ぐるぐる小説旅行記

一人称に殺される「一」

 うちには父はおらず、私は女手一つで妹と共に育てられた。

 一歳違いのできの良い妹は進学校に行くために家を出たので、今は私と母の二人暮らし。私は妹ほどではないけれど、そこそこできの良い学校に通わせてもらっている。

 娘二人を学校に通わせるため、今も母は懸命に会社で事務作業をこなしているだろう。私は学校から帰るとそんな母のために家事――――なんてことはせず、すぐにパソコンの電源を立ち上げる。


『カクヨム』


 私はここのところ毎日、このサイトにアクセスしている。きっとこれは日課ではなく、私の義務だ。


「やあ、ネコ」


 カクヨムが私に話しかける。


「こんばんはカクヨム」


 私がカクヨムに話しかける。これは挨拶じゃなく、儀式。

 

 いつもの挨拶が終わると、眼の前にあるもの、つまりモニターがぐにゃりといつものように歪む。猫背の私が文章を書きやすいように、わざわざ低い位置に来るように設置したモニターが。

 モニターが歪んだあとに聞こえるのは、ヒソヒソとした声のような音。異世界だとか、SFだとか、ロリだとか、そんな言葉が電子音のようなトーンでたくさん通り過ぎていく。

 きっとこれはカクヨムに小説が投稿されている音なのだろうと、私は思っている。耳をすませば『キャッチコピー』とか『セルフレイティング』だとか聞き慣れた、いや、見慣れた言葉が聞こえるからだ。

 

「ネコ、今日は遅かったね」


 私の部屋はスッと消え、周囲の空間はわずかな水色とほとんどの白となった。水色はもちろん、水色と呼ぶには少し濃い目のだ。

 目の前にはカクヨム色の『カクヨム』という文字(要はカクヨムのロゴ)が浮かんでいて、私に話しかける。彼、小説家志望的な言い回しをするならば、彼或いは彼女の名はカクヨム。その見た目通りの名前だ。

 私は一応声の質的に、彼或いは彼女のことを、彼だと決めつけているはいるのだけれど……彼に性別があるかすらわからない。だって彼は、生きている(はず)とはいえカクヨムのロゴなのだから。


「遅くなってごめんね、カクヨム。学校の用事があって」

「いいよいいよ、オマエは小説家志望だからね」


 カクヨムがとても含みのある返しをしてくるのは、彼が小説投稿サイトのロゴだからだろうか。


「今日もオマエは書けないのかな?」

「書けないと思うよ」


 この世界で空、いや、上を向けば黄色だの、ピンクだの、赤だの、青だの、なんて呼べばいいかわからない曖昧な色だのが、規則正しく並んで流れ続けているのが見える。きっとあのカラフルなものはキャッチコピーだろうと、私は予測している。(その色は、文字かどうかがわからないくらいボケているから、キャッチコピーとは断定できない。)

 そしてそれらは、随分と遠い。


「今日はオマエにここに行ってもらうよ」

「うん」


 私の目の前に、暗い銅のような色のキャッチコピーらしきものが現れる。かなり近距離なおかげで空にあるものよりかは文字らしくは見えるけれど、やっぱりボケていて正体を断定することは出来ない。


 そして、私の視界はそのキャッチコピーであろうものの色に支配される。これが、始まりの合図。これから私はどこかに飛ばされる。


「…………」


 暗い銅のような色が薄れ、その先にある世界が現れていく様子を見ながら私は思う。カクヨムのキャッチコピーで、あんな色選択できたっけと。




 

 

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