デビュー話に殺される「一」
まだ未公開状態で保存してある、ソネミを主人公にした小説の連載版『ソネミちゃん、スメる!』の修正作業をするためにパソコンに向かっていた私の部屋に響いたのは、スマホにメールが届いた音。送り主はキリシマ・サトカ。
「そっか……」
私は被害妄想がひどくなり、サトカに小説を奪われる夢を見てからずっとサトカと連絡をとっていなかったんだ。サトカからも連絡が無かったから、特に気にもせずに。
サトカの要件は、いつかサトカが私に見てほしいと言っていた小説が書き上がったという連絡。私はそれに「お疲れ様、いつ見ようか?」とシンプルに返事をした。
約束の日、私はサトカの家が経営する古書店に向かう。
「お邪魔します」
「あ、いらっしゃい。サトカー! 友達来たぞ」
店番をしていたサトカの父が大きな声を出す。
「✕✕✕✕、きてくれてありがとう。あがって!」
古書店の奥の扉の向こうが、家になっている。歴史を感じる作りがなんとも良い雰囲気だ。サトカについて階段を上がると部屋が三つ。そのうち一番奥の部屋がサトカの部屋らしい。
「えっ」
部屋の扉をあけると、見覚えのある顔があった。『砂塵は笑う』の作者でもある元同級生ヤマサト――確かサトカと喧嘩したって聞いていたけれど。
「人の顔みて、そんなびっくりするなんて失礼だよね」
「あ、うんごめん。ヤマサトがいるとは思わなくて」
なんだか学校の印象とはずいぶんと違うヤマサトに戸惑いながらも、私は布団を外したコタツの前に置かれた座布団に座る。ヤマサトと向き合わなくて良い位置に。
「えっとごめんね、二人に二人が来ることを連絡したつもりになってて……」
「いいからさっさと小説見せなよサトカ。わざわざ揃うまで待ってたんだからさ」
「う……うん」
ヤマサトの棘のある発言に促され、サトカはプリントアウトした原稿を私に手渡す。
小説の内容は、確かにサトカが事前に言っていたとおりライトノベルであることを意識したものだった。流石サトカと言いたくなるくらい読みやすく、スイスイと文字を消化していくことができる。
「つまらないわこれ」
パンという音は、ヤマサトが原稿を放り投げるように置いた音。
「ちょっと、最後まで読まずに何言ってるの?」
流石に腹がたった。読み始めてすぐに読むのをやめ、人の大事な原稿をそんな扱いするなんて。
「じゃあ✕✕✕✕はこれを面白いと思うの? 最後まで読みたいと思うの?」
「え……」
ヤマサトに気圧されて私はサトカの小説に目を向ける。確かにこの小説は読みやすい。前の作品よりもずっと。でも――――読みやすいだけだ。
「ごめん、サトカ……」
「そこで謝るとかおかしいでしょ? 私達は感想を言いに来たんであって仲良しごっこをしに来たわけじゃない」
その言葉は私の胸に深く刺さった。涙を浮かべて黙っているサトカの心配が出来ないくらいに。
「私はデビューの話をもらってる。あんたたちとは違うんだ、くだらない話をするつもりなら帰るけどどうするの?」
それがどうした! と私は言えない。デビューの話が来ているとヤマサトが言った瞬間、彼女と同じようにサトカの小説を「つまらない」と思えたことが嬉しく感じてしまったからだ。
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