第47話~過去目視(ビジョンサクセサー)~

「はは、好きに言うが良いさ」

 マンモンは軽く乾いた笑いを挟むと、開き直りを見せる。


「でもーもう手は塞がれたと言って良いんじゃないかぁ?何度だって君の仲間を虐め、殺して、犯してやろうじゃないか」

 奴は調子づいたように続きを話し続ける。


(頭は特段良い訳じゃない……?と信じたいな)

 自分を有利だと主張してくる辺り、面白がっている節がある。

 全てそれを仕組んでいるサイコパスならば……幻覚戦では不利になり得ない。


「ジーニズ」

「…………」

 流石に答えるかと思って話しかけても反応が無い。

 幻覚ではない。はずなのに……


「アーハッハ、バカはやっぱりいたぶり甲斐があるな。今頃相棒も君の名前を叫んでるさ」

 カチンと来てはいけない。だけど……


 俺の焦りと判断不足がこの事態を生じたと納得するには、少し時間がかかりそうだ。


「そうか、じゃあこのまま戦うまでだ!」

 胸に手を当て、もう一本の黒い刀を引き抜く。


 ある場所なんて大体察しが付く。

 あいつなら……ジーニズならどこに秘策を隠すか、どんな賢い手を使って敵を欺くか。


 俺は駆け出し、父さんと同じ方法を取ることにした。

(恨まれたって……構わないッ!!)


 二刀を一瞬で燃やし、奴の足の付け根から腕の付け根までを跳び回って切り裂く。


 一瞬で、且つ怪しまれないように、奴の傷口へ神経毒を送り込んだ……


 いつも使っているのは催眠毒。それを応用して弱味を握る。それしかなかった。

 俺が編み出した訳じゃない。心が読めるであろう二人へ任せっきりだ。


 奴相手に、そんな神経毒を塞き止められる事なく瞬時に移動させるのは難しい。

 挑発からのこの流れを作り、父さんのあの幻覚を見様見真似で活用するしかなかった。


 父さんの脳へ送り込む精神幻覚術、夢幻迷路むげんめいろ


 俺はあの時、多少のラグで確実に落とされた。

 腹を殴ったあれが布石であり、その足止めが顔面への波動弾。

 だとしたら巧妙な回路があるはず……


 その回路を応用し、確実に奴の脳の記憶を漁りたかった。


「フッ、傷など瞬時に塞がる。無意味だ」

 挑発のおかげで奴は本気になりかけている。だから気が付かない。気が付けないんだ。


 知能の高いサイコパスでも、感情論では押し通す事が出来る。

 最近のシリアスな漫画ではありそうな展開だ。


 俺は金銀財宝の地面に着地し、術式を唱える準備をする為に刀を納める。

「ん?」

 マンモンは俺を見て顔を歪めると、自身の体を見つめている。

 俺の行動と共に体の異変に気付いたようだ。


(頼むぞサタン……!俺に魔力を……)

夢幻回路むげんかいろ、標的の心に結合し、時空を越えた心想を見せよ!」

 俺は目を閉じて瞑想し術式を唱える。

 同時に、塞き止められなかった神経毒が奴の脳を漂い、紫色に光るのが見えた。


過去目視ビジョンサクセサー

 淡々と詠唱し、最後の出任せの能力を発動させる。

 心刀で赤く変化していた彼の瞳はエメラルドグリーンの色へと戻る。

 目の前の風景は輝いて真っ白の世界へと自ら歩き出す。



 未来が見えるなら過去も見えるのでは?

 そんな阿呆な疑問が確信に繋がったのは、昨夜ベッドに横になって考え事をしていた時だ。


 まず、何故邪神が能力者の味方をするのか。


 サタン戦で知った禁断の果実とシュブ=ニグラスの存在が鍵になる。

 奴等は故意的に強力な能力を人へと埋め込み、おそらく神達へ歯向かう武器を生み出した。


 そして彼女は邪神側の女神。

 あのリヴァイアサンの記憶初期の神曰く、原初の神は女神と邪神だと言っていた。


 その責任を追うべく三竜神と邪神は能力者側につかざるを得なかった。


 時現夢界ときゆめ女子おなごが、最初の能力者、時空逃走エスケープの伴侶となった最初の目的も監視だと俺は推測している。


 逃走の手助けをする代わりに、常に側にいる。告白染みた方法だ。


 豪乱の側についたヨグ=ソトース、組織の計画書。

 奴が裏で糸を引いている……なんて事も考えられる。


 今回の七つの大罪の順番変えの件。

 父さんにはぐらかされたのも、マンモンの欲望完成形もソレが原因だろう。



 考え事をしながらも、白い世界で奴の核心的な記憶探しをしていた。

 映し出される小さい映像の集まりを見るも、自由過ぎる彼が欲望の限りを尽くす思い出ばかり。


 だが……それは不意に見つけた。

 貧相な家庭で幸せに暮らす親子。優しい顔で映る父と母。


 手を伸ばすも拐われる親には届かない。謎の男に押さえ付けられて届かない。


 俺はその光景を見て、ちょっと怪しいと感じた。

 連れ去る男、押さえ付ける男の全てにモザイクのようなぼかしがかかっている。


(何故記憶に干渉して隠す必要がある?)

 そしてその能力には覚えがある。


 透香の使う記憶干渉能力。

 結局あの能力についても彼女は触れる事を嫌がっていた。


 やがて彼は地面に押さえ付けられてしまう。

 だが、彼の目の前の直径十センチの空間が突然黒く煌めく。


 そこに黒いリンゴが口元に現れ、かじった彼は……

 後の映像は暗転してしまって見えない。

 次は何もない白の部屋で目覚めていたようだ。


 俺は目を凝らす。

 目の前の人物だけにまたモザイクがかかっている。

 だが……そのモザイクは中途半端で甘くなっていた。


 欲望を叶える過程で過去の記憶の鮮明化もあったのだろう……


 白いドレスを着た黒く長い髪の女性。それ位は分かった。


(奴が……)

 相手の好む姿に変わり、知能も下がってしまうというシュブ=ニグラス本来の伝記。

 それとはちょっと違うような……悪巧みをしているような雰囲気がした。


 彼女は彼を抱き締めると、まるで彼を案内するが如く鏡の前に立たせる。


 そこに映ったのは小さな人型少年悪魔……

 涙を流していると、また抱き締められてその映像は消えた。

(そうかそうか……繋がったぞ)


 銀髪男が言っていた悪魔の実。おそらく最初に作られたのは、禁断の果実になる更に前の時代……


 それが奴の最初の布石ならば……

 片っ端から悪魔の討伐も目に入れないといけない。

「めんどくさっ……」

 俺は吐き捨てるようにそう言い放った。


 更に禁断の果実を食べたとされるイヴ。

 よく考えると……

 いや、考えなくても騙された神性もいくつかはいるということだ……


「はぁ……」

 溜め息しか出てこない。

(荷が重すぎる……何で俺が知らん奴らの戦争の歯止めにならなきゃならないんだ……)


 神側が警戒して手を出せないのも、彼女が邪神側だから戦争に繋がってしまうという事だろう。


 まず彼女自身がどれくらい強化されているかも知らない。


「とりあえず前に進むしかないか……」


 乱威智は白い世界の来た道を振り返り、入り口から戻っていった。



 現実に戻り目を覚ますと、マンモンは目を丸くしている。

 奴は頭……きのこ七三ヘアーや曲がりくねった角に手を当てて、何かを探るような素振りを見せる。


(脳を焼き切ろうとしたらこっちが駆除されてたかもしれない……まあそんなことしなくても大丈夫そうだけどな)


 俺は決意めいた表情でマンモンに問い掛けた。

「どうだ?そんな力まで手に入って、家族の顔は見れたか?」


「――ッ!?貴様ッ……!殺す!」

 マンモンはそう言い放つと、またしても巨大な拳を振りかざしてくる。


「生きてる、と言ったら?」

 俺がそう話しかけると、奴の拳が止まった。


「自覚があるのに何故探さない?」

 奴の反応に疑問を覚え、続けて問い掛ける。


「もう生きてる訳が無かろう」

 さっきまで自信たっぷりだった奴とは思えない程、情けなく辛そうな言葉だった。

 でもそれはただの言い訳でしかない。


「お前、もう分かってるんじゃないか?奴の差金で……」

 薄々気づいているというのならば話が早い。俺は奴が悪い事を明かそうとする。


「黙れッ!!彼女は私に全てを与えてくれた……!」

「復讐ではなく生きるための力と言いたいのか?」

 奴は中々引き下がらないようなので、呆れ口調で核心的な言葉を投げ掛けた。


「そ、そうだ。そもそも私が全部殺したのだ……!生きている根拠など……」

 動揺しているのか脂汗が滲み、必死に都合の良い言葉を吐き捨てる。


「だったらこっちも身勝手な妄想を言わせてもらう。まず、連れ去った奴らの記憶に何故モザイクがかかる。次に鏡のお前はどうして返り血を浴びていない?」

 何故奴が殺していないか、順序だてて理由を話す。


「そんな……いや、あり得ない!」

 奴は動揺したまま俯いてしまう。


「そうか?俺はお前の家族もろとも実験台にしたと思うけどな。ちなみにレヴィアタンの仲間……この刀の前の持ち主も奴の毒牙に犯された。奴は全てを手中に収めるつもりだ」

 俺は食い気味に自分の意見を述べる。


 奴は何故か敵を味方にする。

 普通ならば褒め称えるべき行動だが、違う。


 やり方が卑劣且つ自己中心的だ。

 世界を手に入れたい。全てを屈服させたい。その欲求のままに動いている。


「奴は誰かの未来なんか考えちゃいない」

(そろそろだろう……)

 俺は奴に最後の言葉を叩きつけると共に、周囲に注意を向けた。


 奴が動揺し始めてから、周囲から殺気がする。

 そして黒い刀を手元に表し、二刀居合い斬りの抜刀体勢を取る。


「グバッ……!?」

 突然マンモンの心臓が背後から貫かれた。


(ここだッ!)

 俺は一つの立体影と共に左右に別れ、強烈な催眠居合い斬りを抜刀する。


 燃えるプラズマのような紫の閃光が走り、奴の背後にいた二体の死神の首元を左右から斬り裂く。


 交差する光は一瞬で軌道を変え、マンモンの首元へ向かう


「リバァァァァァァァス!!」

 再帰誕リバース。それを叫びながら俺と立体影は奴の首元左右を真っ直ぐに斬り抜く。


(もう一踏ん張りだッ!!)

 俺だけ奴の肩上で空気抵抗を反転させてブレーキをかけると、そのまま奴の頭上へと跳ぶ。


「はあああぁぁぁぁぁッ!!」

 地上に移動した立体影と同タイミングで覇気を放ち、上下交差の催眠居合いを放つ。

 奴の頭上と背後脊髄に雷のような紫閃光が走った。


 未来がまた使ったことのない能力、再帰誕リバースで生き返らせたマンモン。

 それを催眠居合いで仕留めた。


 着地後に辺りを見渡すと、倒れた三人家族は貧乏そうなぼろぼろの服で幸せそうに引っ付いている。


「手間かけさせやがって……」

 目が潤いながらもそう吐き捨てると……


「あれれ~?泣いちゃった?愛しのジーニズ様と喋れなくて寂しかったかい?」

 会話できなかったジーニズは煽りたくて仕方が無かったのか、小馬鹿にするような口調で喋りかけてくる。

 沢山の挑発用語が目を乾かす。


「はぁ……」

 溜め息しか出ない。

「おいおい……少しは感謝の言葉。ほれほれ」

「そうだそうだ。ほれほれ」

 ジーニズに続き、サタンまで感謝の言葉を求める。


 確かにこの二人の息ぴったりな協力無しでは、ここまでうまくいくことは無かっただろう。


「はいはい、どうもありがとうございました」

 棒読みでも素直に感謝の言葉を伝える。

 こうでもしないとこいつらには気恥ずかしくてたまらない。


「よし。でも君、なんで今更技名を言うようになった――」

 ジーニズの問いに俺は過敏に反応して焦った。


「なってない!お、俺は技なんて叫んでないからな!」

 言ってから気付いた。父さんはまだしも愛美に丸聞こえなんだろうな……



 ――宇宙船内――


「…………」

(無表情、無表情。あたしはあいつを……)

 愛美は目を瞑り、頭を空っぽにして無表情を意識していた。

 だが笑みが多少溢れている。


「可愛い弟を見て嬉しいけど、父さんの目があるから隠してる~?」

 パパはすかさずからかってくる。もうそろそろ鬱陶しい。


「うん隠して――ッ!?か、か隠してないし!そ、そそんな訳無いでしょ!!」

 呆れ顔で否定の言葉を吐こうとしたら、全く違う肯定の言葉で認めようとしていた。

 焦ってごまかす。


「そうかそうか……」

 パパはその返事だけで何も言わなくなった。

(うわ、また相当怒ってるよ……)


「パ、パパ?肩揉みでもしようか?」

 無理に作った笑顔で気遣う。


「ん?いやいや揉ませてくれれば充分さ。あっ、肩をだよ?」

 パパの変態染みた言葉使いに、あたしは胸を手で隠して後ずさる。


「あ、あはは。あたしは、大丈夫~」

 引きつった笑顔で答えるしかない。

(このエロ親父……乱威智にもその血があるのが腹立つわ……!)

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