短編に殺される「二」

 ソネミに殺された次の日も、カクヨムは私をソネミのところへ送った。


「ソネミ!」


 ソネミは振り向かない。まるで私を無視するかのように。


「ソネミ?」


 呼び方を変えても聞こえない。ソネミは人を無視するような性格ではないはず……なんて考える前に、私はソネミが返事をしない理由を見つけた。


 ♦♦♦♦♦♦


 私の前に、六つ並ぶダイヤのマーク。これは、私が小説の場面を切り替える時に使う記号。カクヨムに投稿された小説はスマホから読む人が多いだろうと予想し、読みやすくするために使いだしたもの。(♦なことにも理由があるのだけれど、それは今は関係ない。)


 つまり、今ソネミは私とは違う場面にいる。


「あれ?」


 ひとつ疑問を解消できた私に、また新しい疑問ができる。

 ソネミがいるのは、白主体に濃いめの水色カクヨム色がアクセントのように存在する空間。わかりやすく言うなら、カクヨムの小説編集画面みたいな景色の中。

 この空間は私が作者だとキャラクターに認識された時に、現れる空間だ。(今までは。)


「かはっ」


 突然、喉の奥から咳のように溢れた乾いた呼吸。私はその時、ようやく気がついた。ソネミと私のいる空間が全く別物であることに。瓦礫、瓦礫、瓦礫、そして砂。この退廃した大地はソネミが生きている小説の中の世界だ。


「かはっかはっかはっかはっ」


 変な呼吸が止まらない。でも過呼吸ではない。これはもっと危険ななにか。

 私はそのまま、仰向けに倒れる。


 ここはソネミの生きる世界だ。第六次世界大戦中の世界だ。つまり、私の喉は、身体は、この時代の様々な現象に汚染されきった空気に蝕まれているということか!


 ソネミは今、カクヨム色の世界にいる。つまり小説の外。そして私は、ソネミの世界……つまり小説の中。


「たすかっは、かっは、かっは」


 助けてすら言えない。どうせ言えたとしても届かない。意識はまともなのに、身体が動かない。


 でものまれちゃいけない。必死に思いだすんだ、この現象の正体を。私は作者だ、だから推測できるはず!


「かっかは」


 だめだ、わからない。

 六回も世界大戦を経験した世界に、私は様々な現象を溢れさせたかった。人工的なもの、必然的なもの、偶発的なもの、本当に多数の現象が闊歩する危険な時代を描きたかった。そう、どんな人であろうと把握しきれないほどの現象を。

 多分これは、その把握出来ないという雰囲気を出すために私が自分の把握の外にあるとした現象だ。(つまり私は、この世界には現象がたくさんあるとしただけで作りこんでいないということ。)


 あれ、私はこの世界観をあえて把握出来ない規模にして、設定を決める範囲を限定したんだっけ?


 自分の考えていることが、バラバラになり整理がつかない。この変な咳のせいで私の頭はおかしくなったのか。いや気が付かないうちに何かに侵されて脳が……。


「かっは」


 突然、私の視界は真っ暗になった。


 ♦♦♦♦♦♦


「オマエは今回、かなり乱れた思考を書き出したね」


 カクヨムのロゴが私に話しかける。


「書き出した?」


 そこは、カクヨムのロゴ以外、なにもない透明な空間だった。少なくともさっきまでいた世界ではない。


「オマエが書き出した。それはカクヨムに投稿される」

「え?」


 私は自分の部屋にいた。パソコンを前にして座っていた。さっきの透明な空間はどこに?


「なにこれ……」


 パソコン画面には、見覚えのない小説があった。そしてその小説を公開しているのは私のアカウント。


「!」


 小説のタイトルは『カッハ』と書かれている。内容を覗いてみると、退廃した世界の汚染物質に苦しみながら死にゆく少女が、訳の分からない思考をするというだけの、意味のわからない短編小説。


「はぁっ、はぁっ」


 ひどい駄作だ。駄作以下だ。

 私は大急ぎで『カッハ』を非公開にする。


「もし誰かに見られてたらどうしよう」


 嫌な汗をかきながら私はPV数をチェックした。


『1PV』

「かっは、はっ、はっ、はっ――」


 私は、生まれて初めて現実世界での過呼吸を体験した。それは私がカクヨムの中で何度かなった過呼吸と、まるで同じ感覚だった。――――カクヨムの中のように、簡単に止めることはできなかったけれど。



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