第2話~異変~
窓の外を見ると、日は暮れて空は藍色に染まっている。時計は夕方の六時頃を指していた。
「病室を出るのも許可取らなきゃいけないとか、やっぱ大変だなぁ……」
鈴のことを心配しながら、あたしは小さい溜め息をつく。
あれから医師と話したところ、明日まで様子を見て放電の症状が無ければ退院だそうだ。
病院での生活は二度目だから、ある程度は慣れている。
だけど夜のトイレには行きたくない。なんて事は口が裂けても誰にも言えない。
「就寝時間までには寝れるといいなぁ……」
先にトイレに行ってしまえばいい。そう思って病室のベットから起き上がった時、何かにビーンと引っ張られた。
「あぁ、点滴……倒れないようにしないと」
二〇三の札がある病室から出ると、弟の
鈴の病室に向かったんだろう。気に食わないが鈴の事なら仕方ない。場所を教えることにした。
「三〇七号室だぞー!」
「あ!?あぁ……わかった!」
びっくりしたのか、変なイントネーションで返してきた。
(あいつの目ってあんなに青かったっけ……?しかも声も……まあいいか。あたしには関係ない)
「トイレってどこだっけ?確かナースステーションと、奥の休憩室との間……かな?」
人の心配をしている場合じゃなかった。
同じ理由で入院していた一ヶ月前の記憶を思い出しながら歩いていく。
『もう手伝わなくていい。やめてくれ』
一ヶ月前放電する寸前、乱威智に言われた一言。
「弟のくせにに調子に乗って……!場所なんか教えるんじゃなかったわ」
少しイラつきながらも後悔すると、突如足が痺れてよろける。
医者にあまり興奮するなと言われていたことを思い出す。
でもよろけたことにより、自分が着替えさせられている事に気がついた。
「ちゃんとパジャマに着替えさせてくれたんだ……」
それはピンク色でチェック柄のパジャマだった。少し恥ずかしい……
武器と戦闘服は病室に置いてある。戦闘服のビリビリはもう無くなってるだろう。
ナースステーションを超えてトイレを済ませた後、病室に戻った。
時計は六時半を過ぎている。夕食が来るまであと少しだろう。
「ふぅ……武器の手入れでもしよっかな」
武器の手入れをする為荷物を探そうとした。その時だった。
「キャァァーーー!」
女性の高い声が響いた。おそらくナースステーションからだろう。
「ん!?何が起こっ――」
『グシャァ!ズシャァ!』
刃物で生物を切り裂く音がする。想像したくもない。
「この音は……剣を使う能力者?」
冷静に考えるが、激しい音が声をも掻き消す。
『ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァーーガッ……ヒュー』
「なっ!何この音!?き、機関銃?」
『まさかこんな時に襲撃なんて……!ま、まずいわね……』
バレないように声は抑えたけど、武器だけを持って外に出る訳にはいかない。
戦闘服に着替えてもいないし、能力は不安定でうまく使えない。
あたしはいきなりの出来事で焦っていた。
(そうだ!鈴と乱威智は!?こんなの絶対に危険だ!)
上の階の二人を思い出した。
「すぅーはぁ……落ち着け。一旦落ち着こう」
深呼吸をしてちょっとだけ落ち着けた。その後、耳を澄ませて様子を伺っていた。
『コツンコツン……コツンコツン……』
誰かの靴の音が静かな廊下に響く。どうやらその音は遠のいているようだ。
「ふぅ……」
細い安堵の息をついた。しばらくすると靴の音は完全に聞こえなくなった。
「一応武器と戦闘服の準備だけしておこう」
『ガタンッ!』
武器と戦闘服に手をかけようとした時、病室のドアが勢い良く開く。
「う、うそ……」
あたしが声を漏らすと、聞き覚えのある声が耳元から聞こえた。
「やっと見つけた。愛美ちゃん……」
耳元からは聞き慣れた姉の声が聞こえた。あたしは一瞬の出来事に驚いたが、彼女の存在にとてつもなく安堵した。
「えっ!うわっ!びっくりしたぁ……未来、だよね?」
声の主は天崎
いきなり近くに来たせいで驚いたが、彼女の方を振り返ると……
返り血を浴び、目を細めて笑みを浮かべている。何があったのか理由を聞くことにした。
「未来……?何があったの?」
「なにもないよー。ふふっ」
軽い笑い声が返ってきた。
『あーあー。ひっさびさに殺した殺した……』
不安が募る中、彼女の小さな呟きを一語一句聞き逃さなかった。
(こ、殺した!?聞き間違いよね……?)
他の病人は……?部屋から誰かが出る物音もしなかった。
あたしは未来と周囲の様子がおかしいことに気付くが、もう遅かった。
左肩を彼女にガブリと噛み付かれる。噛まれた痛みに加え、暗くても血であろう液体が流れていることに気付く。
「ちょ、ちょっと未来!?痛い!離して!やめて!!」
あたしは必死に抵抗する。だが彼女はしがみつく腕も、噛みつく口も中々離さない。
放電して吹き飛ばす力も残っていない。十秒程抵抗し続けると、彼女を押し飛ばして離れる事ができた。
「あともうちょっとだったんだがなぁ……」
彼女は惜しそうな顔で口元の血を手で拭い、こちらを見る。
普段緑色の彼女の目は赤く光り、口は化け物のように牙をむいている。
「み、未来なの!?も、もしかしてぇ……はぁはぁ、あなたの能力がそれ……なの?」
叫ぶと、息も切れて呂律が回らず目眩もする。
あたしがおどろおどろ聞いてみても、彼女の反応は変わらない。
「ちがう。でもこれがあればだなぁ……?ククッ、大丈夫だよ。愛美ちゃん」
(ぜ、絶対おかしい……!普段優しくて可愛らしいお姉ちゃんが……こんなの、ありえ、ないのに……!そ、れより……く、苦しい……!)
「はぁ……はぁ……」
まるで貧血になったかのように目が眩んで、息をするのが凄く辛くなってくる。
「脳内お花畑の能力も応用してみるもんだなぁ!とんでもねぇ副産物だ、なぁ!!」
彼女は何かにくるまれた刃を体から取り出し、振りかざしてくる。
「――うっ!」
力を振り絞り転がって避けるが、足に少し切り傷が出来る。
(あ、あれは……か、刀?)
弟の武器の喋る刀、それに似た刃の光に目を付ける。
でも息が荒くなって、視界もぼやけて何もわからない。考える事もままならない。
「うぅっ……!痛い!」
未来は長い刃物を周囲に向けて振るう。
『ドガァン!ドガァン!』
彼女がそれを振るう度、直径二メートル程の大きい衝撃が、ベットどころか床や壁をも貫き、穴となる。
(ふ、普段より強くなってる……!こ、このままじゃ、逃げることすら……!)
左肩を抑えて足を引きずりながら、壁越しに右手を伝って歩こうとする。
だが体が思うように動かないせいか、すぐバランスを崩して転んでしまう。
段々と痛みが恐怖という感情に変わる。でもそれに気付いているのは未来だけのようだ。
「そろそろ効いてきたんじゃないかぁ?」
彼女はクスクス笑いながら喋っている。
一方愛美は、震えたままで反応が鈍い。目も虚ろになっている。
「怖い……!だれ、か……たす、けて……!」
未来はわざと愛美に恐怖を与える為、包帯に巻かれた刀とミニガンを引きずってゆっくりと歩いてくる……
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