第4話~幻覚の罠~
俺は鈴の病室を一目散に出た後、全身を強烈な違和感に覆われる。
突然夢の世界に引き込まれたかのようだ。感覚に違和感を感じ、少し酔いそうになってしまう。
「これは僕と同じ……人に取り憑いた奴の反応だ。しかも、かなり乱れている」
ジーニズが真面目な口調で語りかけてくる。
(取り憑く?俺達以外にも物を通して能力を覚醒させるやつがいるのか……!?)
彼の口調からして、どうやら相当の強敵というのは伝わってくる。
「俺達と互角なのか?」
変わらず真剣なジーニズに聞いてみた。
「どうだかな。わざと力を溢れさせてるのか漏れているのか……」
彼は考える様子で一度言葉を切る。
「ともかくそこら辺に奴の力が充満してる。近くまで行かないとわかりづらい。面倒だな」
ジーニズと同じ力を持つ奴と会うなんて初めてだ。慎重にしないといけないだろう。
(病院に被害のない方法で済めば、精神的にも助かるんが……)
急ぎ足でナースステーションを越えて、その先のエレベーターで三階から二階に降りた。
彼が言うには二階の待合室が酷いみたいだ。
俺は普段とは違う、夢のような違和感を感じるだけだった。
「ここが二階の待合室か。それにしても真っ暗だな」
二階の待合室に着いたがこの場所だけ電気が点いていない。
三階と少し構造が違うことにも気付く。地形上存在しないはずの、照明の無い古びた通路があった。
その通路のベンチには、見知った赤いパーカーのフードを被った小柄な子が座っている。
それはどこからどう見ても姉の未来だった。
三つ子の姉の
「――未来なのか?先に来てたなら電話してくれ……」
聞いてみるが返事は無い。
「ん?どした?寝てるのか?」
「気をつけろ乱威智!」
ジーニズに大きな声をかけられる。いきなり注意されたので変な声を上げてしまう。
「へ?」
「未来ちゃんが、取り憑かれた……」
「まさか……そんな、冗談だよな?」
俺は引きつった笑いを浮かべるも……二人とも反応が無い。
「誰も知らないはずの力が、なんで
俺はもう一度ジーニズに問う。
目の前で起こっていることが……ジーニズが信用できなくなってくる。
「しかも溢れ出す程の力なんて……未来の体は耐えられるのか!?」
彼女の体は特に問題があるという訳ではないが、丈夫な方でもない。
「おい、未来!なんか話してくれ!まさか敵じゃないよな?能力を解放しただけだよな?」
「…………」
誰も喋ろうとせず、数秒沈黙が続く。
「なあ……!なんでお前も黙ってるんだよ!」
同じく黙りこくっているジーニズに強く問いかけた。
やっと応えてくれたが変な事を呟いている。
「兄さんが僕を追ってくるなんてな。流石の僕でも予想外だったよ……」
「えっ?兄さん?」
(こいつにも兄貴がいたのか?追ってくる?)
「乱威智、全力を出さないと勝てないぞ」
答える間も無く、未来は普段とは比べものにならない速さで踏み込み、右の拳を引いてくる。
避けても衝撃で吹き飛ばされ、追撃がくると感じて刀を抜く。
そして近接の受け身を取る。だが刀では防げずに吹き飛ばされ、ベンチとともに壁に叩きつけられた。
『ドォン!』
「ぐはぁっ!」
背中と腕に鈍痛が走る。
「相当パワーアップしてるな……」
結衣に教えてもらった受け身のおかげだ。ベンチで衝撃を弱めて体の方は大丈夫だった。
壁はすでにボロボロだが……
「いきなりだな痛い……」
ジーニズは痛がりながら、続けて文句を言ってくる。
「君さぁ、急に僕に任せてくることよくあるよね?やめてくれないか?」
だがそんなこと気にしてられない。
何故なら未来はさっきの場所にはもういなかった。
「まずいぞ……どこに逃げたんだ?」
吹き飛ばすだけして逃げるって事は目的が他にあるようだ。
先程の行動も明らかに俺達をここに引き止めていたかのようにしか思えない。
「おーい……ジーニズ?」
返事が聞こえないので、刀身を見つめてもう一度声をかける。
「馬鹿!前見ろ!」
彼が叫ぶ声に反応し、急いで前を向いたら怪物の口が目の前にあった。
横に転がって瞬時に避けることができた。だが太りすぎたヤモリのような怪物は、ベンチをムシャムシャと食べている。
「あいつは何なんだ!?」
「知り合いだ。向こうは気づいてないかもしれないが……」
(し、知り合い?となると結構な大物なんじゃないか?)
「あいつの口の中は
「ホール?」
初めて聞いた言葉に戸惑ったが、とりあえず見つからないようにベンチの陰に隠れた。
「つまり食べられて吸い込まれたら、おしまいという事だよ」
彼の言葉を聞きつつ、隠れる場所を変えていく。
「それより、あいつらがこれを通路の奥の部屋で閉じ込めていたということが重要だ」
さっきの通路の奥は……恐らく使われていない手術室だろう。酷く寂れた雰囲気だ。
「おそらくあそこが
(は?しょうてん?)
彼はどうやらいきなりの出来事に動揺し、集中しているらしい。
でも勝手に話を進められるのは困る。
「あぁ!もうわかった!話はあとで聞くから!」
怪物の蹴った瓦礫を
「まずこいつをどうしたらいい?始末か?後回しか?」
あのデブヤモリは鈍臭いのか、俺達を見失っているようだ。
バレないよう小声でもう一度聞くことにした。
『どうするんだ……?』
迷ってるのか、考えているのか。彼は黙っている。
『おい!今この病院にいるのは俺達だけじゃないんだぞ?』
未来を逃がしてしまったこと。それはつまり取り憑いたこいつの兄貴が、病人や鈴に何をするのか分からないという状況だ。
恐怖と緊張が心を蝕んでいるようで気持ちが悪い……
『――よし!あいつを取り込もう!』
「は?」
予想外の返答に声が漏れる。取り込む?なんの話だ。
『始めるぞ!初めてでも大丈夫だ。その為に僕の覚醒能力があるんだ。なんとかなる』
急に調子が変わったから驚いたが、やるしかないみたいだ。
『はぁ……わかったよ!』
こいつの知識には少ない期間でも何度か助けられた。今は任せるしかない……!
「勿論!じゃあまず刀を構えて」
怪物の物を食べる音が鳴り響いても、彼は聞こえるように語りかけてきた。
だが奴も流石にこちらに気付いてしまったみたいだ。
「グォォオ?」
彼は怪物の声など気にしていないのか、続けて話をしてくる。
「そしたら、腰のあたりまで刀を引いてみてくれ!」
「まさか……居合いの一発で決めれるのか?」
前にジーニズが言っていたことを思い出す。特殊な能力程、最初の攻撃で意識を合わせるのは難しいと。
「グシャアァァ!ギャァァオォゥ!」
怪物は構わず咆哮を上げてゆっくりと近づいてくる。
「ああ!問題ない!合わせるよ!」
ここまで声の張り合いをするジーニズなんて、今まで一緒にいても初めてだった。
「そしたら、目を瞑ってみてほしい!あいつのホールの中心が見えてくるはずだ!」
彼の言う通りにする。
だが声を被せるかのように怪物は咆哮を上げて、不思議な音を立てる。
「グァァアア!キュゥゥゥゥゥ!」
目を瞑りともかく集中して、一発で決めれる時を
「早く!吸おうとしてるぞ!」
真っ黒な世界の中で赤い斬れ筋が見えた。
「行くぞ!!」
「グゥキュァァーー!ギャァァォォォオオオ!!」
怪物は必死に奇声を上げている。
次の瞬間、奇声もろとも怪物は黒い塊に凝縮して彼の刀身に吸い込まれた。
「よし……!成功だ」
彼の嬉しそうな声とは裏腹に先程の事を思い出していた。
(今はそれよりもあいつを追わないと!でも成功だという事は……)
「失敗する可能性もあったってことか……?」
「ま、まぁな……?」
彼は気まずそうに答える。
(なんて無茶苦茶なんだ……)
「あとでじっくり話を聞かせてもらうからな。それより未来を追うぞ!反応はどこだ?」
「待ってくれ……今ので急激にエネルギーを消費したんだ」
「そ、そうか」
もどかしいが数分経つと彼は息を整えたのか落ち着いてきた。
なのでさっき思い付いたことを聞いてみることにした。
「あいつの目的はやっぱり……鈴の時空干渉の能力なのか?」
「そうかもしれない。けど分からない」
時空を干渉する能力というのは、時間を停止させたり、新たな空間を作り出すことができる能力の事らしい。
この星の国家機密らしく、現れた事のない伝説な能力らしい。
「そんな大層な能力をなんで鈴が……」
どうやら最近、その能力の
先月の愛美が暴走した、図書館盗難の事件の後。盗賊のオーナーを探し出して、ジーニズの能力を使って問い詰めた。
そうしたらよくわからない単語を予言のように唱え始めていた。彼が予想するには人工言語だという。
つまり、そんな恐ろしい連中から鈴を守らなきゃいけない。
鈴の能力ももう目覚めかけている。
だからこれから強くならなくちゃいけないし、鈴自身にも強くなってもらいたい。
「鈴の事が心配だ。上の階から力の反応はないのか?」
「それは大丈夫だ。あとさっきので空間の暴走に対抗できるようになった」
彼は息を整えてもう一度話し始める。落ち着いているということは大丈夫なんだろうと思い、少し安堵する。
「
違う報告も返ってきたが、彼の知識にはいつも助けられている。
「わかった。ありがとう」
しばらく周囲を警戒するが、驚く程誰もいない。
「割り出せたぞ、まだこの階にいる。この時間で充分に逃げ切れたはずだが……性格の悪い兄さんは、消耗を狙って何かしら仕掛けてくる気なのかもしれない」
ジーニズはある程度の予想を立てる。
「なるほどな」
俺が相槌を打つとすぐ答えが帰ってきた。
「場所はわかったが……愛美ちゃんのいる病室だ……」
「――なっ!?」
こいつの兄貴がどんなやつかは知らない。
だが彼を疑うより愛美が襲われることに物凄く焦っていた。
「なんで愛美の場所にいるんだ!?あいつの目的は一体なんなんだよ……!」
「待て乱威智!時間は何時だ!?」
唐突に彼が真剣な口調で聞いてくる。
「六時半だ……」
待合室にあった時計を見るが時刻は六時半だった。鈴の病室にいた時間と全く同じ。
移動時間、怪物と対峙していた時間も含めて、もっと時間が経っているはずだ。
「そんな……兄さんを探していても能力の反応がない!」
彼は急に焦った様子で危機を伝えてくる。その報告はまだ続いた。
「もしかしたら……幻覚世界に引き込まれたのかもしれない」
「幻覚!?」
幻覚の能力なんてあるのか?初めて聞いた言葉を聞き返す。
「今の兄さんならやりかねない――それを使っての奇襲か……」
彼はまた考え込み始めた。愛美が危険だと知って動かない訳にいかない。
「おい!だったら急いで病室に向かうからな!」
「いや……待て!」
彼に少し大きな声で止められた。だったらどうしたらいいんだ?
「今度は何なんだ!?」
「乱威智!落ち着くんだ!今にわかる」
次の瞬間、辺りの視界が真っ白になる。
気付いたらさっきとは違う雰囲気の二階の待合室にいた。
蛍光灯も点いていて、人も何人か座っている。
更にさっきまであった手術室の通路は無く、その場所にはナースステーションが広がっていた。
何故、今幻覚が解けたのか……そこで一つの予想が頭を
「もしかしてあいつの幻覚じゃなくて……デブヤモリを吸い込んだからだったのか?」
「そ、そうだな。今度から少しでも現実と違和感を感じたら、その場からあまり動かないか、なるべく仲間と近くにいた方が良い。今回は違うが熟練者が使い手なら帰れなくなる事もある」
俺のネーミングに戸惑いを隠せなかったのか、彼は若干驚いていた……
まあアドバイスもすぐ返ってきたので安心した。
それはともかく、これからどういう状況でも冷静でいられるようにしないと……
「わかった。気を付ける」
「それと、あの怪物を取り入れたことで空間を駆使した幻覚も――」
彼の話がゆっくりと途切れた……
恐る恐る前を見ていると、待ち構えていたかのような笑みを浮かべた未来が立っている。
奴の周囲にはそれを守るかのように沢山の銃器がセットされていた。
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