病院に殺される「一」

 私は無理をしてでも学校に行くつもりだった。休むことで私に注目が集まることを避けたかったからだ。でもそれはできなかった。母が仕事を休んで私を待っていたからだ。


「✕✕✕✕ちゃん、今から言うことを素直に聞いてほしい」


 母が私に要求したこと――それは、精神科であなたのことを診てもらうから一緒に来てということだった。それほどに私の様子はおかしかったのだろう。


「ずっと気になってたのよ。✕✕✕✕ちゃんが一人で部屋でおかしなことを話していたこと……」


 母の目に涙が浮かぶ。これでは私は、断れない。



 どの病院に行くは母が事前に(きっと随分前に)調べて決めていた。家から二時間ほどかかる場所にあるそこを選択したのは、きっと近所の目から私を守るためだろう。


「✕✕✕✕ちゃんと一緒に出かけるのどれくらいぶりかしらね」


 太陽の下で見る母の顔は、家の中で見るよりも老けて見えた。




 病院についた時、私が思ったことは多分一生忘れない。どんよりとした空気、内科や外科とは違う独特の患者たち。私はその景色を「小説を書くために役立つ」と、思ってしまったのだ。

 私は以前から思っていたことがある。小説を書く人間は、まともではないと。ただひたすら文字だけを使い世界を構築していくなんて、正気ではないと。正直な話、私は今精神科に連れてこられた自分というものを高く評価していた。この先へ進めればあの二人にだって勝るものが書けるかもしれない。


「✕✕✕✕ちゃん、何も心配いらないからね」

「うん。大丈夫だよお母さん」


 今日やけに母は私の名前を呼んだ。しばらく待っていると、私の診察の順番が回ってくる。母がついてこようとしなかったのは、私に気を使っているからだろう。きっと母は精神科に連れてきたことで、私のプライドを傷つけてしまったのではないかと心配しているはず。

 お母さん、本当にごめんなさい。今きっと貴女は私のことを心の底から案じていることでしょう。でも、私は今嬉しいのです。

 この診察室の扉を開けて、新しい、サトカやヤマサトの持っていない経験を手に入れられることが。


「よろしくお願いします」

「今日は初めてだね、そこ座って」


 いいぞいいぞ、この医者の人間を診ることを仕事だと割り切っているような雰囲気は。彼をモデルにすればきっといい感じに冷たいキャラクターができるはずだ。


 ――――私の高揚はそこまでだった。確かに医者は私を相手に仕事をした。でもその仕事は私が思っていたようなものではなく、ただシンプルに、そしてただ丁寧に私の精神状況を聞き出し、それに対して対応してくれるプロの仕事だったんだ。

 話をしているうちに私は、どんどんと自分が恥ずかしくなり泣き出してしまう。それを医者は否定すること無く受け入れ「少しづつやっていきましょう」という、今の状況でベストであろう言葉を私に投げかけた。


 小説のネタにしてやる。その意気込みで座ったはずの診察室で私はただの患者に成り下がっていた。

 いや、私はただの患者どころか、ただの病気でも何でも無い普通の人間かもしれない。だって恥ずかしすぎて、カクヨムと話していたことや自分の小説の世界に行っていたなんてことを、医者に話せなかったし。医者の出した「少し精神的にナントカカントカ」という軽い診断を普通に受け入れてしまったし。

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