同級生に殺される「三」
翌日クラスで、サトカの小説はちょっとした話題だった。そりゃそうだ。短くて読みやすいのに狂おしいほど切ない小説が、話題にならないわけなんてない。
「サトカ小説家になれるんじゃない?」
「なになに、俺にも見せて!」
「どうしてこんな話書けるの?」
「他のはないの?」
教室という限られた空間は、逃げ場がない。私には、興味がないないふりをして外を眺め、やり過ごすしかできない。(この日ほど『目立たない生徒A』である自分のクラス内ポジションに感謝したことはない。)
「あ、そういえばさヤマサトも中学の時小説書いてなかったっけ。サトカの小説見てみなよ、すごいよ!」
一人被害者が生まれた。目立たない生徒Bが、中学の時からの同級生に晒し者にされた瞬間だ。(私達は高校生だ。)
「私も実は……カクヨムやってて。実は昨日サトカさんの小説は読ませてもらって、すごく感動してお話してみたかったの」
「ありがとう、すごく嬉しい」
ちょっと待って。あなたは目立たない生徒Bのはず。何故サトカみたいな人気者といとも簡単に打ち解けているの?
「あ、この小説ヤマサトさんの小説なの!」
そんな私の疑問などお構いなしに、サトカは本当に嬉しそうにそう言った。
「すごく面白いよね、私ずっと読んでたんだ!」
この言葉で、ヤマサトは目立たない生徒Bではなくなった。
正直私は、ヤマサトの小説が気になった。あのサトカが評価するほどだ。しかも口ぶりからして連載。私は聞き耳をたて、ヤマサトのアカウントに関する情報を拾いスマホで検索をかけてみる。
『砂塵は笑う』
ヤマサトの小説は、私もサトカと同じく既に読んでいた作品だった。ハードボイルドなのに、柔らかく。ラノベ的なキャラクターなのにどこか大人びたかっこよさがある。たまに笑わせ、胸に響く台詞がバランスよく配置されている。そんな「これは小説を書きなれたセミプロみたいな人が書いているに違いない」と思える小説だ。
いつか書籍化するのではないかとすら思っていた『砂塵は笑う』を……本当にヤマサトが?
「うわっ!」
あまりの衝撃に呆然と眺めていたスマホの画面に女の顔が映り、私は思わず声を出す。
「あれ、✕✕✕✕もカクヨムやってるの?」
振り向けば、同級生が私のスマホを覗き込んでいた。
「いや、ただ見てるだ……」
「ログインしてるじゃん! 見せてよ!」
「えっ、ちょっとそれ私のスマホ……」
やめろ……。
「ネコロネコって名前なんだ! かわいい! コロネとネコをかけてるの? さすが小説書く人って感じだね」
やめて……。
「あ、小説も投稿してるんだね。へぇ……この『殺罰』って小説、殺すって漢字と罰でさつばつって読ませてるんだね、おもしろいね」
私は今後悔していた。中学の同級生が一人もいない高校に入学したあげく、友達が一人もできなかったなんていう危険なポジションを避けるために、デリカシーのないこいつとの関係を受け入れていたことを。
「あはは! これ一話ごとのタイトルが全部ダジャレになってるんだ! よく考えるねウケる!」
私の小説『殺罰―さつばつ―』はほとんど評価されていない。PV数も低い、レビューもついていない作品。それを今、クラスの何人かが検索しはじめた。
「ほんとだ、タイトルダジャレになってる!」
「こっちの臭そうな少女がなんとかっていう話は読み切り?」
「✕✕✕✕さんダジャレ好きなの?」
「この下着たぎりますねってタイトルヤバ! センスすごいね!」
小説など本当は興味ないはずの同級生たちが私の小説を見て、その場で思いつた中身のない肯定を口にする。
「✕✕✕✕はギャグっぽいの書くんだね、意外!」
「い、いやそれはカクヨムように合わせてみただけで本当はもっと硬い文章というか文学っぽい……ってほどじゃないけどカチッとしたのを書くんだけど……」
私はとっさに、まるで自分の作品を恥じているかのような返答をしてしまった。
「へぇ、いろいろ考えてるんだね。本気で作家とか目指してるの?」
「えっと、ちょっと気晴らし程度というか趣味程度だから……読む価値とか無いから」
私はとっさに、自分の作品に対して作者が言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
この私の二つの発言は……仕方ないものだと思う。誰だって隠し続けた慎ましい努力を、自分より才能があるやつのいる場で晒されたらきっと私と同じ言葉を吐くはずだ。
だから、サトカ、ヤマサト……一瞬だけ見せたその冷ややかな視線を取り消せ。
そして私がこんな小説への冒涜、自分の生み出したキャラクター達を馬鹿にするような言葉は私の本心ではないと、大声で叫びたい気持ちを察してくれ。お前たちだって小説書きだろう。
私はお前たちより、お前たちよりずっとキャラクターに深い気持ちを持っているんだ。ただお前たちみたいに厚顔無恥に自信を持てるほどの才能がなかっただけなんだ。
だから――――――許して。
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