8章 姉弟全力勝負編

第31話~轟く雷鳴~

 向かった時雨家からは、多少の腐敗臭が臭う。でも隅々まで清掃されていた。


 近くで待機していた治樹さんに駆け足で近寄る。

「清掃員には言ったんですか?」

「いや、運良く俺が見つけた……」

 彼からジップロックに入った資料の束をもらう。


 そこに書いてあったのは……

『竜化エネルギーによる人工竜人計画』

「なっ!?」

 その計画表はもう一年も前の物で、最終段階まで成功しているようだった。


「一応天崎家に伝えなきゃまずいだろ?」

「母さんは出なかったんですね?」

 星の代理責任者である母さんに連絡を取ったのか、一応確認してみた。


「いや、お前がをするんだろ?」

「デスティニーから聞いたんですか……?」

 仮にも治樹さんはあの竜と同じ位、兄さん達の失踪にダメージを受けたはずだ。


「あぁ、辛い者同士傷の舐め合いでもしてたんだよ」

「庭に忍び込むなんて……」

「逢引きかぁ?」

 ジーニズが軽口を挟んだ瞬間、治樹さんに胸倉をガシリと掴まれる。


「言っとくが、俺はまだお前を信じてない!」

 睨んでくる紫の瞳は少し潤んでいる。

「お、落ち着いて……」

「は?」

「ください……」


 彼は大きな溜め息をつくと手を離してくれる。

「時雨の機械は回収できましたか?」

「一応な……」

「解体頑張ってくださいね……」

「どうも」

 彼はそれだけ言い放つと、用具片付けが終わった清掃員を引き連れて帰っていった。



 次の日……五月最終日の朝。

 俺と愛美は訓練学校の校庭で決勝戦をすることになった。

 母さんから了承を貰い、今日の開校時間を昼まで伸ばしてもらった。

 代わりなのか午後は、母さんの特別講義になるらしい。


「こっちの準備は平気よ!」

 愛美は両拳を合わせると、体に電撃を帯び始めた。

 そして二つの拳から電撃の爪が生える。


 俺は守るために全力を尽くさなきゃいけない……

「大丈夫だ」

 そう言った途端、彼女は素早く移動してきた。


 妖刀村正を右手で抜刀する。

 刀をダガーのような持ち方に変え、彼女の右爪を右に受け流す。

「嫌味!かなっ!?」

 恐らく時雨の人工機械が使っていたダガーのことを指しているのだろう。

(あの機械の情報の取得が早い……まーたハックしたのか……?)


 刀をもう一度元の形に持ち直す。

 続けて死角から現れる彼女の左爪を、刀身でぶっ叩く。

 刀と爪は火花を散らしながらぶつかり合う。


「捕まっても知らないぞ……?」

「その時は弁護よろしく」

「はぁ……」

 彼女はそんな軽口を叩きながらも、ちゃっかり俺を麻痺させてくる。

 足が痺れても踏ん張るしかない……

(負ける訳にはいかない……)


 俺は鞘を抜き取り、彼女の腹部を突く。

「――ぐっ……」

 怯んだところを距離を取り、体勢を立て直す。


 数回ジャンプして痺れを取る。

 痺れが取れた瞬間、地面を踏みつけて立体影を二体左右に出す。


「来たわね……?」

 彼女はニヤリと口角を上げると、電撃を強く帯び始める。

(まさか……)

 上を見る。雲は段々と灰色に染まっていく。


「本気で殺しに来るね……」

 ジーニズも少し焦っている様子だった。

「上等だ……!」

 俺も心臓を村正で貫き、心刀こころがたなを使う。


 自身の胸から血が溢れ、黒く染まった物が再び自分の中へ戻っていく。


「おぉぉらぁぁ!!」

 彼女が電撃を帯びたまま、タックルしてきた。

「ぐはぁっ……!?」

 抜こうとした刀は再度胸に刺される。


「――ウッ……ぐぐ……」

 酷い吐き気や目眩、倦怠感が体を襲う。

 右手の村正とは別に、左手が勝手に動く。

 そして胸から現れたもう一つの刀を手にしようとする。


 彼女にだけ……思いのままにできる彼女にはこの気持ちは分からないだろう。

 そんな甘えが俺の左手を動かしている。

(俺にだって……)

「無理だ!乱威智!」

 彼女はジーニズの声に驚いて、手を止めている。


「はああぁぁぁつ!」

『ズバァァン!』

 両手で両刀を引き抜くと、銃声のような轟音が鳴り響く。


 結衣との決戦時同様、髪は黒く染まる。

「だ、大丈夫か!?」

「あぁ……」

 ジーニズの声は聞こえる。

 なんとか正気は保てているようだ。


「なら、続けるわよ……!」

 愛美は爪を地面に叩きつけて、電撃の衝撃波を起こす。

 こちら向かう衝撃波を、黒と赤に染まる二刀の二振りで打ち消す。


「オラァ!」

 その打ち消した隙間から彼女が姿を現し、電撃爪でんげきそうの強撃をしてくる。

 何度もそれを二刀で受け流す。


 全身の痛みに混じって痒みが出てくる。

 でも意識はそこに向いてないため、気にならない。


 それより疑問に思うことがあった。

 彼女の攻撃を受け流す度……

 電撃の力が強くなって、青を帯びていく。


 左右の爪を受け流す中でも、左爪の時が一際大きい。

 俺は黒い刀で両爪ごと振り払おうとする。

『ガガッ!』

(振り払え、ない……?)


 爪の力が強すぎて振り払えない。いくら両爪の力とはいえ強すぎる。

「乱威智!だからやめろって言ったんだ!光属性を強くさせてる!」

 ジーニズが強く注意する。


「負けなさい……あんたの力さえ飲み込めば……!あんたが無理せずとも助けられる!未来だって……!」

 未来の話になった途端、彼女の顔が暗くなった。

 まだ心の整理が付いていないのか、心の底であの恐怖を思い出してしまうのだろう。


「だめだ!お前はきっと未来の前じゃ戦えない……!」

 二刀を重ね合わせて目を閉じる。

 白炎を使ってみると、二刀ともが赤黒い炎を纏う。


 彼女の弱点は、前回同様この炎の熱による火傷だ。

 だが炎は電気を一方にしか通さない。普通ならそれは電力を調整する働きになる。


 だけど彼女の電撃は強力過ぎる。

 そんなことをしたら……

 同じことを予想したのか、彼女は弓を構え始める。


「乱威智!当たったら感電で即死だ!」

「くそっ……」

 だからと言って、前回のようにうやむやな終わり方にはしたくない。


「はああぁぁぁぁ!!」

 矢は電撃を帯びる。俺は避ける為に手出しは出来ない。

 中途半端でも近距離から放たれたらただじゃ済まない。


「おらぁぁっ!!」

 何と彼女の矢は発射寸前で上を向き、天を穿つ。

「まずいぞ……!」

「そうだな……」

 雲はみるみると灰から黒に染まり、電気を帯びている。


 彼女は上を向き、両手を掲げる。

『ドガァァアアン!!』

 雷が彼女に落ちる。そして腕がその電撃を黒いプラズマへと変わる。


 最初から麻痺を仕掛けたのは……

 爪に火による熱を与え、雷を調整する為に……

「してやられたな……」

「それで済むと良いわね?」

 彼女は口角を上げ、ニヤリとする。


 巨大な電撃爪だけでなく、彼女の背中から黒い電撃翼でんげきよくが生える。

 それはバチバチと弾け、電撃による熱い炎を連想させる。


 次の瞬間、彼女は左側に現れる。

 そして両爪を何度も浴びせてくる。

 寸前で分身分離で彼女を惑わせて、地面に潜る。


「どうぞー、好きに逃げ回りなさい」

 そう言う彼女の背後地面から、空気抵抗を操りつつ回転斬りを仕掛ける。

 黒いプラズマに刀を取られる。

「――ッ!?」


『バチッ、ガガガガガガガガ!!』

 触れた電撃が全身を感電させる。

(痛い痛い痛い痛い!!)

 延々と針のような痛みが走り続ける。

 そして吐血が嘔吐物のように漏れる。

「こぼぉっ!がばぁっ……!」


 俺は気付かぬうちに校舎の壁に叩きつけられていた。

「勝負あったわね……」

 彼女は嬉しくも悲しそうな声で喋っている。


 結局は本気の彼女には勝てない。

 ずるいことをしなければ俺なんかじゃ勝てない。でも……

(こ、こいつだけは……!負けなたくない……!)

「負ける……ごほっ!――訳には、いかない!!」


 俺はふらふらと立ち上がり、二刀を持ち直す。

「無理しなくていい!また次にチャンスが……」

 ジーニズも俺の様子を見て、制止してくれる。


「そんな、あまっちょろいことは……もっと――強くなってからだ……!」

「分かってるじゃない。じゃあこれで最後ね」

 愛美は理解したという言葉とは裏腹に、弓を構える。


「カウントとやらであんたを止められるなら安いもんだわ……」

 俺はしばらく動かずにいる。だが一向に輝く矢は放たれない。


「打たない……のか?」

「べ、別にそういう訳じゃ……」

 彼女が恥ずかしがってよそ見をする。その瞬間しかチャンスは無かった。


「極・疾轟斬しごうざん!」

 そう叫び、炎を帯びた村正の突き裂きを放つ。

 しっかり彼女の首元に催眠の攻撃が入ったようだ……


 何故か自分の腹部から血が流れる。

 軽く電撃を帯びているのか、全身が痺れて膝を突く。

 どうやら彼女の反射神経すら才能でどうにかなってしまうらしい……


「――っ!やったわね……!」

 彼女は右手で首元を押さえ、意識を朦朧とさせている。

 起きなきゃいけない。その気持ちが創造現壊イメージパスカルを引き起こすか……

 体の細胞を活発にし、疲れさせて催眠毒で……


「まだ……!もっと……!」

 彼女は残りの力で、矢を天に穿つ。

『ドガァァアアン!』

 また雷が彼女に落ちる。だけど……それを目で受け止めた……?


「な、なにして……」

『あー、冴えた冴えたぁー』

 目を閉じたまま電撃を帯びた彼女は喋る。

 その声は電気を帯びているのか、電磁音のように周囲へと響く。


 更に明らかに変化している点は……

 狂気が如く目玉が黒く変色し……中心は白く輝いている。

 その周囲からは翼と同じような黒いプラズマが溢れている。


 俺にも何をしているのか分からない……

(でもいくら絶対能力といえど……)


『舐めんじゃないわよ』

 彼女は電磁浮遊の瞬間移動で目前に迫り、俺の胸ぐらを掴む。

 俺の心配する気持ちは見透かされていたようだ……


『あんたより……!あたしは!ずっと悔しい思いしてんのよ!!』

 相当イライラしているのか、響く声はノイズの入った荒い声になる。


『もっと全力で殺しに来なさい……!』

「だ、め……だ……!」

 痺れても踏ん張って声を上げる。

『はぁ?』


 今度は首を強く絞められる。

「俺は……!お、まえらを……ま、まもるために……!」

『守られる必要なんて!』


 戸惑う彼女の右腕を掴み、力に抵抗する。

 抗って声を張り上げる。

「お前らはもう……!生き返れない!!」

『言ったわね……!』


 彼女の目力は強くなり、より一層プラズマを帯びる。

「だから!俺は……!何度だって、立ち上がる!!お前にだって!負ける訳がねぇ!!」


 彼女の手を首から引き剥がし、腕ごと壁に叩きつける。

「オォラァァァアアア!!」

『ぐはぁっ……!』


 その時の俺達はきっと……周りの声なんて無音になる程燃え上がっていた。


 もう一度、二刀に力を入れる。

 すると村正に、黒とは違う……銀色の炎が煌めく。

「乱威智……!そういう気持ちなんなら僕も賛成する」

 温厚だったジーニズがようやく諦めてくれる。


「あぁ、でもこれは……」

竜炎刀りゅうえんとうだな」

 ジーニズが笑い気味に反応する。

(絶対適当だろ……)

 そうしている間に、彼女は体勢を立て直して充電をしている様子だった。


「はぁぁぁあああ!!」

 俺は叫びながら彼女へと駆け出す。

 残念ながら俺は技名とかは言いません。さっきは言っちゃったけど……


『アアァァァァ!!』

 まずは右側の互いの武器がぶつかる。

『キィギッ!ガッ!ガガ!ギィギィキィィィン!!』

 爪の内側と左向きにもつ村正の刀身が擦り合い、焦げる轟音を鳴らす。


 次は左の武器を重ね合わせる番だ。

 彼女は村雨を左爪で掴み、ニヤリと広角を上げる。


 だが俺は彼女の思い通り、力など与えたくない。それもあるけど……

(愛美の思い通りになんかなるか!俺は強いんだ!証明してやる……!)

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