第11話行軍(後編)
「ではミヤハ。分隊指揮は任せたぞ。予定通りムディカの森側をお前の分隊が行く。私達本隊はセンタオリヌ側を進んでコヒチャル湖で合流だ。指定ポイントでの設置を忘れないように」
マリアからの指示は、アルフレドの前で行われていた。しかし、ミヤハは完全に無視を決め込んでいた。ただ、その視線の先には何も言わないアルフレドが立っていた。
「ミヤハさん。アルフレド様の前ですわ。その態度、いただけませんわよ」
その態度に、グレイシアは穏やかな調子で注意の声をかけていた。
いつもなら声を荒げて注意するグレイシアが、今日は珍しくそうしなかった。ひょっとすると、最近のミヤハの扱いに同情しているのかもしれない。それを裏付けるかのように、その表情は穏やかだった。
「だって、それって、マリアの指示です。僕はやっぱり、アルフレド様の指示が欲しいです」
「だから、言っただろう。アルフレド様は今大変な時なんだ。いちいちお前に指示できない事くらい、お前にも分かるだろうが! こうして目の前にいて頂けるだけでもありがたいと思え!」
「そうですわ。マリアさんの言うとおりですわ。それに、副官であるマリアさんの指示は、アルフレド様の指示ですわ。いつまでも、わがまま言うもんじゃありませんわ」
顔をそむけながら、まるで駄々っ子のように文句を言うミヤハに対し、マリアは本気で怒りだしていた。その様子につられたのか、それまで穏やかだったグレイシアの口調も、だんだん普段通りになりつつあった。
「それでも、いつものように言ってほしいんです」
足元の石を蹴り飛ばすミヤハ。その姿は、完全にすねた子供だった。
「ミヤハ! 貴様――」
マリアがミヤハを殴りつけようと拳を固めて一歩踏み出した瞬間、その横をゆっくりとアルフレドが通り過ぎ、そのままミヤハの頭に手を置いていた。
全身鎧だから、当然籠手をはめているし、手袋もはめている。ゴワゴワした感覚で頭をなでられても気持ちのいいものではないだろう。
しかし、たったそれだけでミヤハは満面の笑みを浮かべていた。
「わかったです! やっぱり、アルフレド様です! 僕の働きをしっかり見てほしいです。途中の分断行軍も設置も完璧にしてみせるです!」
すっかり上機嫌になったミヤハは、そう言って馬に飛び乗ると、自分の指揮する分隊の先頭に進んでいた。
「ではいくです! 僕達三百人の活躍を、アルフレド様にしっかり見てもらうです!」
右手を突き上げるミヤハに対し、分隊三百名の聖騎士団所属の勇者たちは勝鬨の雄叫びをあげていた。
その咆哮が終わらぬうちに、唯一人駆け出していくミヤハ。
一人先を行く姿に、分隊三百名は遅れまいと慌てて走り出していく。
「子供だな」
「子供ですわね」
「…………」
マリアとグレイシアはあきれたような表情を見せつつも、お互いに顔を見て頷いていた。その前で、アルフレドはただミヤハ達が走り出した方向を見続けていた。
「では、アルフレド様。私たちもまいりましょう」
「シア達は勇者隊ではなく、精鋭部隊の三百名をセンタオリヌ経由でコヒチャル湖を目指すんですわね」
「ああ、正確にはセンタオリヌには寄らんがな。途中までルールルとセンタオリヌを結ぶ街道を使える分、こちらの方が移動速度は速いだろうが、あの様子だと分からんな。それよりも、向こうの設置も任せてよかったのか? あの様子だと、少し不安も残るが……」
「ですわね。少し後悔はしてますわ。ただ、シアが動けば感知されますわ。だから、偽装が必要なのですわ。それに、あの子の働きはバカにはできませんわ。バカですけど。では、シア達も急ぐとしましょう。アルフレド様。よろしいですわね」
グレイシアは小さく息を吐きながら、アルフレドに同意を求めていた。その気持ちを理解しているのかどうかわからないが、アルフレドも小さく頷いていた。
「途中、いらぬ邪魔が入らぬように注意はします。私の直属の部下もあちらにいますので、何かあれば知らせてくるでしょう。それでは、こちらも出発いたします。先遣隊!」
マリアの呼び掛けに、この部隊の中で独特の存在感を放っていた者たちが集まってきた。そしてアルフレドは、マリアの呼び出した先遣隊に向けて満足そうに大きく頷いていた。
全員がフードを目深にかぶり、誰が誰かもはっきりしない三十人。この部隊の中では異様な姿の者達。それらが整然と集結している様は、それだけで特別な何かを感じさせている。
「ブブカ・クロ! お前をこの先遣隊の大隊長に任命する! 先遣分隊隊長にラウラ、アドリア、モデルタ、ファンテマを任命する。あとは……。キョウだな。五名は五人一組のチームを作り、散開して行動に当たれ。あと、そうだな……。地形探索も必要だな……。よし、キョウ――。ん、うん。キョウには別行動をとってもらうとしよう。そうだな。周辺地域の地形探索として私の直属の
人選を迷ったのか、名前を間違いそうになったのか、咳払いをしつつマリアはフードをかぶった得体のしれない人物たちに命令をしていた。
「それなら、魔術師もいた方がいいですわ。シアのお気に入りの一人もつけますわ。これでちょうど五名ですわね」
もうすでにその人選は決まっていたのだろう。予定通りの行動を儀式のように行っていた。
「よかろう。ブブカもいいな。キョウは別働隊だ。ハン、メイ、シスカ。お前たちがキョウと共にいけ」
「トリスマク君。お願いね」
マリアとグレイシアの呼び掛けに、フードをかぶった者たちの一部が頭をしっかり下げていた。
「さあ、先遣隊の出発です。アルフレド様」
「そうですわね。先遣隊の皆さん、くれぐれもお気をつけてください……。ね、アルフレド様」
その言葉に、先遣隊に向けて片手をあげて応えるアルフレド。
その背中に向けて、マリアとグレイシアは出発を宣言していた。
そう、アルフレドの後ろで深々と頭を下げている二人に見送れられながら、先遣隊は静かに出発していた。
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