ここで死んだら私は死ぬ件「ニ」

 パソコンは故障したわけではなかった。カクヨムにも問題なくログインできる。


「こんばんはカクヨム」


 話しかけても、何も答えてくれないけれど。


「…………」


 私はついさっき更新された『砂塵は笑う』の最新話を見る。幼女の顔を焼けただれさせた次の話を。


「――――!」


 自分が放り込まれるかも知れない、自分がこの世界で死ぬかもしれない。そういう気持ちで読む『砂塵は笑う』は信じられないほどにエグかった。フィクションはフィクションだから楽しめる。今まで私は、読む側としても書く側としても人の死や暴力を娯楽として消化してきたことを思い知る。


「はぁっ……はぁっ」


 過呼吸になる手前くらいの苦しさ。私が次眠ったらこの世界に飛ばされてしまうとしたら、そしてこの世界で死んだらもう二度と起きることが出来ないとしたら……寝るわけには行かない。


 

 それから十時間後、私は自分の体の特性に気がついた。睡眠薬を飲まないと、眠くならない。これが病院で言われていた不眠症状というやつか。ただ、これにもいつか限界が来る。永遠に眠らないなんて無理だ。


「こんばんはカクヨム」

「こんばんはカクヨム」

「こんばんはカクヨム」

「こんばんはカクヨム」

「こんばんはカクヨム」

「こんばんはカクヨム」

「こんばんはカクヨム」


 何度呼びかけてもカクヨムは答えない。


「ねぇ、カクヨム……お願い……」

「なんですかネコ。早く寝れるようにずっと黙っていたのに」


 余計な気遣いを……眠らないことで精神を削られていた私は、カクヨムに怒りをぶつけそうになり、こらえる。


「ねぇカクヨム、死にたくない」

「なら死なないようにしておきます。それならネコは小説を体験できますか?」

「え、ありがとう!」


 ありがたい申し出だ。死なずに小説を、異世界転生を体験できるなんて私にとってはプラスしか無い。


「異世界小説はフィクションですから、それをどれだけあると信じ込めるかは書き手次第です」

「うん、うん。そうだよね、ありがとうカクヨム。私これで誰にも負けない異世界表現ができる気がするよ」


 ぬるくなった麦茶で、錠剤を二つ飲み込む。さあ、行こう異世界へ。安全に異世界を、体験するんだ。あの傑作『砂塵は笑う』を体験して『砂塵は笑う』よりももっとリアリティの溢れる世界を書いてやるんだ。

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