私は小説を書く、これからも

最終話:遺書(或いは私の第一話)

 ヤマサトが死んで半年。私にある手紙が届いた。差出人はヤマサトの母。


『手紙であることをお許しください。』


 その手紙の書き出しに、何故か私は心奪われた。手紙とともに同封されていたのは、ヤマサトの遺書の一部のコピーであった。私について書かれていた記述の部分だけを切り出してくれたらしい。


「…………」


 本当はヤマサトは、家族と私別々の遺書を書きたかったのだろう。そしてそれだけの文章を生み出す力は彼女にはあるはずだ。でもそれができなかった。(きっと書くことはできても、私に渡す方法を思いつくことができなかったのだろう。)だからこうして、家族への遺書の一部に私へのメッセージを置いたのだ。そうすれば必ず私のところへ届くと。


「いじめ……か」


 ヤマサトを殺したのはいじめ……一見するとそのような気がするけれどきっとそれだけではない。彼女の中にあった様々な割り切れない感情が、彼女を殺したのだ。母親の手紙には『思い出すのが辛く、お渡しするのに半年もかかってしまい申し訳ありません。どうか小説を書き続けてください。』と書かれていた。それはヤマサトが遺書の中で、こと。きっとヤマサトは、この遺書にすべてを書ききっていない。なぜならその文章は「ネコロネコなら読み取れるだろう?」と言わんばかりに短く、情報量が少ないものだったからだ。



『カクヨムをやっていてよかったと思う。あんたと小説書きとして会えたから。私は今から死ぬ、でもそれは小説家としての死じゃない。だから✕✕✕✕あんたは生きて、死ぬなら小説家として死んで……いや、死なないでほしい。こうして死を前にして思うけど、死はとても見たこと無い色をしているものだ。春が来ない土地で春を待つように、あんたはネコロネコであるべきだ。』


 私は、きっとこの難解な文章に込められた真意を全て理解することはできないだろう。死の間際にあのヤマサトが書いたこの生きた文章の。


「ねぇカクヨム、ヤマサトはさきっとカクヨムがあったから小説を書けたんだと思うよ」


 真っ白な中に少し濃い目の水色のある空間にプカプカと浮かぶカクヨムのロゴに、私は話しかける。


「そうですか」


 カクヨムは、私の声に応える。


「私さ、なんとなくわかる気がするんだ。今の私は賞に応募する用の小説を一本書き上げることはできない。でも、こうやって日々小説に向き合うことのできるカクヨムがあるから――――」


 涙が溢れる。ヤマサトに会いたい。でももうヤマサトはいない。


「小説をなぜ書くのか、書いてしまうのか理解できている人なんてほとんどいないです。でもネコ、小説を書けるのは生きている人だけです」

「うん、そうだね、そうだね。私は書き続けるよ、小説を」


 ふと、優しい風が吹いた気がした。でもこれはきっと気のせいだ。


「無料で小説を書ける、読める、伝えられる。それがカクヨムです。カクヨムに書けば伝わるです」

「うん」


 誰に伝えたいのか、何を伝えたいのか。私にはそれはわからない。私の中の言葉に出来ないバラバラの気持ち。ジレンマにも似た焦燥感から苛立ちを引いて不安を足したような気持ち。そしてその気持ちより先に、思いより先に、まるで先走るかのように複雑になる私の感情。(つまりわけがわからない。)

 それらがちゃんと小説になったなら、私は生きていけるのだろうか。そしてヤマサトの小説の欠片は私の小説の中に息づくだろうか。


 

 春が来ない土地で春を待つように、私は今日もカクヨムに言葉を入れ続ける。新作小説として、第一話を公開する日を得るために。

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