合作に殺される「一」

 ヤマサトの合作に思わぬ障害が立ちはだかる。妹だ。


「辞めといたほうがいいと思うよ、お姉ちゃん」

「な、なんで!」


 私の小説を応援すると決めた日から、妹はヤマサトの小説も読み続けていた。だからこそ私も妹の言葉を無視できない。


「ごめんねお姉ちゃん、これは小説を書かない私の感想だけど、多分この人と組むとお姉ちゃんは潰れるよ」

「で、でもこんなチャンスは滅多にないよ」

「はぁ」


 食い下がる私に、妹はわざとらしいため息をついた。(きっとわざとじゃないのだろうけど、私にはそう見えた。)


「確かにこの人はレベル高いよ。学ぶことは多いと思う。でも組んだらダメ。お姉ちゃん喰われるよ」


 われるよ――と言っただけだろう。妹は「われる」なんて字を使うようなタイプではない。でも今の言葉を活字にすると「われる」と見える気がするのはなぜだ。


「あんたの意見が入る隙間が無くなるからそう言ってるだけでしょ?」


 我ながら失礼な言葉だ。私の小説を隅々まで読み、カクヨムのランキングに目を通し、ヤマサトや他の人の小説まで読む。その全てを私の小説のためにやってくれている妹に対して、私は言ってはいけないことを言ってしまった。


「そんなことない……でもそう思われてもいいから止めたい」

「ごめん」


 妹は私に怒らなかった。ただ涙をためて、震える声で答えただけだ。


「信じて」

「でも、断りづらいし」


 ヤマサトの顔が目に浮かぶ。あの不細工な泣き顔が。


「大丈夫だよ、ちょっと卑怯だけどさ合作じゃなくてヤマサトさんの小説が読みたいから頑張ってって断れば相手も嫌な気はしないよ」

「うん、確かにそうだね」


 妹の言うとおりにすれば、きっとヤマサトは怒らないだろう。そしてこれくらいさらっとしているほうが、嘘もバレにくい。


「ありがとう、落ち着いたよ」


 私は今、心底妹に感謝をしている。楽しみだ、レベルアップのチャンスだと前向きに捉えていたつもりの合作が私の心の負担になっていたことに気がついたから。楽しみだ、ヤマサトのためだと言い訳をしながら……知らず知らずのうちに私は、自分に無理やり合作をやらせようとしていたらしい。


 冷静になればよくわかる。私がこの合作をやってはいけない理由。きっと私はヤマサトの顔色を伺い、ヤマサトの意見を取り入れようとする。そしてその結果私の小説はヤマサトに侵食され、自分の小説だと言えないものになる。妹は、私の妹はそこまで想像して合作をやらせたくなかったのだ。


「ありがとう、ありがとう」

「ごめんね、キツイこと言ってごめんね、お姉ちゃんがんばってね、一緒に頑張ろう」

「うん」


 抱き合って泣く。そして私は思う、小説という心の奥底に絶対に切れない鎖で結びつけられたものを共有するならば、妹くらい私を理解してくれている相手でないといけないと。ヤマサトはたしかに友達だ。でもきっと私とヤマサトは、思っている以上に浅い。しかも彼女は小説書き。いつか私の敵、少なくともライバルにはなる。そこでの共有は、ありえない。ありえないのだ。

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