短編に殺される「一」

 その日私がカクヨムに飛ばされた先は、今のところ一番安心できる相手のところだ。その相手は、私が一番最初に会った私の書いたキャラクター。

 この相手に限りカクヨムは私を小説の世界には送らず、いきなり会わせてくれるというのも楽でよい。会う場所はいつも、白と、濃いめの水色だけで構成された無機質な空間。


「また飛ばされてきたのかよ」

「うん、毎回ごめんねソネミ」

「いいよ、今回もさっと殺してやるから後ろ向きな」


 とても可愛い顔をした少女の名はソネミ。私がカクヨムに投稿した短編小説『 ソネミとイタリアの吸血鬼』の主人公だ。


「あ、ソネミ。今日はちょっと聞きたいことがあるんだ」

「なんだ?」


 ギャグを多めに取り入れた小説だからか、ソネミのノリは軽い。軽い上にソネミは、私の小説の中でもかなり良い奴の部類に入るからこそ私も安心して質問ができた。


「えっと……」

「ん、いいよ。何でも聞きな」


 何故、妬み嫉みから名付けたのかがわからなくなってくるくらい、ソネミは良い奴だ。


「あのさ、ソネミはカクヨムに掲載されて嬉しい?」

「うーん、わかんねぇ」

「そっか」


 鼻の奥にこびりつくような酸っぱいような香りは、ソネミの体臭。ソネミが臭いというのは、私が面白いと思ってつけた設定。

 私はそれをソネミが嫌がっていないか心配だったけれど、流石に聞くことは出来なかった。そんな質問は、失礼な気もするし。


「でもさ、先生は俺の話を他にも用意してるだろ? それはちょっと嬉しかった、楽しかったし」


 先生というのは私のこと。それはきっとソネミの小説を書く人に対するイメージ。彼女の性格を考えると、小説を書く人はみんな小説家だと思っているだろうから。


「うん、連載と読み切りがあるよ。でもどっちもまだ納得出来てないから公開できないかも」


 確かに私は、ソネミを主役にした連載と読み切りをカクヨムに下書き保存している。そしてそのどちらも、公開の目処はたっていない。

 公開するかしないかを決める段階なんてまだまだ先、カクヨムのプレビューで確認しながらいろいろ考えたいからと、試しにカクヨムの中で書いてみましたという程度。


「そっか、あいつらは出ないかもしれないんだな」


 罪悪感。

 ソネミは、その下書きの中でいろいろな人に会っている。そしてそれを覚えているんだ。


「でも仕方ねぇよ先生。きっと先生のやってることは大変だ。だからがんばれ、できなくてもいいから」

「うん、ありがとう。ありがとうソネミ」


 私は涙が零れる前に後ろを向いた。ソネミに殺してもらうために。

 ソネミは生体兵器。私なんて痛みを感じさせる前に、殺すことができる。




 私が生き返った時、やっぱりソネミはいなかった。そして私はそれが少し寂しかった。


「最近オマエはよく泣きますね」


 目の前に浮かんで話しかけてくるのはカクヨムのロゴ。今日は何故か、ですます調。きっと彼は、小説投稿サイトのロゴだからたくさんの喋り方を持っているのだろう。こうやって口調が変わることは、今まで何度もあったし。(声はいつも同じだけれど、そのうち変わったりするのだろうか?)


「うん、カクヨムありがとう」

「オマエにお礼を言われることは特にしてないですけどね」


 確かに、カクヨムが私にさせた体験はつらいことのほうが多い。毎回キャラクターに殺されないと帰ってこれないなんて、本当にひどい話だと思う。でも私は、今日はありがとうと言いたかったんだ。


「殺されるとは言っても帰ってくるためで本当は生きているからオマエは大丈夫です」

「うん」


 今日のカクヨムの話し方は、なんだか少し可愛げがあった。


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