駄作に殺される「三」

「これ、飽きないね」


 私の身体はまた再生された。無傷、なにも損傷していないその身体についている目はちゃんと見える。


「ソネミ!」

「よう、先生。すまねぇ、なかなか勝てねぇや」


 エルデバンドの尻に敷かれるように転がっていたのは、ソネミの上半身だった。切断面からじわじわと肉が伸びていくのは、ソネミの自己再生機能。


 しばらくするとソネミの下半身はなくなる前と同じ形になる。そしてそのタイミングを見計らったかのように、エルデバンドはソネミに攻撃を加えた。


 二人の戦いは小説的だった。SFのソネミ、ファンタジーのエルデバンド。ありえない科学と、ありえない魔法の戦い。


「ソネミがんば――」


 私は最後まで言い切れなかった。目の前で争っているのは、殺し合っているのは自分が生み出したキャラクターだということに気がついたから。そんな私の心中を察したのかソネミが私の方をみて微笑んだ。


 そしてその微笑みは、勝利につながる。一瞬感情的になったエルデバンドの隙をついたソネミの攻撃が綺麗に入ったのだ。


「負けちゃった」


 エルデバンドにソネミのように身体を再生する力はない。大きくへこんだ胸を天に向けるようにエルデバンドは倒れた。


「もうすぐ死ぬから、聞いてほしい。こっち来て」


 私はエルデバンドに呼ばれ、思わず駆け寄った。その声には今までのような威圧感は全く含まれておらず、弱々しく、寂しげであったのだ。


の話はもう書かないでしょう?」

「うん」

「ごめんね、実は恨みなんてないんだけど、のがつい悔しくて殺されるまでやめれなかったんだよね」

「……ごめんなさい」

「謝らないでほしいな、惨めになるから。だから約束して小説を絶対に――」


 エルデバンドは死んだ。唐突な死だった。


「先生はさ、書き続けないといけないよ。じゃないと先生は罪悪感で死んじまう。そうしたら俺たちは終わりだ」

「ソネミ」


 私はソネミに抱きつき泣く。


「うん、助けに来るから。こうやって。もう会わないとか言ってごめんな、先生は一人じゃねぇよ」


 そこで私の意識は途切れ、次に目覚めた時は少し濃い水色一色の世界だった。


「ソネミに会えたですか」

「カクヨムが呼んでくれたの?」


 いつもの喋るカクヨムロゴの声がしたけれど見つけられないのは、世界がロゴと同じ色だから。


「カクヨムの濃度が高まってます。オマエ、原因を知らないですか?」

「えっと……ごめん、わかんないや」


 一体何のことだろう。濃度ってなんだろう。


「オマエ、最近カクヨムに未公開小説を溜めていませんか?」

「うん、だめだったかな」


 そっか、それで濃度……。きっと世界が水色に支配されてるのは私がカクヨムを小説倉庫みたいに使っちゃったせいなのか。(公開するつもりで書いているからわざとではないのだけれど。)


「だめではないです。カクヨムは小説投稿サイト、小説を下書きで保存できる機能があります」


 私はなんだか怒られた気がした。カクヨムにいきなり一発書きをしていた私の安直さを。

 もちろんその方法が良い時もあるだろう。小説は時間をかければ良いってものじゃない。でも今の私は、明らかに焦りすぎ。それでは駄作だらけになるのも仕方ない。


『優しさを消費しすぎた時、人は壊れていく。』


 私の目の前を、半透明の文字が流れていく。あれは私が書いた言葉なのか、それともどこからともなく現れた、誰かの声なのか。

 

 私の脳裏に、エルデバンドの死に顔が思い浮かぶ。男として産まれ、女として生きたいと望み、世間からも受け入れられず、暴力に安らぎを求めた少年エルデバンドの死に顔が。


『少女になる魔法』

『少年は少女になることを望み、戦いを受け入れた。』


 今流れていった文字は、私が駄作と認定し公開しなかったエルデバンドが主人公の小説のタイトルと、キャッチコピーだ。私があの続きを書けば、書けるようになればエルデバンドは生き返るのだろうか。そして幸せな、幸せだと言い切れなくとも少しはマシなラストシーンを描けば、彼は、彼女は笑ってくれるのだろうか。


『小説は誰かにとっての暴力になりうるが、エンターテインメントという言葉がそれを癒やす。』


 ああ、今流れていった文字はこれはきっと、私の心の声。だってほら、他の文字が半透明なのにこの言葉だけは真っ赤じゃないか。それに、意味がわからない。意味ありげな無意味。私の小説みたいな、薄っぺらな言葉だ。


 ああ、許してほしい。ただ「書ける」というだけで駄文を連ねる私を。

 ああ、救いを。この限りなく無駄でしかなく「あの失敗作があったから今のこの作品がある」と批判されねば肯定されない悲しい言葉たちに。



 私は、絶対に、私の小説を見捨てない。

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