「アイデアは、鮮度が命。捌く技術がないなら腐らすのみ」
今日も小説を書けない。ノートを閉じ、ペンを置く。
今日はダントツで書けない。
なぜなら、アイデアすら無いからだ。
昔に思い付いたアイデアは、僕の筆力は到底、及ばなそうだった。脳内の板前二人が騒ぎ始める。
「おい、弟子よ。素人が扱えるアイデアじゃねぇんだ、フグみたいにな。今日は諦めな」
「でも師匠、アイデアは鮮度が命だろ。食えなくなっちまうのは嫌だ」
「ちょっと待ちな、お二人とも」
そこに割り込む、お客様。
「何だ? お客さんの出る幕じゃないよ」
「いえいえ。そこで、僕が編み出した特別な冷凍技術ですよ。コレで冷やしたアイデアは、鮮度が落ちないんです」
そうして、執筆作業を凍結した。残るはカチカチに冷えきったアイデアと、空っぽの頭。
ならばと、新しいアイデアに活路を見い出したいと思い立ち、考えてみたら、この様である。
優れたプロは、多作である。
というのは、よく聞く言葉だ。
あの「われはロボット」のアイザック・アシモフも、「ボッコちゃん」の星新一も、多作であった。そして、多作にして傑作も多い。
異論は有るかもしれないが、作家で生活するというなら、多作は譲ってはいけないのかな、とも思う。
読者としてもその方が、僕はうれしい。夭折してしまった作家や、違うことに熱中している寡作の作家に、ヤキモキしたりする。ファンは「出来るだけ発信してくれ、あなたの作品を読みたいんだ」ってなっている。
アイデア出しを怠るは、百害有って一利無しと言っても良いかもしれない。
何はともあれ自力では限界なので、とりあえず「アイデア 作り方」で検索する。世の中、みんな困ってるもんで、アイデアを出す為の方法論は幾つもある。
マインドマップやマンダラート、オズボーンのチェックリストに……その他もろもろ。
ふむふむ、なるほどー。
ざっと調べて、アイデアは「天から降ってくるモノではなく、愚直に作るモノなんだ」と分かったところで、僕の口からは「めんどくせぇ」と言葉が漏れた。
そもそも、こんなことを他の作家達はやっているのだろうか。聞いたことがない。もしかしたら、作家は天性の好奇心で、こんな悩みなどないのかもしれない。
畳の上に、僕は、体を投げだす。もう今日は考えるのも止めよう、と思った。
視線の先に積んである本を手に取る。柄にもなく図書館から借りた詩集、井伏鱒二「厄除け詩集」だ。パラパラとめくり、一つの詩を見つける。
《その泉の深さは極まるが 湧き出る水は極まり知れぬ》
もしかしたらアイデアも、何度汲んだところで渇れることなく、ジャンジャン湧き出るものなのかもしれない。
じゃあ、現状、今の自分に湧き出ないのはなぜか。
源泉が詰まっとるからだ。
じゃあ、何で詰まってるのか。
凍結させたアイデアで凍りついてんだ。
僕は対峙しなければならないのか。あのアイデアに……あの抱腹絶倒、超絶怒濤のアイデアに……。
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