第23話~墓守り~
俺は朝六時に起きて墓地へ向かう。
黒竜暴走では死者は出なかった。
だが病院が崩壊したときは職員や患者や客の多く死傷した。
守りきれなかった事には変わり無い。
追悼の意を込めて墓を洗っていく。
端の方に女性の人影が見えた。ちらりと見るとそこには誰もいなかった……
まあよくある話だ。俺の責任もある。あそこの墓もしっかり洗っておこう。
「ちょ、ちょっと今あそこに……」
気付けば背後に愛美がいた。こっちの方がよっぽど驚く。
「な、なんだよいたのか……」
「居たら悪いっていうの?それより今のって……」
彼女は全身を震わせてビクビクしている。
俺が早朝に出掛けた事を怪しく思ってついてきたってとこか……
「そんなことより……」
「別に怖がる事じゃないだろ。逆に失礼だ」
率直な意見を述べた。
「べ、べべべつに怖がってなんかないし……!」
この通り、彼女は幼い頃からお化けが苦手だ。
昔、寝る前に父さんが面白がって、怖い話ばっかりするからこうなったに違いない……
「そうじゃなくて……あそこの名字って保健室の先生の名字じゃない?」
ちょっと近寄ってみると墓石には柚原絵美子と彫ってある。
「あーほんとだ。あのかわいい先生のね」
「かわいいって……確かにそうだけど……」
『それは褒めてると受け取って良いのかな?』
背後から声をかけられ俺達は背筋を凍らせる。振り向くと誰もいな……華代子先生がいた。
「今一瞬誰もいないって思ったよね?一応先生だよ?」
「はい。すみません。先生のご家族の方ですか?」
墓石の方を見て話を逸らす。それよりそうだとしたらしっかりと謝りたかった。
「ええ。母親よ」
「本当に……ごめんなさい」
俺が間に合わなかったせいだ……のんびりして幻覚の罠にかけられていたせいで……
彼女の方へ向いて頭を下げると、そのまま頭を抱き寄せ撫でられた。
「いいのよ……あなただって頑張って、生き残った人がいる。それで充分よ……」
先生の声は涙ぐんでいた。
「あのぅ……」
もう一つ涙ぐむ声が聞こえた。
顔を上げて隣を見る。愛美がハの字で股を押さえながら膝から崩れ落ちていた。
「お、おいまさか……したのか?」
「ま、まままだよ!腰抜けちゃったから……その……」
彼女が俺達から目を逸らしながら頬を赤らめている。
「ふふ……この子の方がよっぽど可愛いじゃない」
先生から笑みが溢れて俺は少し安堵した。
「ち、ちち違います!そそそういうのじゃないですから……!!」
「くすぐっちゃおうかしら……」
先生はいたずらに微笑み、愛美の前へと腰を下ろす。
「ひっ!だ、だだだめです!」
愛美は体を隠しながら後退りする。
「墓場で何やってるのよ……バチ当たるわよ……」
俺がそんな様子を眺めていたら結衣が後からやって来た。
元々彼女の父母の墓参りで待ち合わせする約束だったからだ。
「ゆ、結衣助けてぇ……」
愛美は立てないまま彼女に助けを求めていた。
「元々苦手なら来るんじゃないわよ……全くもう……!」
結衣がゆっくりと彼女を起こし上げる。
昔からこういうのに弱い愛美は結衣に介抱されていたっけ。
こういう事情に疎い俺はいつも見守っている事しか出来なかったけど。
「い、今あんた失礼なこと考えたでしょ!」
「はいはい。騒がないの。また酷くなるわよ」
扱いに慣れていらっしゃる。
「ほら。あなたも背負うの手伝って」
「あ、あぁわかったよ」
俺が愛美をおんぶするために移動すると、先生がからかうように頬笑む。
「あなた?何かあったのかな?」
「むぅ……」
結衣が愛美の引き渡し際に悔しそうな表情をする。
俺達は先生と別れて、家まで愛美を連れていく途中。二人で両肩を支えるが吐息が艶やかでちょっと気になってしまう。
「まだ我慢できる?」
「うっ、うん……」
結衣が問いかけるも彼女はかなり辛そうにしている。
そんな調子で家まで何とか辿り着けた。
「あら……!またなったの?」
母さんが久しぶりに見た様な表情で出迎える。
「母さんこそ……そのエプロン」
「あぁ……事務の仕事が落ち着いたから」
久々に母さんの手料理が食べれる。
そんな嬉しさを噛み締めつつも愛美をトイレへと連れていこうとする。
「あぁまたなのね……大丈夫よ。あとはお母さんに任せて訓練学校の用意しちゃいなさい……!」
迷わず愛美は倒れながら、母さんに抱きつく。
「ままぁ……」
「はいはい。一番の甘えん坊さん」
そのまま母さんは彼女を支えながらトイレへと連れていった。
「悪いな。付き合わせちゃって」
結衣を巻き込んでしまったことを謝る。
「いいわよ別に……」
振り向くと一瞬目が合って、恥ずかしそうにしている。
「…………」
「…………」
俺は彼女の後ろを見る……じっと広間の入り口の影から俺達を見つめている、鈴と透香を見て危機感を感じた。
な、仲良くなれたんだな……今はそう考えることにした。
その後は訓練学校へ行ったが、傷が痛んでいたため、何事も無く一日を終えようとしていた。
「ねぇお兄さん。進捗は?何か分かった?」
ぼーっと廊下を歩いていると、透香が後ろから話しかけてきた。
「というかお前……そのまま入学できるのか?」
彼女はくの一の様な戦闘服を着ていた。
「ええ。そうよ」
「年齢的に鈴と同じだろ?どうなるんだ?」
「ここで一年頑張って、ある程度学力とか追い付いたら、来年から新一年生になれるって!」
「そうか……父さんに礼は言ったか?」
「言ったわよ!お兄さんもその、ありがとう……」
(その呼び方なんか……くすぐったいな。まあいいか)
「どういたしまして。お前達の家って前と変わってないか?」
「うん……変わってないよ」
彼女はまた暗そうな顔をする。
「そんな暗い顔すんなって」
金色の髪をなでくりまわし、その場を去った。そして俺は目的地へと向かった。
交通手段を使い、隣町の少し離れた林にある時雨の家までたどり着いた。
「おいジーニズ。お前ずっと喋ってないな」
「んあ?悪い。寝てた」
すっかり気を抜いているのか少し心配に心配になる。
でも結衣と一緒にいるときなんて人の事は言えないけど。
「大丈夫なのか?」
「君が寝てる間は警戒してる様にしてるさ。黙ってる時は寝てるか見てないだけだ。気にするなよ?」
(昨日とか思いっきり気遣われてるじゃん……)
「申し訳無いな……」
「それより跡を調べるんだろ?街から少し離れてるだけあってちょっと……管理が行き届いてなさそうだ。気を付けるんだぞ」
ジーニズが少しどもるのも仕方無い。林道を歩くと、途中から道は整備されておらず草木が自由に生えている。
それにその道を少し歩くと……生臭い腐敗臭が漂う。
「相当放置されてるな……気を付けるんだぞ」
「あぁ……」
ジーニズの忠告を耳にしながら、鬱蒼と草木が生えた道なき道を記憶を頼りに辿っていく。
まだ家にも着いていないのに異臭と蝿などがあちらこちらに湧いている。
「何か……違和感を感じるな」
「僕もだ。空間の幻覚とは違うな……」
「引き返すか?」
考え込むジーニズにあえて指示を仰いだ。
「能力次第だ。命に関わるようならこの手がかりはパスだ」
「そうだな」
ジーニズの言う通りだろう。昨日の結衣との身体を越えた戦いで疲労が貯まっている事もある。
だがそれ以前にまだ不死身が不完全だ。カウントを増やす訳にはいかない。
一番悲しむのは俺の大切にしている人達だ。
不安定な山道の様な林道を越えると、静かに佇む築浅で木造の一軒家が見える。
勿論腐敗臭は更に増していて鼻をつまむ。
「くさっ……俺の来ていない三年の間に変わったのか」
昔は和風の小さいお屋敷みたいな感じだった。縁側から入ろうとして時雨に色々言われたのを思い出す。
「確かに……家自体は新しい。この感じは……未来ちゃんと愛美ちゃんは苦手そうだね」
愛美は幽霊が苦手。未来は虫が苦手。これを破って何かすると拳が顔面に飛んでくる。
というのは言い過ぎかもしれないけど、愛美のあの感じから未だに相当苦手だろう。
家の周囲を見渡すが、腐った葉や枯れ葉、ネズミやカラス、虫がうじゃうじゃと湧いている。
「これは……透香も住めそうにないな。そもそもあれほどの精神的ショックを受けてて戻ってこれると思えない」
人工的な作用か、強い意思表明をしないと俺達能力を持った人間が竜化することは無いに等しい。
「そんなに珍しいのか?」
「そうだな。昔、授業で聞いたけど実物を見たのはあれが初めてだ」
「僕は何故か……そんな気はしなかった」
「前世の記憶を辿るのも程々にした方がいいぞ」
時雨家の玄関扉が独りでに開く。
「歓迎されてるみたいだな」
ジーニズの声と村雨を少し気にしながらその扉に近付く。
「怖くないのか?」
「欲に正直である事が正しい時もある」
ジーニズの問いへ率直に答えた。
霊的虫的な物より、今は奴等の組織の手がかりを掴みたかった。
「強い意思だこと……」
特に変化は無く、ジーニズも忠告してこない。そのまま中へと入ると悲惨な光景が広がっていた。
「死体だらけっ……」
ジーニズがわざとらしく呟く。
その部屋には大量のバラバラになった死体が遺棄されており、肉片を覆うほど虫がうじゃうじゃと湧いている。
「ここまであからさまだともう罠だな」
「僕もそう思う」
背後から襲いかかる殺気に、村雨を抜刀してそれを弾く。
入り口の扉が衝撃で砕け散る。
後ろ向きのままの全力で弾いたが手応えはそこそこだ。
「久しぶりだな」
「お前は誰だ」
振り返るとそこにはアサシンの戦闘服を着た時雨勇馬が立っていた。
金色だった髪は銀色に染まり、
「忘れたのか?」
「お前こそここに呼ぶとはな。俺の鼻が良いことは覚えてるだろ?」
残念ながらそんな事を話した記憶は無い。だがこいつは何故か俺の弱点を知ってる。
だから奴の本心に鎌をかけた。
何故戦闘服を着ているのか。聞きたいことは沢山あるが、本物かどうかの方が一番重要だ。
「あぁ……そうだったな」
曖昧な答えが返ってくる。
似たような狡猾な戦術に気を付けろ。偽物は過去に弱いと、ジーニズが前以て話してくれていた。
「ふん。どうやって聞き出したんだ?」
偽物なら独自の判断でどこまでやるか見物だな。
「それを話して俺の何の得になる?透香を返せ。それならお前の仲間に危害は加えない」
彼は単刀直入にそう告げた。
やっぱり性格も何もかもが変わりすぎている。でも……偽物と判断するにも少し早い。
ダガーの剣先を俺に向けた時。その黒い髪が銀色に染まる。
「なっ……!?」
「気を付けろ!」
彼は二つの小刀をダガーのように持って襲いかかってくる。武器も軽いはずだ。
銀色の髪に惑わされながらも、小刀の連続攻撃を体を左右に傾けて避ける。
首を狙っていることが目線からハッキリとわかった。
次は目を狙った下から上への切り上げ、それも左右に避けるがペース自体が早い。
それに驚くべき点はこいつも立体影を使い始めていた事だ。実体のある切り裂きを二、三人が同時にやっている。
鼻が良いため異臭の効果で体が鈍い。最後の一撃が左頬を掠めてしまう。
彼は攻撃を止め、少し後ろへ下がる。
「深追いはするな。痛みを与えれば学習する上から目線で偉そうに言いやがって。まさか忘れたのか?」
(いや!?こいつで間違いない。俺が昔この家に来た理由……)
「熊をつついて竜を出したあれか……」
「覚えてんじゃねぇか。もう気付いてるんだろ?俺は力を手に入れた……無理矢理されたが正しいか?」
「おい、大丈夫なのか?」
「おいおい。お前は何かしてくれたのか?まぁでも、拉致や移民には緩い星だって気付けたから良い事だろ?」
彼の吐く嫌味から溢れだす不満に、答える言葉が見つからない。俺が知らずに見捨てた事に変わりはない。
「エリアを見張っているのは他十六名いるそうだぞ。乱威智」
すっとんきょうにジーニズが喋り出す。
「え……?」
「安心しろ。奴は実験体でただの機械だ。ただの
その場に静けさと緊張がまた訪れる。
「コピー……だと?」
「なっ、なゼ……」
「そうだ。君はこの世に物としてしか扱われなくなった使い捨て容器だ」
時雨も驚きの言葉を漏らし、言葉が急に機械らしくなっていく。ジーニズが更に精神的に追い詰めていた。
「特定の
「つ、使い捨て容器て。例え方……」
呆れているとすぐにジーニズから指示が来た。
「乱威智!早く居合いを!」
「えっ!?ちょっ!おらぁぁ!!」
状況も飲み込めないまま、居合いの姿勢を構えた。
もがいている彼の背後へ、体を回転させながら居合い斬りを放つ。そして首筋に催眠攻撃を……
「え……?」
何か感覚に違和感を感じる。
(これは……!村正を掴まれている!)
まずいと思って目を開けると……
彼は舞っていた俺を見切って、掴んだ村正の刀身を……彼の胸部に突き刺し自害していた。
「自殺……?しかも見切られちゃったし……」
「た、頼むから回転は別の技で試してくれないか?僕凄い焦ったんだけど?」
確かにジーニズの言う通りだ。居合いで試すことじゃない。
(で、でもなんでいつもの真似したら見切られたんだろ?手応え結構自信あったと思うんだけどなぁ……)
「あの……何であいつのこと分かったんだ?」
刀身を機械から抜いてジーニズに問いた。
倒れた時雨の体からは、血に似たベタベタした茶色の液体が吹き出している。
「へ?だってこの王国付近の首都地域には十八地区あるって教えてくれたのは君だろ?」
(ま、まあ確かにそう教えた気もする)
「二人を引いたらそうだと言い切れたのか……」
「あとは憶測だ。能力を感知出来なかったから、感情的になるまで
「あーなるほど。暴走状態になるってはっきり分かんだね」
「君ほんとそのネタ好きだね……」
居間の死体に黙祷をした。そしてここからさっさと出るために資料部屋を探すことにした。
「虫は少なくなったな」
彼の祖父の部屋だろう。本棚が沢山ある。昔、自慢されながらそう案内された記憶がある。
「やけに整備されてないか?」
「記憶に残る気持ちに嘘はつけないってとこか……」
そういや昔から家族を大切に思ってたな。
だからそのために手がかりを探さなきゃいけない。
本のタイトルを見て判断するが……どれも手がかりにピンと来ない。
「本人の部屋ってどこなんだ?」
「あぁ。あっちだ」
廊下に出て一番奥の部屋に向かう。飛んだ血の色もなくなってきている。
時雨の部屋へ入ると……壁に驚くべき程の数の血文字が書かれていた。
「助けてか。古いものと新しいのがある。実際にここへ逃げて来て……あまり想像したくないな……」
「能力発動の実験場だったんだろうね。ベットの下にもなんかあるぞ」
「み、見たくねぇな……」
色々漁るが手がかりは無い……見るしかないか。
「ん?ノートか?あと日記もある」
ノートの方には地図が貼り付けてあった。
「宇宙船内部と何かの建物の地図だな」
「その建物は……見覚えがあるかもしれない。どんなだったかは覚えてないが……」
俺が中身を見てそう告げると、ジーニズは見覚えがあるようだ。
ということは二百年以上前からある建物?でも構造的にかなりの広さだ。
それとは別にまだ奥に何かある。手を突っ込んでみる。
「かなりの収穫だな。奥の方には……うわっ。何これうわっ……てかこれもっ。うわっちゃんと捨てろよ……」
「早くしないと他の奴等が嗅ぎ付けてやってくる可能性が高いぞ。機械なら尚更だ」
「わ、わかってるよ」
ジーニズに早くした方が良いと注意される。
(でもこれは流石にちょっと……そ、そのそういうのがあるのも分かる。ゴミ捨てられなかったのも百歩譲って分かる。でも……この類い系はまずい。法的に)
「ま、まあ割り切れ」
「は、はぁ……」
そのままにして部屋を去ろうとする。
「持って帰って目覚めなくていいのか?」
「マジで言ってるのか?」
「冗談だよ」
ジーニズの冗談もこういう時はほんと洒落にならない。
帰りの林道を急ぎながらジーニズに気になってた事を聞く。
「そういや突き刺したあれはどうなったんだ?」
「まぁ見事にゴブリンの緑色のが突き刺してたな」
ジーニズがさっきの本について、しぶとく冗談を重ねてくる。
「お前……」
「はいはい機械な。分かったのは寸前に五割位だな。データを消去する途中だったみたいだ。見たけど特に無駄なやつしか残ってなかった」
「無駄なやつ?」
「無駄なやつって言うのはな……まあほとんど日常だ。どんな竜が出たのか気になってたんだがな。出てこなかったから大事な記憶らしいぞ」
「あー森ででたやつね。普通と比べればミニサイズドラゴンだったよ」
「他に何の竜を思い出し……っ!」
手で村雨の鞘を強く握り締めて黙らせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます