そして未来は一つの正義によって選び出されていた
あきのななぐさ
第一章 魔王教徒討伐編
第1話燃えるカルバの街(アルフレドの章)
炎、炎、炎。
視界いっぱいに広がっていたのは、まさしく炎の森だった。大小様々な炎の柱。一際大きく広がっていたものは、かつてこの城塞都市を守るために作られた城壁だった。
三方から燃える壁が、街を飲み込んでいる。おそらく、そう表現した方がいいだろう。
そもそも城壁は、それほど簡単に燃える構造をしていない。にもかかわらず、人々の信頼をあざ笑うように燃えていた。
自然に燃えたものではない事など、誰の目にも明らかだ。
一体誰が? どうして?
そんなことを考える暇さえなく、その壁は炎の壁と化していた。
それだけに、人々の心は恐怖が支配していたのだろう。
生を求めてさまよう声が、様々な所から聞こえてくる。
そんな中、そこには一人の騎士がいた。
きらびやかな白銀の全身鎧が炎の光を反射させている。それだけで十分だけども、圧倒的な存在感も放っていた。
――その時、騎士の前で炎が勢いよく燃え上がっていた。
炎からは少し離れた距離にいる。
しかし、積み上げられたものがあっても、炎の熱を妨げる大きな構造物はない。熱気は十分に伝わってくる距離にもかかわらず、悠然とその場で立っていた。
ずっとこの場所で、微塵も動かずに街の姿を見続けている。ずいぶん前から、街の人々が悲鳴をあげながら逃げてきて、ここで静かになっていく。しかもその数はますます増えていく一方だった。
騎士は黙って、それも見つめている。
左手には騎士盾をもち、鞘ごとほのかに光る剣が、その腰には納まっている。
素顔をさらしている理由は分からない。
頭部のみを守る
その姿は、戦場を駆ける
「来たか」
静かな独り言の声は、紛れもない男の声だった。
しかも、その言葉ごと飲み込むように、漆黒の闇が騎士を包み込んでいた。
*
「やあ、
闇の中、少年の声がこだました。
言葉では謝っているものの、そこに誠意は感じられない。しかも、その声には力がこもっているようで、アルフレドと呼ばれた騎士は立っているのがやっとのようだった。
「ふざけた真似を……。貴様にはいろいろと聞きたいことがあるが、今は貴様にかまっている場合ではない。うせろ! いずれまた会ってやる」
「あはは、【未来予知】かぁ。それは、僕達神にもできない事なんだけどね。ああ、似たことはできるよ? でも、そんなことしちゃったら面白くないからさ。で、どうだった? 楽しんでもらえたかな? 君があまりに他の神々と遊ぶものだから、僕も怒ってるんだよ? だから、君のとの約束もなかったことにした。でも、それじゃあ君に悪いと反省もした。だから、せめてものお詫びとしてこの世界に連れてきておいたよ。どう? 僕のプレゼントは気に入ってもらえたかな? 気に入って――」
少年の声をかき消すように、アルフレドの剣が何もない場所を切り裂いた。
――しかし、それも一瞬の出来事だった。
アルフレドの剣は空を切り裂き、そのまま押しつぶされるように片膝をついていた。
「うわ! 危ないよ。この重圧の中で動けるのはたいしたものだけど、所詮そこまでだよね。でも、そんなに喜んでもらえるなんて、僕はとってもうれしいよ」
その行為を全く意に介していないかのような物言いだったが、少年が発した声は少しうれしそうだった。
「言いたいことはそれだけか? 今は貴様にかまっている時間ではない。うせろ! 次に会う時は、その声を後悔の色で塗りつぶしてやる」
剣を杖にしながら立ち上がるアルフレド。
立ち上がり、小さく息を吐いた後、剣を鞘に戻していた。
「えー? もうおしまい? 張り合いがないなぁ、アルフレド。もっとののしってくると思ったのに? 『貴様! 何故、
再び重圧が襲ってきたのだろう。片膝をつきそうになりつつも、アルフレドは何とか持ちこたえていた。
「へえ、やるじゃない。本当に強くなったんだね。それは、他のヒマな神々の試練を乗り越えたからかな? アイツらどうしようもなく暇だからな……。いや、違うか。嫌がらせのつもりだろうな。まあ、いいや。何となく理解したよ、アルフレド。それはそれで面白いかもしれない」
不意に重圧がとれたように、アルフレドは黙って元の姿勢に戻っていた。
「相変わらず、君は無口だね、アルフレド。用心深く、思慮深いとも言うかな? よくそんなので、特別な日の勇者たちが心酔しているね。マリアもグレイシアもミヤハも僕が連れてきたんだから、しってるよ。まあ、蠱毒法で生き残ったのは君だけだけどさ。でもさ、彼女たちも君にとっては道具にしか過ぎないだろうにね。ああ、そう言えば今も任務中だったね! どれどれ……。マリアは地下水路で魔王教の司祭を追いかけているのかな? 追いかけているというより、一人だけ逃がしているって感じだね? グレイシアは……。街を焼いているんだ。なるほど、一石二鳥を狙ったんだね。貴重な物資を焼かれて困るのは誰か知らないけど、案外そっちが目的なのかな? そして、ミヤハは……。あれ? 誰か見つけたところかな? ん? あの顔……。どこかで見たような……。まあ、いいか。人間ってみんな似たような顔だしね。ああ、似たような顔といえば、君のお姫様と雪君も似ているよね。さて、久しぶりに三人に――」
「いいかげん、消えろ!」
さっきとは別の方角に、アルフレドは剣戟を放っていた。そのすさまじい勢いは、漆黒の世界で光を放つほどだった。
「うーん。正確に居場所をつかまれているなぁ。その武器が聖剣だから、僕には届かないけど……。でも、そうか。だからか……。うん、アルフレド。それも楽しそうだ。もう君に干渉しないよ。新しい楽しみをくれたお礼だよ。楽しみに待つとしよう。もっと、もっと力をためて、
本当に楽しそうな笑い声が遠ざかると共に、漆黒の闇が収縮していく。やがて小さくまとまったと思いきや、一瞬にしてはじけるように飛び散っていた。
――まるでさっきまでの出来事は幻だったと言われても信じられるかもしれない。
それほど周囲には変化なく、その場で立つアルフレドもまた、闇に飲み込まれる前と変わらぬ姿勢で、ただ前を見つめていた。
「ミヤハではなく、奴が来るとは……。これで、また何か変化したか……。まあ、いい……。そろそろ地下水路でマリアの方が片付くだろう」
小さなため息をついた後、アルフレドは再び燃える街の景色を眺めていた。
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