病院に殺される「ニ」

 いくつかの薬をもらい、私と母は病院を出た。始めてもらった精神に関する薬に対して私は特に思うことはなかった。まずは様子を見てみましょうと渡されるような、そう強くない薬だったからだ。きっとこれは普通。普通に精神が弱った人に施される程度の普通の処置。今どきありふれた、普通のことなんだ。

 つまり私は、ただの凡人として精神科に連れてこられ、ただの凡人としての結果を得ただけ。


「✕✕✕✕ちゃん、なんか美味しいもの食べていこっか」


 母は私に何も聞かなかった。医者がなんと言ったのか、この薬が何の薬なのか。


「あんまりお腹すいてないから、別にいい」

「そう」


 私はこの会話を、近い将来酷く後悔することになる。(別に母が死んだとかではなく、ただ、薬を飲んだことで落ち着いた私の脳が「どうしてあの時母の気遣いを受け止められなかったのだろう」と自己嫌悪に陥ったことに起因する。)



家について私は自分の部屋に入り、ベッドに寝転がり天井を見る。


「小説……か……」


なんだか小説を書くということが酷く面倒くさいものに思えた。時間もかかるし苦痛も感じる。いつか世間の評価を受けれるかどうかもわからない。そんなことに時間を使うよりも、もっと何か楽で楽しいことに時間を使えばよいのではないかと。


「楽で楽しい……」


 こうして、同じ漢字を並べる面白さを見つけてしまう私の頭は小説家向き――――なのではなく、ただ小説を書くという行為に浸かりすぎているだけなのだろう。


「飲んどくか」


 今日病院でもらった薬の袋を開ける。きっとこれを全部飲んでしまえば、多少は小説家らしくなれるのかもしれない。でも私は、母がいる状態で、いや一人でもそんな事できる勇気はない。


「不安が強い時に一回一錠、次に飲む時はできれば六時間はあけて」


 医者から言われたルールを私は忠実に守り、一錠だけ取り出す。不安の定義は難しいけれど、きっと今の私は常に不安のある状態だから飲む資格くらいはあるだろう。どうせ弱い薬なのだし。



「眠い」


 薬を飲んで三十分くらいすぎた後に得たのは、実につまらない感想だった。その薬が私に与えたのは、安らぎと言うより眠気。少し人工的で不自然な眠気のような気もするけれど――――。



 私はそのまま朝方まで眠っていた。そしてそんな中途半端な時間に起きたせいで、翌日も学校を休むことになった。学校というのは一日休むことには抵抗あるけれど、二日目に入ってしまうとどうでもよくなるものなのだなと、私はぼんやりしながら思う。そうだ、そろそろ六時間たったし、あの薬を飲んで昼寝でもしようか。


 残念ながら、寝すぎたせいか眠くはならなかった。なんとなく頭がぼんやりするような、いつもどおりのような。変化があるのかどうかすらわからないこの薬は、やはり医者の言う通り弱いものなのだろう。

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