第27話幕間(マリアとライラ後編)
「そんなに身構えるな、栄えある聖騎士団に入りたいのだろう?」
マリアの雰囲気は一変して、普段のマリアへと変わっていた。
それを敏感に感じていたのだろう。ライラは深い息を吐き出していた。
「マリア、怖いって。真の勇者程でないにしても、特別な日の勇者に凄まれたら、アタシたちこの世界の住人は心臓止まる人だっているんだよ?」
ひきつった笑みを見せるライラは、まだ先ほどの影響を完全に払拭できていないのだろう。ただ、徐々にいつものライラの雰囲気を出し始めていた。
「よかったな、止まってなくて。私などかわいいものだ。アルフレド様に本気の敵意をもった眼差しで見つめられると、お前なら恐らく意識を失うだろう。アルフレド様のそばにいるのだ、自分に向けられたものでなくとも、あのくらいの威圧は大丈夫なようにしなければな。あの程度で一々心臓が止まっては、おちおちそばにも近寄れんぞ?」
「なに? じゃあ、合格? でも、アタシ……。アルフレド様の近くに居続けたら、別の意味で卒倒するかも?」
「バカがバカを言うな。あれがテストなわけがないだろう? テストはこれからだ。あれは単にお前がバカかどうかを確かめただけだ。そして今、ただのバカではなく、本当のバカだと理解した」
「ひっどーい。でも、心臓止まらなかったから合格だね!」
「いや、そうではない。加えて言えば、テスト前の持ち物検査に引っ掛からなかっただけだ」
「なにそれ?」
「不正行為が行われないかどうかの確認だ」
「不正行為って……。マリアってば、とことんアタシを信用してないよね。そろそろ付き合いも長いんだし、友達として悲しいよ、ほんと……」
「誰が誰と友達になった? お前は単なる情報屋だ。それ以上でも、それ以下でもない。付け加えると、エレニア様に冒険話をするための係だ」
「ひどいよ、マリア……。アタシはマリアのこと友達だと思ってたのに……」
マリアの言葉に傷ついたのだろう。
俯き、肩を震わせるライラは、両手を膝の上で固く結んでいた。
「嘘泣きは通じないぞ、ライラ。テストしなくていいのか?」
「えへっ、バレた?」
「バレバレだ。友達ではないが、それこそ長い付き合いだ」
「もう、ひどいなぁ。いいよ、これから聖騎士団になって友達認定してもらうから!」
「もし、入れたらなら貴様は最下級団員だ。私のことはマリア様と呼べ。だが、副団長の私に気安く話しかけれると思うなよ」
「うは! ひどすぎ! でも、そこからのし上がってやる!」
両手を軽く胸の前で構えるライラ。それを見て、マリアの口元がほころんでいた。
「では、テストだ。ライラ・ライ。もし、聖騎士団に入ったなら、お前は誰に忠誠を捧げるのだ?」
マリアの瞳がすっと細くなっていく。ライラの答えだけでなく、ライラそのものを観察しているのだろう。
さっきまでとまた雰囲気が変わったマリアに、ライラも居ずまいを正して応えていた。
「聖騎士団は聖女エレニア様と王家に対してその剣を捧げています。当然、忠誠もそうあるべきです」
「そうか、間違いないな?」
「間違いありません、マリア副団長!」
自信に満ち溢れたライラの顔を、マリアはじっと見つめていた。
「…………。そうか、なら不合格だ。よかったな。今まで通り、マリアと呼ぶがいい」
マリアは背もたれにもたれかかりながら、目を瞑って答えていた。
「何故? 納得いかないんですけど! 模範解答だよ? これ以上ないくらいの模範解答だよ? これ間違いだってんなら、聖騎士団を通報するよ?」
当然、ライラは立ち上がり、両手を机にたたきつけて抗議している。
「ふん、誰にするのか知らんが、したければするがいい。我らはアルフレド様に忠誠を尽くす。アルフレド様に関して言えば、答えはお前のいう通りだろう。だから、聖騎士団の剣は聖女エレニア様と王家に捧げられているのだ。だが、我らはアルフレド様だけに忠誠をつくしているのだ」
静かに、ゆっくりとマリアはライラに語りかけていた。
「それじゃあ、騎士団じゃないよ……。アルフレド様の私設軍隊じゃない……」
力なく座るライラ・ライ。その様子をマリアはじっと眺めていた。
――ほんの一時マリアは目を瞑ったあと、静かだが力強くライラに語りかけていた。
「当然だ。それ以外に何がある。実際、王家は正式には認めてないのだ、聖騎士団の存在を……。公式記録にはエレニア様の護衛としか書かれていない。しかも、その護衛すらアルフレド様が認めさせたのだ。エレニア様に最初つけられた護衛は何人か知っているか? たった一人だぞ? しかも、勇者ですらない下衆だった。護衛の立場をいいことに、盗賊団と結託してエレニア様をかどわかし、国外にまで連れ出し身代金を取ろうとした。しかも、王家はその時エレニア様を切り捨てたのだぞ? 『聖女という特性が、下賤の女から出たこと自体が間違っていた』と摂政マクシマイルやトマルイ王子、ゲルニカ竜騎士団長は言ったのだ。そして、国王も自分の娘を助けようとはしなかった。あの時のアルフレド様のお怒りは如何ばかりか……。私は転生したばかりだったからこの国の事がよくわからなかった。だが、今ならよくわかる。国王は利用したのだ。自分の過ちを、その時に無くそうとしたのだ。その後黙って単騎でエレニア様を救いに行かれたアルフレド様が、そんな見捨てた者達からなんと言われたかわかるか? 『まるで自演だな。未来が見えていたのなら、最初からそう言えばいいものを』だぞ? わかるか? いくらアルフレド様といえども、全ての未来が見えるわけじゃない。見ようとしない限り、見えないのだ。それまでどこにいたのかは知らんが、王宮に連れてこられて間もないエレニア様の未来をどうやってみるというのだ? しかし、勇者は王国に縛られる。それは召喚呪が無理やりそうするのだから仕方がない。国王の危機には、どんな状況でも駆けつけるようにするのが、召喚呪だ。だからどんな国王であっても、アルフレド様は王国を見捨てないだろう。もちろん、召喚呪の影響は私にもある。勇者として国は守る。だが、魂は縛られても、私の意志は私のものだ。だから、我々は自分の意志でアルフレド様に忠誠を捧げるのだ。それが聖騎士団というものだ。行き場を無くしたろくでもないと言われた勇者三百名とかつての普通の勇者の子孫であるにもかかわらず、行き場のなかった三百名。我々一人一人がアルフレド様に救われたのだ。しかも、そうした我々の居場所をつくるために、アルフレド様は宮廷内の様々な連中の間でいいように使われても文句ひとつ言うことは無かった。覚えておけ、ライラ・ライ。聖騎士団に入るということは、アルフレド様のために死ねるという事だ」
いつの間にか立ち上がり、指をさし、まくし立てるような勢いを前に、ライラはずっと固唾をのんで見守っていた。
だが、今はマリアを見ていない。
マリアもその気配を感じたのだろう。振り返るや否や、その場で跪いていた。
――マリアの演説が終わる少し前、マリアの背後がほのかに発光していた。
それは徐々に強くなり、マリアの話が終わった瞬間、その姿を現していた。
「マリア、昔話はそのくらいでいいだろう。さて、ライラ・ライ。詳しい話を聞こうか」
光の中から現れたアルフレドの突き刺すような氷の視線を浴びて、ライラの体は硬直したようになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます