第30話~三人のこれから~

 五月も終盤。訓練学校も土日は休みだ。

 少しはゆっくりしたり鍛練したりと、心を落ち着かせたいものだ。


 俺は家のリビングのソファーでゴロゴロしていると、連絡アプリから一件のメッセージが届く。

「全く、少しはやっ!?」

 結衣からだった。『屋敷に来て』


(も、もしかして一人か?)

 結衣と二人きりとなると……

 先日の連続キスの事も思い出したり、心拍数が一気に跳ね上がる。

「ははぁー」

 掃除機をかけた未来が、それをジト目で覗いて頬笑んでいる。


「その、手伝えなくてすまない……」

「いいの。行ってきなさい」

 未来に家事を手伝えない事を謝ると、優しく許してくれた。

 未来を後ろを振り向くと、鈴が透香に色々と家事を教えている姿が見える。


「大した事に繋がらなければ良いけど……」

「そうだな……」

 未来は透香の髪色が紺色になってしまった事を心配していた。


 ジーニズの話によればもう竜化する事は無いみたいだ。

 あの石の詳細は簡単には話してくれなかった。だが何度か訴えかけたら教えてくれたのである。


『召喚石』というらしい。

 彼がこの世で竜の召喚石を見たのは初めてだそうだ。

 本気を出した竜化人間、能力暴走させた竜の力をほどいて、人間の姿に戻すと極稀に落とすらしい。

 俺が、彼女と愛美の心を分かち合わせたから話してくれたそうだ。



 俺は出かける支度も軽く済ませて結衣の屋敷へと向かった。

 屋敷の外門のインターフォンを押す。

「おーい、俺だ。来たぞー」

 気の抜けた声で呼び掛けるが反応はない。


「いないのか……?」

「いや、今出てきてるんじゃないか?」

 そういえばこの屋敷は、彼女に連れられて来ることが多いからか一人で来るのは新鮮だった。


 門の奥からチラリと茶色い髪の女性が見えた。

「い、いるのか……」

「いるのかとは失礼だなぁ……!」

 紗菜さんは頬を膨らませながら門を開けた。


 そして門を開けたと同時に抱き着いてくる。

「わぁーい……!らいちゃん~~」

「あの、会って早々何ですか?」

「そんな言って~、この前した事忘れたんじゃないでしょーね……?」


(この前って……まさか豪乱が来たときの!?)

「お姉さんの耳、弱いとこなのによくやってくれたわねぇ……?」

 俺の体に抱き着いたまま、耳元で話しかけてくる。


「それよりあいつが来た時の事……大丈夫だったんですか?」

「え?あいつって?」

「優華の兄貴ですよ。分かってますよね?」

 彼女はその話を聞いて、妖艶な様子から一変して驚いていた。


「それを聞いてどうするの」

 彼女の声も雰囲気も冷たくなった。

 奴の事に余程怒っているのか、組織のメンバーとして警戒しているのか。

 前者であってほしいと願うしかない。


「優華から全てを奪ったあいつは何があっても許さない……!」

 彼女は抱き着いたまま、俺の普段着の白いワイシャツを手で握り締めながら震えている。


「あの時はショップにいたんですか?」

 あれは本物なのか、気になっていた事を聞いてみる。

 感情が高ぶっているはずだ。だから今聞くしかなかった。


「ん?ええそうよ。ほんと、近くにいたのに情けないわ……!」

「はぁ……あっ、気にしなくて良いんです。俺達が何とかしましたから」

 大した動揺も無く、あれは偽物だったと確信できた。その事に安堵の息が漏れる。


「あれ?もしかして~~、お姉さんのお胸の感触に酔いしれちゃったかなぁ~~?」

 彼女は俺の安堵の息を勘違いしたのか、もっと強く抱き締めて大きな胸部を押し付けてくる。


「むっ!」

 遠くで聞き慣れた声が聞こえる。イラついている様子だ。

 左腕の十センチ位左を青い電磁波が横切る。


「遅い!」

「ご、ごめんね~~愛美ちゃん」

 紗菜さんは抱き着いた腕を離して、愛美の元へと駆け寄って抱き着いた。


「ちがう」

 愛美は間違いなくそう呟いた。

「はいはい……」

 紗菜さんは少し呆れながら微笑む。

 そして愛美をかがませて彼女の胸が愛美の顔を包み込んでいる。


「寂しかったわね~~、よしよし」

 彼女はそのまま愛美の髪を撫でている。

(あ、あの愛美が!?母さん以外の人に……!)


「よおひい」

 愛美はよろしいと彼女の胸に埋まりながら答えていた。

「すげぇな……」

「こ、これはたまげた……」

 嫉妬とかではなく全く違う展開に、俺もジーニズも驚きを隠せず同時に呟いた。


 そんなこんなで中に入ると、結衣と優華が大広間で待ち構えていた。

「ん?何か曲でも聴かせてくれるのか?」

「それが望みとあらばね」


 結衣は真剣な表情で腕を組んでいる。

 愛美、結衣、優華は三人で音楽活動に励んでいる。バンド?という類いなのだろうか。

 でもそんな雰囲気では無いことはすぐわかった。


「大事な話か?」

 気が引き締まる。

 でも考えてみれば話すべきことはいくつもある。

 未来の能力覚醒の事、ジーニズの過去の事、愛美の精神能力影響の事、透香の経過の事、色々とある。溜め息が出てしまう程に。


「だから言ったじゃん。こいつは結衣の事かエロエロな事しか……」

 優華が呆れた口調で俺を見透かそうとする。

 だけど真剣な結衣はその言葉を遮った。

「違うわ。それぞれ話さなきゃいけない秘密があるはずよ」


 そう告げると結衣、愛美、優華の目線が厳しくなり、互いを睨み合っている。

「わー凄い修羅場」

 紗菜さんはそんな様子を苦笑いしながら見ている。


「お姉ちゃんも逃げられないからね」

 優華は紗菜さんの方へ向く。

「あなた以外は全員知っていたとしても?」

 彼女も負けじと暗い顔で威圧している。

(喧嘩中かよ……)


「その話は聞いたわ。けどそうじゃない。お姉ちゃんはあの時、刺客の一人だった」

「敵だったらどうするの?機械かどうか分析したり、拷問したりするわけ?」

 完全に兄弟喧嘩モードだな。


「なら、情に流される奴には任せられないな」

 仲裁も込めて俺がその役を貰おうとした時、嫌な視線を感じた。

「何?それはあたしへの嫌味?挑発?」

 愛美が俺の言葉に反応した。


「はぁ……違うだろ」

「あたしは今すぐにでも始めたって構わないわ。あんたも覚悟決めたんでしょ?」

 呆れて弁解するが、彼女までもが俺の覚悟を問う。


「あぁそりゃあな。お前だってそう簡単に決めたとこ曲げないだろ」

 互いの覚悟が嘘なんて事はもう無いだろう。

 愛美も悩んでいたと、母さんが話してた事が不安だった。

 けどこの調子なら問題無さそうだ。


 強くなって仲間を守るという俺の意思は変わらない。

 不特定多数の弱者を助ける、情に熱い彼女とは違う。


 俺はそれでも仲間を選ぶ。

 才能がある仲間は……いや俺もきっとこれから、命に関わる事に巻き込まれていくに違いない。


「あーでも、らいちゃんに拷問されちゃうってのも悪くないかもぉ……」

 紗菜さんは最初から折れているのか、俺を見てうっとりとしている。


 三人の痛い視線がこっちに向いているような気もするが……とりあえず気にしない。

「もう嘘つかないでくださいね」

 はぐらかされる事は分かってるが……彼女に釘を刺しておく。


「かーわいー」

 そう言って彼女は俺の頬をつつくと、鼻歌を歌いながら二階へと上っていってしまった。


「終わったぁ?」

 結衣が腕を組んでつま先をパタパタさせていた。

「似ちゃったのね」

「お前は余計な事をっ……」

 呆れながら悪態をつく優華を注意するが……


「誰が頑固ですって?」

(やっぱり気にしてたんだ……)

「まあ……姉さんもいなくなったことだし、話すことはさっき言った通りよ」

 結衣はそれでも冷静なのか話を続けた。


「あたしからいい?」

 愛美が軽く手を上げた。

「どうぞ」

 結衣も分かっていたかの様子で、その意見を通させる。


「本当は思い出したくも無いんだけど……優華、あの時あんたは病院で何してたの?」

「いきなり何の事?」

(目の前でごまかすのは本当に下手だな……)


「じゃあ乱威智に聞くわ。あんたは病院内の階層をどうやって行き来したの?」

「エレベーターだ」


「…………」

「話す気があるのか無いのかはっきりしたらどうだ?」

 俺は優華に助言する。でも彼女の悔しそうな顔は罪悪感から来てるのだろう。


「あたしのミスよ……!」

「話すならはっきり……」

 愛美がそれでも答えを追及する。


「あたしの尾行が甘かったから……!だから病院の人も、あんただって未来だって!もう取り返しが、つかないのよ……!」

 途中から愛美は彼女を抱き締めていた。優華は静かに泣きながら後悔の念を口にする。


「でも今あたしに話してくれた。それでもあたしはあんたを憎んだりなんか絶対にしない」

「うぐっ、うん……ごめん、なさい」

 優華は仮面が剥がれたかのように愛美に泣きついている。


(これ……俺まで呼ぶ必要あったか?)

 そんな事を思いながら俺も励ましの言葉を投げ掛ける。

「今後は未来に何かあったらすぐ教えてくれ。いつも一緒にいるお前が頼りだ」

「ふぇぐっ、ぐすん、わかったわ……!」


(あの夜も俺は……辛かったはずの優華を突き放しちゃったのか……)

「良かった……じゃあ次話す事は分かるわよね?」

 結衣が仕切り直して俺の方を向く。


「あぁ、俺からも透香の事で聞きたい事がある」

 俺も彼女に向き直ってそう告げる。そして優華を慰める愛美とも目を合わせて、相互に頷いた。



 屋敷の西側の建物には書庫がある。その更に西側に、デスティニーの好む大きな草原の庭がある。

 書庫にはガラス張りのテラスがあり、それは縦に長い円形の形をしている。

 そこのテーブルに四人で腰掛けて話すことにした。


 俺はポケットから紺色でひし形の結晶を取り出した。

「この結晶って……!」

 結衣が何かを思い出したかのようにその結晶を見つめる。

「何か分かったのか?」

「分かったというかこれって……じゃない?」


 結衣を頼って正解だった。この書庫も彼女がすべて把握している為、何か知っている事があるんじゃないかと考えていた。

 俺と二人は初めて聞く言葉に目を丸くしていた。


「竜化結晶?何だそれ」

 ジーニズも驚きながら彼女に質問する。

(えっ、こいつが知らないことなんて……)

 よく考えてみれば今までもいくつかあったかもしれない。


「普通は知らなくて当然だわ……昔、研究道具に使われていた人工宝石よ」

(だが、母さんが知らないのにどうして……)


「絵本からよ」

 俺が疑問を浮かべていると、彼女が知った理由を教えてくれた。

「絵本?」

「ええ。分家に、伝記や古代文化の研究コレクターさんがいてね。その人が私の為に絵本を描いてくれたの……」


 彼女は途中から悲しそうな声を上げた。察するにその人はもう……と考えるべきか。

「そ、そっか」

 分家というと……昨日鈴が話していた有栖川家という事か。

「でも詳しいことはもう……ここにある研究日記と伝記しか」


 その時、愛美は笑顔で結衣や俺達に語りかけた。

「じゃ!皆で読みましょ!」


 俺達の小さな光。いつもそうだった。

 誰かが挫けそうになっても架け橋になってくれる。

 才能なんかじゃないなんて、本当は俺が一番分かっている……はずなのに。


「ほらほら、場所はどこ?取ってきてあげるから!」

「え、えっとあっちだったかな……」

 愛美に励まされながらも、結衣は彼女を本の元まで案内していた。

 彼女にだけ届く結衣のかゆいところ。

 それは、見てると少し……


「やっぱり、悔しいんでしょ?」

 残された俺達。そして優華が俺の本心に問いかけてくる。

「あぁ……」

「奇遇ね、私もよ」


(そっか、こいつも二人きりだと一人称変えるんだっけ……)

「私ね、ほんとは兄の事なんてもうどうでも良いの……」

「あの時黙ってたのはまさか……」


 優華の兄、豪乱が去る時の事を思い出す。

 彼女は目を合わせるどころか、申し訳なさそうな顔をしていた。


「でも、お前が悪いなんてそんなわけない」

「そうね……」

「分かってても辛いか?」

「うん……」


 兄弟で才能の優劣なんて……

 近付きたくても近付けない、離れたくても離れられない……

 正直すれ違いばかりだ。

 優華もそんなことが沢山あって、沢山奴の心を傷付けてしまったんだろう。


「明日、負けんじゃないわよ」

「あぁ、勿論」

(後悔なんてもう、残さない……!)

 俺は強く右の拳を握る。


(こういう時は黙っててくれるなんて良いやつだな本当に……)

 村正の鞘をそっと触った。

「な、なんだよ……!気色悪い……!」

 少し引いているのか照れているのか、ジーニズは上擦った声を上げた。


「別にー何もねぇよー」

 俺は軽く返事をした。

(でも竜化結晶ってのは何なんだ……?でもそうなると有栖川家の独自研究という事になる……)


 頭の片隅で、暗黒時代に栄えた魔術師一家の話を思い出す。

(謎が深まるばかりだ……)


「おまたせ……」

 結衣は腫れた目を擦りながら近付いてくる。

「資料はこれよ!」

『ドンッ!』

 後ろから来た愛美は、十冊程ある資料を机に置く。


「こ、こんなに……?」

「そーよ!」

 愛美は随分やる気があるようだ。



 俺達四人は日暮れまでその資料を読んだが、読み切れなかった。


『すぅー』

 愛美と結衣は真正面の席で眠ってしまったようだ。

 愛美は結衣の方に寄りかかり、結衣は寄りかかる愛美に頬を乗せて眠っている。


「はぁー、また後日ね」

「あぁ……」

『ブーーブーブー』

 二人して呆れていると、自分のスマートフォンから着信のバイブレーションが鳴る。


 画面を見ると……

『治樹さん』

 恐らく時雨家の清掃、後日調査を依頼していた事だろう。

(母さんには連絡つかなかったのか……)


「出ないの?起きるよ」

 隣にいる優華から少し睨まれる……

(気まずい……)


 そんな気持ちを持ちつつも、電話に応答する。

「はい、もしもし」

『調査は終わった。今すぐ来い』

 電話先の治樹さんは焦った口調で話す。

「え?いきなり」


『じゃあ今手にある有栖川家の資料……燃やしていいな?』

 彼は兄さんの噂を広めた有栖川家を憎んでいる。

 その意外な返答に数秒、間を空けてしまう。

「え……!?いりますいります!ありがとう……」

『は?』

「ございます……」


 優華から威圧の視線を向けられながらも、俺は屋敷を後にした……

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