キリシマ・サトカに殺される「一」
私は久しぶりに外へ出た。日曜日のことだ。
「少し気分転換に外でもでたらどう?」
そう言った母を悲しませないために。向かった先は二駅先の小さなお店が並ぶ商店街。ここなら近所の人に会うこともないだろうと思ったからだ。
「こんなお店あったんだ」
なんだか今日は人目が気になってしまい、私は裏路地へと逃げ込んだ。そこにあったのは小さな古書店。私はかつて、古書店を舞台にした物語を書いていたことを思い出しながら中へと入る。
「あれ? ✕✕✕✕さん?」
母にもらった小遣いで何か本でも買おうかと思った私の思惑は、とんでもない結果を生んだ。店内で本棚を整理している店員は、キリシマ・サトカだったのだ。
「え、えっとこんにちは」
「こんにちは。あれ、いらっしゃいませかな?」
サトカがそういう言い方をしたのは突然学校に来なくなった私を気遣ったからか、それとも天然か。
「ここで働いているの?」
「実は、ここ私の家なんだ」
質問の答えが私の気分を酷く害した。なんだ、サトカおまえはこんな素晴らしい環境で育ったエリートか、だからあんな素晴らしい小説を書けたのか……と。
「あ、あのね」
しまった、顔に出てしまったのかも。妙に申し訳無さそうなサトカの顔を見て、私はそう思う。
「✕✕✕✕さんの小説……ソネミとイタリアの吸血鬼読んだんだ。あれ、すごく面白い! 私本当はああいうの書きたいんだけど、なんていうか……滑ったら怖いなって思って愛されそうな恋愛文学に逃げちゃうんだ」
「え……」
「あ、ごめんね。滑ったら怖いなとか、なんだかそういう作品を軽いものだと見ているみたいだよね。でも確かに私は自分が書いた小説がラノベっぽいと恥ずかしいって思っちゃうところがあって……それが自分で許せなくて。でも✕✕✕✕さんの小説を見たら、私の考えは違ったんだって、いやあれ? ごめんねなんかつい変なこと話して……」
それは私の知らないサトカだった。きっと彼女は、ライトノベルというものをどう捉えていいかわからず悩んでいるんだ。ライトノベルは軽いもの。だから恥ずかしい。そう感じてしまう気持ちは私もよく分かる。でも本当は恥ずかしいものでも何でもなく、読みやすく愛される素晴らしいジャンルだってわかっているから、余計に自分を攻めてしまうあの気持を、サトカも持っているんだ。
「なんかさ、ライトって言われちゃうと馬鹿にされている気がするよね」
「あ! そう! 本当はそのライトは、中身がなくて軽いではなく飲み口が軽いとか、気楽に親しめる軽さとか、いい意味の軽いだってわかってるんだけど……あとさ、やっぱりなんか堅い文章を書いている方が周りから認められる気がする。でも本当はそんなんじゃなくて、どんな形でも人の心を打つものが素晴らしいだけで、ジャンルにとらわれているってのはわかってるんだけど……あのね、✕✕✕✕さん、私ライトノベルが書きたいの! だから、もっと私と小説の話をしてほしい!」
今日のサトカはよく喋る。でも私はそれが妙に嬉しかった。共感、そして私の小説が純粋に評価されているってことが。
「うん、私もサトカ……さんと話したい。でもごめん、私実はライトノベルが苦手で、あの小説もライトじゃないなぁと思ったからライトノベルってタグはつけれなかったんだ」
「そんなことないよ! すごくライトノベルだよ! 読みやすくて、キャラクターも立ってるし。でもそれだけじゃない! ライトな口当たりの中にすっごくしっかりした想いがあって――――」
私の正直な告白に対してのサトカの返答に、私は体の奥が熱くなる。事実私は、あの『ソネミとイタリアの吸血鬼』をライトノベルとしては書いていない。でもライトノベルに仕上げようとした、いわばライトノベルが苦手な自分に対する挑戦のような作品だ。
そう、サトカの言葉は私が最も欲しかった評価だったんだ。
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