不思議の国のアリスに殺される「一」
おはようは昼過ぎ、こんにちは狂気、こんばんは正気。
私は今、病んでいる。それは認めよう。通院も、投薬も、家族の心配も受け入れよう。時折原因不明の不安(に似たようなもの)に苛まれ、何も出来ずに寝込む日が数日続くことも受け入れよう。
でも私はこれだけは受け入れない。私が「書けない」ということを。
ルイス・キャロル著『不思議の国のアリス』
私が大好きな一冊だ。大好きとはいっても私はこれを過去に一度しか読んでいない。何度も読めるほど、この作品は軽いものではないのだ。
でも、自分でもよくわかっている通り、この歴史に残る名作を私は自分の作品へと取り込もうとした。カクヨムに連載している『殺罰―さつばつ―』の中で不思議の国のアリスそのものを登場させたのは、この作品の偉大さに私が挑もうとした痕跡。
今私は、この強大なる不思議の国のアリスを一字一句模写している。一ページ一ページ、誤字脱字がないように確実にコピーする作業だ。書き込む先はパソコンの中ではない。原稿用紙に、ペンで。少しでも書き間違えたらやりなおし。ミスの形跡のある原稿は破棄する。
「はぁっ……はぁっ」
呼吸が荒くなるほど、この作業はつらい。開始早々はこのいかにも狂人といった作業に酔っていたせいか、ずいぶんとペースよく進んだ。でも途中で一行抜けていたことに気がつき、見直し、いくつものミスに気がついてしまってからはまるで義務だからと強制されているかのような気分になった。
「所詮私は、狂っているふりをしているだけ。本当に……狂う勇気なんて無い」
やめよう。あきらめよう。まだチェシャ猫すら出てきていないけど。私は処方された薬を飲むとベッドに横になる。
「ソネミ、助けて」
勝手に涙があふれる。こんなのはよくあること。こうして泣くと、私は冷静になってしまうんだ。そして体がだるくてだるくて起き上がれない朝が来る。そしてその朝もなかなか寝付けないせいで、どんどんずれ込んで、朝が昼になってしまうんだ。
「ソネミ……」
ソネミに会いたい。あの優しさに触れたい。でも、私はカクヨムにログインする勇気も、気力も失っていた。医者はこれを鬱病ではなく「鬱症状が出ている」と表現した。つまり私はまだ自分が何ていう名前の病気かを知らない。
「ソネミ……」
薬はくじ引きみたいなものだと私は思う。効きの良いときと、効きの悪い時と、効かない時がある。でも今日は当たりだ、いい感じに眠い。今日もまた、たくさん夢を見るのだろうか。
嫌な、夢を。
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