雨に殺される「一」

 雨。寒くない季節だけど寒い。私が行かなくなった学校の制服を着ているのは、礼服を持っていないから。


「✕✕✕✕大丈夫?」

「うん、ありがと」


 クラスのやつらがいる。みんな制服を着て。そんな私を気遣うのはキリシマ・サトカ。サトカが隣りにいてくれるのは助かる。彼女はクラスの人気者だから、一緒にいてくれれば周囲から注がれる好奇の目が和らぐんだ。


 ヤマサトが死んだ。自殺だ。いつ死んだかはわからないけれど、私とメールをしてから今日のお通夜まで三日しかたってないことを考えると――。


「あなた、✕✕✕✕ちゃん? アカリと仲良くしてくれたんだってね」


 ヤマサトの母から聞いたのは、ヤマサトの下の名前。(ヤマサトの母もヤマサトだから、こんな事言うのもおかしいのだけれど。)


「アカリちゃんは大事な友だちでした……」

「ありがとうね、ありがとうね。あなたは強く生きてね」


 私はなんて薄情なんだ。初めて聞いた、初めて知ったアカリという名前をさも前から使っているかのように口にした上に、なんで「強く生きてねなんて言われているんだろう、私が学校に行ってないからかな?」なんてことを考えているなんて。


「うちに寄ってく?」

「いや、帰るよ」


 キリシマ・サトカの誘いを断ったのは、私の醜さを見せたくないため。泣けないんだ、私はなぜか涙が出てこない。だから精一杯、精一杯悲しい顔を作ったんだ。


 一人になって私は嘔吐する。自分の醜さに。通夜に並ぶ同級生の列を見て「こいつらがこんなにいるから雨の中並ばないといけないんだ」なんて思い、死んだヤマサトの顔を見ても濡れた靴下が気になり、ヤマサトの母が私を気遣っている間も帰り道の憂鬱さを思い浮かべていた私の醜さに。


 きっとヤマサトは、ヤマサト・アカリは私が合作を断らなければ死んでなかっただろう。きっとあれはただのSOS。合作は口実で、私にそばに居てほしかったんだ。


「……」


 ああ、この経験はきっと私の小説のレベルをあげる。こんな経験、今までしたことがないから。これが人が死ぬということ、私は友達の死と引き換えに小説におけるを得たのだ。


「めんどくさいな」


 わざとそう口に出したのは、自己否定のため。妹のケア、私に合作をやめろと言った張本人である妹に「ヤマサトが死んだのはあんたのせいじゃないから気にするな」と、言っても通じないだろう言葉を投げかけないといけないことに面倒くささを感じてしまった自分を否定。否定、否定、否定だ。


 私は傘を閉じる。濡れて帰るために。そうすれば今日は、妹と母は遠慮して距離をおいてくれるだろうから。だって私は精神科通い。そして不登校。そんな私が友達を亡くしたんだ。一日、いや一、二週間くらいは何もしない、本当の意味で何もしない時間をもらっても問題ないだろう。(むしろそのくらいじっとしていたほうが、家族も心配しなくて済むだろうし。)

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