一人称に殺される「五」
「あなたは、今から園芸店に行こうとしているのではないですか?」
そう言って私は彼を止めた。彼の名前は、彼。つまりない。彼は元刑事。今私がいるこの小説『妖蘭』の語り部であり主人公。
「君は一体……」
「私は作者です!」
彼が私を誰かと推測しようとする前に、私は宣言する。
「作者……?」
「そう、それは作者だよ」
彼に答えたのは私ではない。カクヨムだ。
瞬間、世界は白と
「私を、殺してください!」
私が小説世界から抜け出す方法は、一つ。登場人物に殺されること。だから私は彼を探した。サイコパスの宮姫より、ずっとずっと優しく殺してくれそうだから。
「わかった」
良かった、理解が早い。それに雰囲気も悪くない。彼ならできるだけ素早く、痛くなく私を殺してくれる。元刑事ならそれなりな知識も持ち合わせているはずだし。
「一つだけ聞いていいかな」
「え、はい」
彼はカクヨムに私が何かということを、しっかり理解させられているはず。そんな状態なら誰だって聞きたいことくらいあるだろうなと、私は快く返事をする。
一つだけと配慮してくれているあたりなんて、私の人選は間違ってなかったことを証明してくれているようだし。
「君はどうしてこの小説をカクヨムに投稿しなかった」
「ごめんなさい」
私は思わず、謝ってしまう。そしてその時、背後から物凄い気配を感じた。
「え、宮姫……」
そこにいたのは、宮姫だった。
「待って、どうして宮姫がいるの。私は彼を選んだはず」
「ラストシーンから連れてきたんだよ、特別にオマエのために」
カクヨムの声がした。
ラストシーンから宮姫を……つまりこれは、二つある『妖蘭』のうち、宮姫が最後まで生きていた方のバージョン。
私の心が恐怖でひきつる。死ななかった宮姫は――より危険な人物へと成長して――――。
「私が殺してあげますよ、お客さん」
私は今から、この小説で最も殺されたくなかった相手に殺される。
「い、いや……」
「静かにしてください。あ、そうそうスパティフィラムですが寒いのかもしれませんよ。あと、あまり乾燥しすぎないようなところに置いてあげてください」
宮姫は園芸店で会った時と同じ表情で、私に近づいた。
宮姫の殺し方は、あっさりしていたらしい。宮姫は素早く、痛みもなく私を殺してくれたらしい。私が、殺されたことを何も覚えていないくらいに。せいぜい覚えているのは「やめて!」と目を瞑りながら強く叫んだことくらい。
「…………」
生き返った私の視界には、彼も宮姫もいない。これはいつもどおり。
そして世界は、真っ白。
「どうしてオマエは妖蘭をカクヨムに投稿しなかったんだい?」
「カクヨム……」
カクヨムが私に、彼と同じ質問をした。
あの小説を私がカクヨムに投稿しなかった理由は、ない。本当に何もないのだ。
あの小説は私が初めて書いたミステリーで、ミステリーの賞に応募するためのもの。
でも、私はある理由で応募するのをやめた。彼の視点、つまり一人称で書いた地の文がとても低レベルに見えたから。
私はあの小説を書いた頃、一人称を嫌っていた。いや、嫌いというほどではないけれど、あまり好いてはいなかった。当時の私には一人称は、あえて選ばなければ使わないような立ち位置にある存在だった。
そして、そんな気持ちで書いた一人称の地の文はとてもクォリティが低かった。
「ごめんなさい……」
私の目に涙が溢れて零れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
涙は止まらない。申し訳なかった、悲しかった、悔しかった。私はあの小説をなかなか気に入っていたのに、一人称だからと磨きあげることをせず放置したんだ。いつかやろう、いつかやろう、と思いながら新しい作品に手をつけ、新しい作品に夢中になり宮姫達を思い出さなくなった。
「オマエが投稿したいなら、いつでも妖蘭をカクヨムに投稿したらいい」
「そう……ありがとう」
それはカクヨムなりの気遣いなのか、小説投稿サイトの当たり前なのか。
とにかくそこで、私とカクヨムのその日は終わった。
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