キロの間隔をあけて進軍するようになっている。軍団間の連絡は今回のために特別に作られた魔導通信具を用いる。我が聖騎士団は銀翼騎士団の前方およそ百五十キロを先行し前面の敵に対応することになる」

一気に各軍団の配置を説明した後、アルフレドは各々の顔を順番に見ていた。

どの顔も、そこには理解の色があった。だが、同時に別の色も見えていた。


「よろしい。以前確認していた【夢予知】では、先陣は暴風将軍ケラザ・スリベと迅雷将軍ジーンオルミ・プラタだ。ライラからの情報でも、そこは変化していない。その八千の敵を我らだけで相手にすることになる。十分に敵を屠った後、敗走して銀翼騎士団に合流する。もう一度言うが、何しろ戦場は広い。この作戦には、全体がタイミングを合わす必要がある。敗走するよりも前のタイミングで、各軍団には魔導通信をいれることになるだろう。左翼右翼が中央に突撃し、一万一千で残った敵を包囲殲滅する。これで無傷で残った敵は八千となり、数の上での不利はなくなる。しかも、向こうは全軍が渡河し終えていないから、さらに有利になるという見込みだ」

模型を動かして、戦術を説明するアルフレド。その淡々とした声に、マリアとグレイシアの二人は、余計に緊張を隠しきれなかった。

言いたいが、アルフレドの声を前にして、自分の意見を言えずにいる。

そんな気配が二人からは伝わってくる。


「どう考えても、無茶です。アルフレド様。せめて直属の勇者部隊だけでもおそばに……」

マリアの不安な声を聞いたアルフレドは、その顔に優しく微笑んでいた。


「心配するな、マリア。俺は死なない。死んでも死なない。俺の未来は先に続いている。だが、サマンサ・ロメルに未来はない。この戦いは、俺の勝利だ。そうだな……。お前は絶対に死なない事を、この場でもう一度俺に誓え。俺が死んでも、お前は生きろ。いいな。俺は死んでも死なない。その言葉の意味を忘れるなよ」

そう言いながら、マリアの前に立ったアルフレド。うつむくマリアの頭に、そっとその手をのせていた。


「俺を信じろ、マリア。そして、誓え」

そのままマリアの頭をなでながら、アルフレドは力を込めて命令していた。


「はい……。マリアは生きます! アルフレド様のために!」

目に涙を浮かべながら、マリアは覚悟をもって宣言していた。


「よし、マリア。グレイシアもミヤハもよく聞け。この戦いで、俺は一度死ぬ。だが、再びお前たちの前に現れると予言しよう」

再び自分の椅子の前に立つアルフレド。

ゆっくりと三人の顔を見つめるその顔には、確かな自信と強い意志が満ちあふれていた。

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