第6話~代償~

 愛美は壁を背に逃げようとする。

 だが恐怖のあまり足がすくんでその場に座り込んでしまっている。


「嫌だ……助けて……!」

「君は凄いね……今まで見たことがないよ!」

 未来は座り込んだ彼女の頬を撫でる。


『ドォオン!』

「ひぃっ……!」

 だがすぐ横の壁を殴り、余計彼女を怯えさせる。


『じょわぁ……』

 そして彼女は絶句したまま、尿を漏らしてしまう。

「純粋過ぎてつまらなくなってきちゃったなぁ……ねぇ?ぐちゃぐちゃにしていい?」


 次の瞬間、複数の床のが割れて乱威智が斬りかかってきた。

『バリバリッ!ドガガガガっ!』

「ずいぶん早いなぁ?もっと楽しませてよ……!あともぐら叩きですかー?」



 あまりに来るのが早かったからか奴はイラついている。

 奴は振り返りつつ、右の拳を刀に向かって振りかざしてきた。

 それを予測の上だった。一度挑発に乗ってしまえばこちらのペースだ。


 左足を踏み直し、体と刀の軌道を内側に変える。

 そのまま奴の内側から回り込み、右腕に催眠の攻撃を三度ほど入れる。

『キュッ!キュィッ!キュィン!』

 催眠が入る高い音が鳴った。


 続けて奴の腕を逃がさないように、刀を右腕に絡ませて、遠心力で三周ほど回る。

『キュィィィン!!』


 ジーニズの意識を合わせた特殊な攻撃な為、未来の体からは一切血は出ていない。

 だが斬り付け様に見た顔はあまり変化は無い。まだ終われない。


 そのまま奴の奥の壁に右足を着地させ、壁を両足で蹴りつける。

『ドォン!』

 反動の力で反対側の壁まで跳ぶ。更にターンしてバネのように壁を蹴り直す。

『ドォガン!』


 更に加速のかかった見えない速さで再び斬りかかる。

 奴もやり返すような勢いだ。後ろへ倒れながらも、地に手を着いて宙返りをする。


 飛び込む俺の腹部を、その上げた足で絡ませて止めた……!

「――ッ!?」

 未来の怪力は腕だけではない事に驚く。

 速さに急なブレーキがかかり、腹部を圧縮されて口から血を吹き出す。


「ぐふっ……!」

 奴は宙に浮いた軌道の中で、態勢を整えて足を離した。

 そして俺の腹部に、重い拳のアッパーが振り上げられる。

「ぐはぁあっ!!」

 激痛が走り少々苦しいが、それで怯んだなんて思わせたくない。


 歯を食い縛ってそこから抜け出す。

 空気抵抗を減らし、回転の軌道をもう一度作り出す。それに拍車をかけ、地面に潜り込む。


 彼女の背後から地上に出て、右側頭部目掛けて蹴りを入れる。

 普通の移動でも良いが、柱などが近くに無い分経由地点が無い。だからこちらの方が若干速い。あとは奴が先程、この行動にイラついていたからだ。


 蹴りなど軽く押さえられる事も分かっていた。だから俺は上下逆さまになったまま、奴の右足首を伸ばした左手で掴む。

 そのまま後ろに引いて奴のバランスを崩させた。


 俺は右手の刀を地面に刺す。よろけた奴の左側頭部目掛けて、刀を軸にした回転蹴りを入れる。

 それすら手で押さえられることも読んでいる。


 案の定、奴は左手で蹴りを押さえてきた。

 俺の左足を掴んで動きを封じないって事は……面白がってるのか、催眠が効いて余裕が無いのか……?どちらかだろう。


 受け止められた力を利用して、右足を奴の背中へ踏み込む。

 そのまま奴の右側後頭部へ、ジーニズと催眠の斬撃を放った。

『キュィィン!』


 勿論その攻撃は命中する。何故右手で防げなかったのか。

 崩した右足と押さえた左手。そして前に倒れる彼女は、自然な動作で右手を地面に着こうとするはず。


 その両手が使えない状況では、催眠攻撃を防ぐ事は不可能だ。

 本物の未来なら俺の挙動に気が付いて離れるはずだ。それ程、奴への睡眠効果が早く出ているのかもしれない。


 奴は態勢を整えて五メートル程身を引いたが、もう遅い。今のは確実に入った。

「くっ……!」

 気だるそうに首元を押さえているが、血も出ていない。ちゃんとジーニズとも意識を合わせられたみたいだ。


「はぁ、ナイスだジーニズ」

「そのうち効いてくるはず……もう少しの辛抱だ!頑張れ乱威智!」

 ジーニズの言う通り油断はできない。奴はまだ抗ってくるかのように睨み付けてくる。


 彼の兄貴にとっては、体に取り憑いて意識をも操っている今がよっぽどのチャンスなのだろう。

(その焦りが裏目に出たな……)

「あいつが本気を出す前に畳み掛けるぞ!」


 俺は声を張り、勢いをつけて駆け出す。二体の立体影を編み出して奴を錯乱し、斬りかかる。

 だが、気にしないかのように二つの攻撃はかわされる。天井から襲いかかる本物を見分けてきた。


 一瞬で上部に回り込まれ、右足の蹴りで地に落とされる。

「ぐはぁっ!!」

 すかさず空中から右手のパンチが繰り出され、病室入り口の壁に叩きつけられる。奴のカウンターが見事に決まった。


「そろそろかなぁ……?」

 奴は反対側の壁にいる愛美の方へ振り返った。

 愛美はさっきから何だか様子がおかしい。ぐったりしたまま、ただ呆然と何もない所を眺めている。


 奴はゆっくりと歩いて彼女に近付いて行く。

 それに気付いたのか、彼女は急に震え出してうずくまっている。

 普段の威勢のある彼女とは別人に思える。明らかにおかしい。


「なんか愛美っ――ごほっ……ぐはっ……!お、おかしくないか?」

 喋ろうとしたら少し噎せて血を吐いた。

 声が掠れてしまった。出来る事ならもう少し痛手を防いで片付けたかった。

「そうだな……何か術にかけられているのかもしれない」


 あいつは焦ってイラついた様子を時々見せている。

 俺達が恐れる程、卑怯な手も使ってこない。

「にしては……脅してくる様子もないな」

 と彼に問いかけたら、溜め息混じりの説教が帰ってきた。

「ダメージを受けているのにあんな巧妙な技を……無茶しすぎだ」


 彼の説教を耳で流すと、奴が瓦礫をいくつか投げてきた。軽々と左右に避ける。

「ちっ……」

 奴は舌打ちをする。


「しかもあんな高速移動能力をいきなりいくつも……」

 いつも心配してくれる結衣を思い出す。でも甘えてなんかはいられない。

「まだ終わっちゃいない。なら……!お前にも姉ちゃん達から学んだ俺の根性見せてやるよ」


『一度火が付いたら、燃え尽きるまで止まることなんて……あたしは許さない』

 愛美が突っ走る寸前に話すいつもの口癖を真似した。


 結衣も俺もそんな愛美に憧れていた。だから俺が未来を止めなきゃならない。

「はぁ……」

「へぇ」

 奴の声がジーニズの溜め息とまたしてもハモった。


「息が合うのはそちらの兄弟も同じみたいだな」

 俺はすかさずにやけながら喋る。

「こそこそ喋りも大概にしろよ!」

 拳を俺に振りかざすが右へ避けた。奴の拳は後ろの壁を破壊する。


「暴力的な壁ドンだな?」

「そういう家族の幸せ話聞くたびにイライラすんだよ……!」

 挑発に成功したようだ。ジーニズへ家族の話を聞いた時にも拒絶されたことがあった。


 この兄弟の過去には、こんな魂の姿になる程のきっかけが何かあったはずだ。

 未来の壁を破壊した土煙のタイミングに合わせ、俺は彼女の首目掛けて刀を叩き込む。


 そして数メートルほど退く。

「思うように転んだな――僕は君の家族も素敵だと思うし、割り切れたよ」

 ジーニズは決意を露にする。俺も自慢じゃないが同感だ。


「でも兄さんにはそれは難しいだろうね……?」

 少し間が空いたが、土煙が消える前に奴は一気に距離を詰めてきた。

 あまりの速さに殴り飛ばされた。と思えたが奴の拳は俺をすり抜ける。


 当たったのは俺が作り出した影の能力、分身分離ぶんしんぶんり。これも立体影と同じく遺伝の能力を鍛え上げた能力だ。

 それが壁に当たるタイミングに合わせて、壊れた壁の影から俺が回転しながら飛び込む。


 また催眠の斬り込みを首に当てた。奴は地面に膝と手を突いている。

 距離を離すと気付く。そういえば先程からどうも周囲の音が聞こえ辛い。


「銃の音で流石に耳がお釈迦になったのかもしれないな……」

「お釈迦になるのはお前の頭だ。てか髪白すぎ」

 耳の下を押さえていると、不意に背後から頭をコツンとつつかれる。


 驚いて振り返ると……

「ゆっ……優華ゆうか?こんなとこで何してるんだ?」

 そこには水色の髪のポニーテール。幼馴染のあおい優華がいた。


 服は昼と同じ戦闘服。なんだが……スカートの丈を長くしたセーラー服。持っている武器の釘バットと言い、明らかにヤンキーだ。


 今日の入学式で恐らく三年ぶりに見かけた。名前順も近く、距離も近かったが、別の事を考えていて話す機会がなかった。

「ほんとさっきはずっと下向いてたわね……好きな人と一緒のクラスになれなかったのそんなにショック?」

 その時に考えていた事をズバリ射抜かれる。


 俺の事を貶す彼女は周りの状況を見て、真剣な表情に変わる。

「それよりこれはどんな状況?それと髪色似合ってないから」

(そもそもこいつだって、未来にベタベタしてたから余計話し辛かったんだ……)


「違うからな。愛美が心配だっただけだ」

 でも二人が心配だったのは事実だ。というか兄弟なんだから当たり前だ。

「仲違いしてるのに?」


(そっか、結衣や愛美とは定期的に会ったりしてるからか……)

 そして俺も会いに行くと言っておきながら、三年間一度も会いに行ってなかったことを思い出す。


「久しぶりの会話は冥土でしろやぁ!」

 答える間も無く奴が殴りかかってくる。

 俺は優華を庇いつつかわす。


 だが躱してもなお、廊下の壁に突き飛ばされる。

 先程の攻撃で時間を稼げたのか、優華を庇い切れたみたいだ。

「ど、どうなってるの……?」


 困惑している彼女へ直ぐに指示を出す。

「大丈夫だ!落ち着け。まず部屋にいる愛美を守ってくれ!」

 彼女は無言のまま病室の奥に向かう。

「二人もろとも喰らってやるっ!」

「させるかよ!」


 そろそろ未来も限界が近いはずだ。

 一度当たれば、催眠の攻撃は命中精度と威力が増す。これは生命である限り抗えない。


 ジーニズの説明によれば、この特殊な催眠に抗体を作ると、逆に眠気を引き起こすらしい。更に身体的な問題は一切起こさない。

 弱化の特殊ウイルスみたいなものなのだろうか?詳細を聞いても、今度話すからとはぐらかされてしまうか、違う話に逸らされてしまう。


 次はこちらが先行だ。彼女目掛けて走り出し、俺の姿が一瞬消える。

「またその攻撃か……?全て見切ってやる!」

 天井と地面から飛び出した立体影は、奴の背部に催眠の攻撃を入れる。


 大量の分身分離が壁や床から溢れ出し、断続的に奴へ襲い掛かって目を錯乱させる。

「ならお前のその隙を突く!」


 そして奴は病室の外まで移動した時……

 通路の左右からも二体の立体影が現れ、居合いの準備をする。もう止めることはできない。


 分身と影の能力は一緒ではない。

 音速の移動により分身を生み出し、それを分離させて無構造の自分を見せる。

 だが無構造のため威力が薄く実体が無いに近い。それが分身分離。


 その分離した分身へ、更に速い移動を重ねて実体化させる。

 通常視力と人間の脳では、二つに触れても一切比べが付かない立体人間。それが立体影。


 つまりそれを使っている時の俺は、立体影との間を色んなルートで行ったり来たりしている。

 分身分離の威力は薄くても、数があれば周囲の視界や聴覚も防げる。


 そして必ず隙が生まれる。そこを立体影である本物が仕留める。

 これは父さんから教えて貰った遺伝の能力。遺伝の能力は十二歳でなくても使える。


 星では伝伸でんしん能力とも言われる。だがこの技は俺が更に編み直したものだ。

 あいつは未来自身の体を人質に取らない。つまり自守もしなければまずいという状況だ。


 更に攻撃して隙を作れない状況下で、奴は守るか見切ることしかできない。

 この間にも睡魔は彼女の体を襲うが、分身分離の翻弄は緩まる事もない。


 これが結衣が勧めてくれたトレーニングで鍛えた体力だ。


「これで決める!」

 廊下の双方から立体影の居合い斬りが放たれる。

 今度は本物だと気付いた奴は、その居合いを両手のラリアットで振り払った。

 これもまた立体影に見せかけた分身分離のフェイントだ。


 その居合いのフェイントと、ほぼ同時に左右二つの天井にヒビが入る。

 そこからもう二つの立体影が飛び出す。交差斬りの催眠攻撃を、未来の首から背部目掛けて浴びせる。


 交差した二つの影は未来の左右で着地し、前方に駆け抜けていって重なる。

 他の分身は仕事が終わったかのように全て消えていき、影は乱威智の元へ集まっていく。


「解くよ。刀を仕舞うんだ」

 ジーニズの言われる通り、刀を鞘に納めると白くなった髪も元に戻っていく。


「家族を容赦なく斬れるなんて、あんたの精神力は相変わらずね」

 優華が少し引いた声色で聞いてくる。

「はぁ、はぁ……死ぬ訳じゃない。お前もこれが最善策だって……分かってるんだろ?」


 説得するほどの体力なんて残ってない。鞘に仕舞った刀で地面に杖突きながら答えた。

「ちょっと待って?あれ?僕は初対面だよね。触れてくれないの?」


(もう限界かもしれない……)

「ちょっと――どうしたの!?顔が真っ青よ……?」

 ジーニズと優華の声を上の空で聞いている。俺はそのまま地面に倒れていた。


(まずい……!未来と愛美の様子もまだ見れてないのに、まだ安心できないのに……)

 段々と意識が遠くなっていく。

「あれほど無理をしたんだ。疲れたんだろう。っというか僕の紹介は?」


「お前……こいつに何をした?」

 気を失いつつもジーニズの鞘が、優華にがしがしと掴まれていることは分かった。

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