第34話~最強の魔拳士~

「父さんが昔なんて呼ばれてたか知ってるか?」

「え?」

 父さんは勝負が始まったのに昔話を引き出してきた。

(駆け引きか?)


「最強の……魔法拳闘士?」

 とりあえずそれっぽいのを並べてみた。

 父さんの戦闘スタイル。それは魔法……主に波動とレーザー光線を使いながらも、圧倒的な力を持つ拳での鉄拳制裁。


「な、長いな……」

(絶対今下手な厨二って思ったよね……?恥ずかしいんだけどやめてくれない?)

「んじゃあ……魔拳士?」

 父さんの波動弾は、省略した魔拳と例えても良いと思ったからだ。


「おお!正解だ!よくわかったな?あの魔拳士は負けんしって言われてたんだ!」

(そ、それ馬鹿にされてません?)


「負かしてくれるのを楽しみにしてるよ……!」

 急に目付きが変わる。感情の変貌具合は愛美そっくりだ。


「ああ……!」

 俺は妖刀村正の刀を引き抜く。


「防御姿勢とは……感心しないな?」

 父さんは気付いたら目の前にいて、腹部に右拳から放たれる掌底が決まる。

 かのように見えた。


 ギリギリで分身分離の残像を残しながら左に避けたが、かすった右腹部はひしひしと痛い。


「乱威智!前回通り突っ走るなよ!」

「ああ!」

 ジーニズに注意される通り、鞘を取り出して二刀で構える。


 足を踏み込んだ瞬間、また父さんが低空跳躍で遠距離奇襲をしかけてくる。


 その間で乱威智の目は緑から赤くなり、赤い髪の一部だけが白くなる。


 父さんの右拳を村正の刀身で受け流す。

 その時、既に刀身は銀に煌めいていた。


 数日とはいえ時間があったのだ。

 俺はその間に結衣の銀と赤の剣舞、極・疾轟斬舞を習得した。


「代償無しで極術を……!?」

 拳を受け流された父さんは驚きながらも、受け身で体勢を立て直す。


「平常心を保て、あの人にもそれは簡単にできると考えろ」

 ジーニズにも俺の慢心はスケスケなんだろう……

「ああ、サンキューな」


「はは、堅実だなぁ」

 でももうその場に父さんはいない。


 フィールドに土煙が無いのは確認した

「上か!」

 ここで上に跳んで真っ向勝負か、地面に潜ってタイミングを合わせるか……

(そうだ!)


 俺は分身分離に動きを重ねて、立体影を一体作り出し……

 ブーメラン――空気抵抗最小限の宙回転斬りで、地面と上空を往復する。


『ドガン!ドガン!』

 連続してショットガンのような音が鳴り響く。それは高速で地面に穴を開ける音。

 父さんの上空位置を探って穴に叩き落とす為だ。


 上空から父さんを見つけた。

 叩き落とす時にふと考える。

(待てよ?俺が跳ねる間、ずっと上空に……?)


 浮いた状態で振り返った父さんは、俺の攻撃をかわす。

(魔法で浮いてたのか……!?)


 更に波動の玉を持つ右手で腹部にアッパーされる。

「舐めるなッ!!」

「ぐふぁッ……!?」


 一瞬呼吸が出来なくなり、そのパニックで上空から墜落する。

「意識を持て!僕を離すな!」

「ぐふぉっ!ぺっぺっ!」

 ジーニズの言葉で正気に戻り、血を宙に吐き出す。


 宙回転斬りをして穴を利用し、空気抵抗を増やす。地上に出ようとした時……


「別のルートを使え!」

 地上寸前のジーニズの言葉を聞き入れ、違う穴から出る。


 父さんが出ようとした穴に掌底を放っていた。

(今だ!)

 催眠の居合い斬りを、彼の首元から後頭部に放つ。

 背部にはマントがある為、頭を狙うしかなかった。


『ゴンッ!』

 しっかり決まったようで鈍い音がする。だが俺も父さんに足を掴まれる。

(まずい……!)

 そのまま叩き付けられる……かと思いきや、手はすぐ解かれて十メートル先に放り投げられた。


 すぐに受け身を取って、体勢を立て直す。

 父さんの方を見ると首もとを触っている。

「なるほど……麻痺毒はほんとに体動かないけど、催眠毒ってのはこんな感じなのか……」

 父さんはおどろおどろ喋りながら


「安全なんだろ?ジーニズ」

「そうだ。麻酔や睡眠薬とは根底から違う催眠術のような……」

 まーたうんちくが始まった。


「小難しい話はまた今度聞かせてもらおうかな」

 父さんは首をコキッと鳴らすと、指先から波動の弾を十個程作り出して放つ。

『ドォン!』


 その波動弾を左右に転がったり、高速移動を繰り返して避ける。

 後ろから戻ってくる事も分かっていた。だからいくつかの弾に催眠の斬撃をかます。


 それでもなお戻っていく波動弾は、父さんに辿り着く寸前で止まる。そして彼は、そのいくつかの弾だけを手をかざして丁寧に処理した。

「やはり悪手か……」


「あぁ、俺達だって近接は悪手だ……」

 そう答えると父さんは少しにやけて何かを呟いた。

『俺達、か……』


 次の瞬間、父さんは両手で二つの大きな波動弾を作り出す。

 それに両拳を重ねると……波動を帯びた拳になった。


「あれが……」

「そうだ。お前らがよく見る、敵に妥当な力だ」

 驚いていると、父さんはにやけながら嫌味を吐いてくる。


「じゃあ俺もそうするしかないな」

 迷わず自らの心臓に村正を突き刺し、心刀こころがたなを発動する。


「させるかっ!」

 父さんが瞬間移動で近付き殴りかかってくるが、押し出された刀身で対応する。

 最近、心刀を使用する度に発動時間が早くなっている気がする。


(体が慣れるっていうのはこういうことか……それでも俺は!)

 決意は固まっている!

「絶対に……!勝つ!」


 波動拳となった右手を刀身で受け止め、力を吸収する。

「!?はぁぁあっ!!」

 気付いた父さんは左手も使って殴りかかってくる。


 鞘をもう一度左手で取り出して受け止めるが……吸い取ることはできず、左側だけが劣勢となる。


「うぅッ……!」

「…………」

 父さんは無言のまま、目を赤く光らせる。

 一瞬のうちに跡を残す光は揺らめく。


 そして……

「ガボッッ……!!」

 腹部に激痛が走る。下を見ると……父さんの右腕が俺の体を貫いていた。


「最初で最後の忠告だ。俺より強い奴は宇宙に五万といる。こんな俺に勝てないんじゃ話にならん」

 いつもの口調とは違う低い声で囁かれた。


『ズバッ!』

 腕が雑に引き抜かれる。

「ッ……!」

 俺はそのまま後ろに倒れ……


(諦めるかよ!!だったら……!)

 村正の柄が熱くなる。そして……

「誰にも負ける訳にはいかないんだ!!」


 世界を灰色に変えて時が止まる。村正の力が流れ込み一本一本黒い光が漏れだしていく。

 周囲に粉末と化した黒いキラキラの鉱石のようなものが舞う。


 それは段々と波紋を描き、強くなっていく。

(これが、カウント……!)

 強く意思を念じたからか意識はまだ残っている。


 次の瞬間、波紋が波のように自分から発生する。

 その波は乱威智の髪色を黒くして、手には黒銀の刀を二本出現させる。

 周囲の時間停止も解いて、灰色だった世界は元の色へと戻っていく。


 俺の攻撃ターンが始まった。


 黒銀の二刀を父さんの拳に叩きつける。

 父さんは交互にそれを波動で受け止めるが、力強さと素早さといい圧倒されている。


「はあぁッ!!」

 右の空中から二刀の斬撃を繰り出し、両手で受け止められる事も考えた。

 接触寸前でそれを立体影へと切り替え、俺本体は地面を通って父さんの背後に高速移動する。


(狙うはマント!!)

『ズガガガッ!ザザッ!』

 黒い炎を帯びた二つの同時斬撃は零のマントを焼き裂いた。絶対に抗う火花を散らしながら。


「はぁはぁ……!」

 凄い……怠い。体が重い。恐らくこの状態は……相当な体力を消耗するらしい。

 ジーニズも減らず口は叩けないようだ。


「はぁ、先が知れるな」

「少し……バテただけだ!」

 二つの刀を持ち直すが、重みでふらふらとしてしまう。


「自信が仇となったな!」

『ドゴォン!』

 もう一度腹部に掌底を食らう。避けられる程の力なんて残っていなかった。


「ぐばボッ!」

 遅れて大量の血を吐き出す。

 腹部を貫通はしないものの、その衝撃に吹き飛ばされて受け身も取れず倒れ込む。


(素手で……この力!)

「乱威智。僕の覚悟に勝てないようじゃ、無理だ」

 父さんは呆れたようにその言葉をさらりと告げる。


「まだ、だ……!」

 それでも二刀を地面に突き刺して立ち上がる。


重力波動竜グラビディウス!やってくれ」

 父さんは手を空虚にかざすと、そこから一匹の巨大な機甲竜が現れる。


 カラーリングは茶と黒と緑。腕や足や尻尾や翼、色々な所がかくばった機械っぽさを出している。


「ぐはッ!!」

 上から機甲竜の大きな手で押さえ付けられる。

 重みだけではなく、本当に動けなくなってしまった。


「降参しろ」

 近付く父さんは波動の弾を手に溜めている。

 それは段々大きくなって、ひれ伏した俺の目前にかざされる。


「諦めないッ!!」

 俺は威勢を崩さず、父さんに叫んだ。

「強情だな。愛美の真似事ならやめろ」


 かざされた波動は左半分の顔を焼く。

「あぢッ!!ぐっ……!ヴぅ……!」

 それは猛烈に熱い。痛い。

 でも、負けたくない。目指した壁は目の前にある。絶対に勝ちたい。


 そしてもう一方の顔や目も焼かれて、何も見えなくなる。

 勿論何も喋れない。



 意識は飛び、ある空間で目を覚ます。

「ここは……」

 真っ白の何もない空間。


 訳も分からず前へ進むと……

 手枷と足枷の輪っかが付いた。

「へ?」


 枷におもりが鎖で繋げられる。重みに耐えながらも前に進むが、膝をついてしまう。


 微かな声が聞こえる。

『――嫌!いやだ……!』

 愛美の声だ。目の前に未来に襲われる彼女の映像が映し出される。


『ふふ。仕方無いよ……ごめんね』

 包帯に巻かれた刀を持った彼女は……!

 兄の真助へと変化する。


『どうして!や、やめて!お兄ちゃん!!』

 彼は呆気なく彼女の目を刀で突き刺す。

『いやぁぁあああ!!』


「いつまでこんなの……見せるつもりだ!」

 立ち上がり、その映像を乗り越えると……


 また同じ風景。目先に映像がシアターのように映し出される。


『嫌ッ!ごめんなさい!!』

 優華の叫ぶ声が聞こえて顔を上げる。

「優華……!?」


 映し出される映像は間違い無く彼女の過去。

 それは電気の消えた貴族のような部屋の一室だった。


 先日現れた兄の豪乱。七、八歳に見える彼が幼い彼女を椅子や机等の物で叩いている。


「おい……!やめろッ!!」

 映像に叫ぶが映像は止まらない。


『お前がいるから俺はッ!』

『うぐっ、ごめんなさい……!ごめん、なさい……』

 泣き喚く彼女の声は段々と元気を失っていく。


(無視して行けって言うのか……?)

 目を逸らして歯を食い縛り、映像を通り過ぎる。


『ねぇ!どうして!?答えなさいよ!!』

 また映像だ……

 鈴が荒ぶった声で誰かを責めている。


『じゃああなたは何か出来るの?一人で立ち向かうあの人を止められるの?』

 その声は……結衣だった。

 少し成長した二人が……恐らく俺の事について口論している。


『元々!あんたが兄貴にあんなもの渡さなければ……!――が……お兄ちゃんがあんなに痛くて辛い思いする事なんて!』

 パシン!と結衣が彼女の頬を叩く。


『痛くて辛くても選んだのよ』

『選ばせた。の間違いでしょ……?あんたなんかよりずっと近くで見てきたのは私……!姉ちゃんや優ちゃん、そしてあんたの悪夢を見続けるお兄ちゃんの……その隣にいた私の気持ちも考えなさいよ!!』


 もう見ていられなかった。

 その後も口論が続く。そしてこのまま前に踏み出せばまた違うモノが……俺を苦しめる。


「乱威智」

 ジーニズの声が耳元から聞こえる。

「ジーニズ!?」


「自分を強く持て。君は今、どうしたいんだ」

 それは曖昧で且つ真っ直ぐな質問だ。


「俺は……皆を、皆を救いたいだけなんだ……俺はどうなってもいい。だから!」

「それは嘘だよ」

 呆気なく否定される。彼には一度も否定される事なんて……あったかもしれない。


「そうだな……俺もそこへ行きたい。今がどんなに辛くても……」

「そうだ。じゃあやることは一つだけだ。勝って強くなる……あとは仲間を守って幸せに生きる。そうだろ?」


 ジーニズは俺の本心が分かっているのかそう答えてくれる。

 確かにこんな幻惑の中じゃ、彼が本物かどうかも分からない。


 けど……皆と一緒にいたい。あの仲間達と共に戦いたい……だから俺は……

「やりたいことをやるために立ち上がるだけだ!」



 目を覚ます。また止まった灰色の世界が現実の色を取り戻していく。


「はああぁぁぁっ!!」

 俺は赤く煌めく金色の二つの細剣を振りかぶる。


「なっ!?」

 機甲竜を庇う父さんへ、その交差斬りをぶち当てる。


『ジャキィィィン!!』

 胸を守った腕と、腹部に細かい斬れ込みを入れた。安全だから血も傷痕も出ない。


「痛ッ……くないだと!?」

 驚く父さんを目の前に、俺の猛攻は続く。


 細かく瞬間移動をして、十体程の立体影を作り出す。

(構うもんか!!)


 砂嵐のように、機甲竜まるごと周囲を瞬間的に斬り付ける。何度も何度も。


 自分では数え切れないほど。

 信じる村正ジーニズの声が聞こえるまで俺は催眠攻撃を続ける。


「ぐッ!これがっ……本当の闇属性の、力……」

 段々と彼らの声が弱まるが、隙など見せない。


 四方向から仕上げの居合い斬りを直ぐに放った。

「らぁぁぁああああ!!」

『ズバァァン!!』


 催眠の居合い斬りが決まるも、制止の声は聞こえない。聞こえてないのかもしれない。


 だから彼らを見てみると……もう倒れてぐっすり眠っていた。幸せそうに。


 砂嵐のような連続攻撃を止め、結果五十体程散らしていた立体影を自分へと戻す。


 そして細剣を二つの鞘に仕舞う。

 見た目も豪華な袴と着物に変わっていた。

「ジーニズ……凄いな」

「君が立ち上がったからだよ」

「そう、だな……!」


 気が付くと会場はどよめいていた。

「英雄を倒したぞあの子……」

「というか何度も復活してなかったか?」

「もしかして……不死身?」


 そんな声は無視して仲間の方へ向く。

 幸樹や母さんは笑顔だったり……

 未来や透香、優華は泣いてたり……


 愛美や鈴には恥ずかしいのか目を逸らされたり……

 結衣には……ちょっと照れながら見つめられたり。


「最高の仲間と、出会えたんだな……」

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