第16話~淡い焦げ~

 あの後帰宅すると、充分という程、母さんからお叱りを受けた。

 理由は、俺のはともかく愛美の服がぼろぼろであることだった。

「なんであたしまでこんな格好のまま、正座させられなきゃいけないわけ……?」

 隣にいる愛美は半べそをかきながら、ぶつぶつと愚痴をこぼし始めていた。

 そう、あの赤い着物一枚のみだ。

 何故正座までさせられているのか……勿論母さんはここまではしない。

 だが母さんが心配して結衣に連絡をした所、彼女が探してくれた。

 俺達は帰り道を歩いて帰ってる途中に、彼女に見つかって家に着き、今に至る。

「結衣ちゃん……?もう遅いし……そろそろ良いんじゃない?」

 母さんも気を遣っているのか、結衣の頑固さに気が引けているのかどちらかわからない。

「ダメです。あんたたち……この期に及んでまた本気でやりあったんでしょ?」

 どうやら愛美がぼろぼろになるまで、異能力の練習を続けていた事。

 それが、結衣の怒りのスイッチを入れてしまったらしい。

「いや、ある程度の加減は……」

「ある程度!?そこまで燃やしておいてよく言えるわね!」

 あまりの気迫に周りも騒然とする。時間は十時半を過ぎている。

 母さんや鈴も就寝の準備を終え、二階へ行こうとしていた所だった。

「結衣ちゃん……もう少し静かにね……!」

 母さんは人差し指を口元に当てる。

 結衣を優しく注意した後、母さんは鈴と共にリビングを後にした。

「はい。気を付けます……」

 結衣も少し冷静になったのかと思いきや……振り返った彼女はまだ怒っていた。

 愛美の怒った顔は可愛く思えるのに、結衣が怖いのは何故だろうか……?

「結衣……あたしもう」

 愛美はこの状況が、恥ずかしくて乗り切りたかったのか弱音を漏らす。

「あなたはもうあれを使わないで……!」

「うっ……」

 結衣が彼女を心配してそう告げる。

「朝は……ごめん」

 少しの沈黙が続いた後、彼女は朝の事を自白し謝る。

「違うわよ……どうしてそんなに自分の体を無下に扱えるの……?あんな無茶もうしない

で!辛いことがあったら話してよ。親友ってあなたが言ってくれたんでしょ?」

 結衣は彼女の前に腰を下ろし、彼女を優しく抱き締めた。彼女は結衣を抱き締め返し、

怖い思いに堪えていたのか涙を流す。


 結衣の明らかな態度の変化にギャップを感じ、少しドキッとしてしまった。

 それを見透かされたかのように、抱き締めたままの結衣に睨まれた。

「変な事考えてないでさっさと寝たら?」

「べ、別にそんなんじゃ……」

 愛美もいるこの状況でお前が可愛かったからなんて絶対に言えない。

 しかも先ほどから未来がリビングの入り口でまだかまだかと待っていた。

「終わったー?仲直り」

 未来のお決まりの言葉。

『仲直りが出来ない悪い子にはきつい罰ゲームのおしおき』

 耳にたこができるほど聞かされた記憶がある。

 結衣が俺を見てむすーっとして黙っていると……未来は仄かに笑顔を溢す。

 彼女の笑顔は盾でもあり武器でもある。

「そうかそうか……じゃあ結衣ちゃんにも罰ゲ……」

「わかった!わかったわよ!二人とも言い過ぎた。ごめん」

 結衣も焦ったのか、動揺しつつも謝ってくれた。

(流石に姉ちゃんには叶わないか)

「ほら二人とも……」

 仲直りなのだからと俺達も未来に促される。

「調子に乗って無茶したかも……ごめん」

 愛美も正直者だ。本当の事を話してくれた。

「俺も限度を越えたかもしれない。悪かった」

 俺もあんな初技、手加減して外すべきだったかもしれない。

「え?いつも限度越えまくってるじゃん!まぁそれに助けられているんだけどさ……」

 未来は軽口を叩くと、最後に一瞬暗い顔を見せた。

(まだ昼の優華との事、この前の事を負い目に思ってるのか……)

「私はともかく愛美に変な事してないでしょうね?」

 俺は困惑する。今まで触れてこなかった心配事を、ようやく掘り返してきたからだ。

(というか、逆に結衣には良いの!?変な事しても)

「な、無いよぉ……」

 弁解して目を逸らすがその先には、はだけたままの愛美がいた。

「二度見した……」

「ふーん……」

 俺の目線を読んだ愛美の正直な発言に、結衣は棒読みの塩対応。

 そちらを見ると彼女の目が暗くなっていた。

 その事に焦りを生じ、汗をかく。

(これは嫌われた……よな)

「はい!じゃあこの続きは明日ね」

 未来がポンと手を叩いて締めると、明日の話をし始める。

「明日は休み……か。姉さんなんか予定あるのか?」

 未来に何か予定があるなら、付き合おうかと考えていた。彼女はすぐという程じゃない

が、些細なことでネガティブになってしまう。

 家族を支える柱には元気でいて貰わないと困る。

「家族みんなで花見でーす!」

 未来は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。

(そしたらその次の日曜日とかか……)

 みんなで集まることで楽しくなる。そしてそんなこと忘れるという流れなのだろう。

 今まで一番辛い思いを重ねてるのは彼女だ。

 前の学校では頼れる友達もいなくて、最初は色々とフォローをすることが多かった。

 そして彼女は、学校面でも家庭面でも努力を積み重ね、秀才になっていった。

 ふと集中して考え事をしていた。

「んで……乱威智も行くでしょ?」

「あ、あぁ行くよ」

「よし!」

 花見の話で盛り上がり、未来は喜んでいる。

 だがその時まで肝心なことを忘れていた。

 一昨日の事で、愛美は彼女に対してかなりの恐怖を持っていたはず……

「愛美」

 結衣の近くにいる彼女に呼びかけると、結衣に肩を支えられながら立ち上がろうとして

いた。

 彼女は安心したような顔をしていた。だが若干口元が引き釣っていたようにも見えた。

「明日ね。大丈夫よ……!」

 愛美が何とかそう答え、ホッとするが……やはり結衣は心配そうな顔をしていた。


 二人が風呂場の脱衣場へと去っていくと、未来が俺に話しかけてきた。

「ねぇ……愛美は?大丈夫なの?」

 喜んでいたはずの未来は声が震えていた。

「大丈夫だ」

 彼女を引き寄せて、赤い天然パーマとアホ毛を優しく撫でる。

「ちょっと火傷しちまったみたいでさ。一緒に風呂入るらしい……」

 都合の良い口裏合わせはこれしかなかった。

 これ以上不安を与え、暴走してほしくないという気持ちだった。

「汗の匂い、くんくん……焦げ臭いけど良い匂いだね?」

「そ、そうか?」

 右手でうちわをかいて体の温度を下げる。

 不意な褒めとその親近感に、また体温が上がる。

「結衣ちゃんも好きだと思う。頑張らないとね?」

 そのままニヤニヤと笑みを浮かべながら、部屋を後にしようとする彼女の肩を、左手で

優しく掴んで話しかける。

「あんまり無理すんなよ……」

 右手で仰いできた効果があるようだ。少し涼しくなってきた。

「わかってる――でも……随分暑がってるね?」

 彼女にクスクスと笑いながら心配されている。軽く流されていた事も知っていた。

(本当に心配だ……)

「いやぁちょっと暑くて……」

「おふろのぞく~?」

『ちがっ、そういう訳じゃ……』

 ここでジーニズの言葉は予想外で、反応できず小さい声になってしまった。

「わっ……だからお姉ちゃんの前ではやめてってば!」

 彼女も気恥ずかしいのか多少怒っている。

「勘弁してくれぇ……」

「ふふっ」

 彼女はまたクスクスと笑っている。でもこの笑顔ならと少し安心してしまう。

「ほんと君も無理しちゃダメだよ……!」

「あぁ……」

 彼女は少し心配そうな顔をしていた。

 未来が部屋を去るのを確認すると、台所に駆け込む。水をコップに組みガブガブと飲む。

「君も大変だな……」

「お前もその原因……作ってるんだからな?でも守りたいって気持ちは分かるだろ?」

 水を飲み終わり、落ち着いてジーニズと会話する。

「あぁ。取り憑いてるからね、その辺の気持ちも受け取ってるよ」

「やっぱり、お前すごいな……」

 ジーニズの精神の強さに驚きつつも、その後は入れ替わりで何とか風呂に入れた。

 中々出てこなかったため、大丈夫かなと心配してしまった。だが、結衣が任せてと言っ

たからには信じるしかない。

 黄色とピンクのパジャマ二人組は、風呂から出るとそそくさと愛美の部屋へ行ってしま

った。

(起きっぱなしの赤い着物……これは愛美が……いやいや何を考えてるんだ俺は)

 俺は唾を飲んで、何も考えずそれを洗濯機にぶちこんだ。


「あーあー……火傷してない?」

 結衣はタオルを巻いたまま、風呂場に入ってきた。

「痛くないし多分大丈夫だよ」

 あたしはというとただただボーっとしながら、プラスチックの風呂椅子に座っていた。

「嘘つかないで……震えてる」

 彼女はあたしの肩を両手で支えてくる。

 自覚は無かった。だが自分の手を見ると小刻みに震えていた。

「私、家の書庫で調べてみたの……そのことを少し聞いてほしい」

 彼女はあたしを安心させるように、優しい声で喋り始める。あたしは未だに驚きを隠せ

ず、彼女の問いに無言で頷いた。

 そうすると彼女はシャンプーを手に取り、落ち着いた声でゆっくりと話し始めた。

「まず二卵性双生児の能力影響について……」

 彼女は一回言葉を切り、話し続ける。

「その能力影響で命に害を及ぼす例は、十歳までの早期に能力解放をした子供のみなの」

(その話が本当なら……未来に何かをかけられる前、あたしは能力暴走なんて起こさない

って事に……)

「つまりあたしは……いくら強く願っても暴走なんてしないってこと?」

 そう言うと彼女は優しく否定する。

「ううん。一応十代に起こることもある。でも……」

「でも?」

 彼女の話が詰まったので聞き直す。

「どんなに強い能力を持つ片割れでもね、もう片方が倒れる程の事は一度も無いそうよ。

そして現にその人達は生きているみたい」

(そんなの嘘だ……あたしは現に、何度か能力暴走を引き起こし抑えきれなかった)

「だってあの竜だって……」

「デスティニーの事は一度置いといて」

 丸々盗み聞きしていた時のことを少し思い出す……でも彼女は急に冷たい声でそう言い

放った。だから少し驚いてしまった。

「ごめんね。でももう一つ。精神能力影響っていうのがあるの……その影響はその人の精

神不安定時に、暴走を抑えきれない可能性があるの」

「そんなのが……?」

(あたしはその精神の影響を受ける体質になってたってこと……?)

「だからそれを創造現壊イメージパスカルで引き起こしてるのかもしれないわ……」

 結衣がここまであたしのことを考えてくれてるとは思わなかった。

 彼女の一番さえもあいつが掻っ攫ってくとばかり思い込んでいたから。

「恐らくこの事はジーニズ位しか知らないわ。でもあの子は……多分気付いてないだけ」

 含んだ言葉に少し違和感を感じた。

 昔聞いた話だが、神は人間を我が物顔で救済する……という神話も存在するらしい。

 この前の口論では、ジーニズは長い間生きてるだとか、知識があるとか話だったが……

 確かに時折その神話の神様のような振る舞いをする。

(あのデスティニーの話が本当なら……)

「子供……なの?」

「そうよ……!まだあの子は本来の力を出せてない。性格も子供同然よ……!」

 最後の言葉には共感した。でも彼女の不可解な答えに疑問が浮かび上がった。

(性格が子供なのは分かるけど……何故本来の能力の具合まで分かるの?)

 神話生物の竜そのものだったとはいえ、なんでそこまで分かるのだろうか?

「なんでわかるの?」

 あたしは疑問をそのまま聞いた。だが彼女はこっちの思惑に気付いたのか苦い顔をする。

「なんとなくよ」

 話は一旦逸らされた。彼女は私の体を洗う手助けをしてくれた後、自分の体も全て洗い

終わったのか一緒の湯船に浸かってくる。

(あたしは諦めないわ!絶対に!)

 確かに乱威智の態度は気に入らないけど、全てをあいつに背負わせるなんて間違ってる。

 彼女は私から目を逸らして苦い顔をする。

「あたしにはまだ話せないことなの?」

 少し強引だったが、一か八かという気持ちで彼女に問う。

「はぁ……絶対誰にも言わない?」

 予想はビンゴだったようだ。彼女は溜め息を吐き、少々気の強い声で約束を問いかけて

きた。

「は、はい……」

 あたしは少し驚きつつも返事をした。

「話せる範囲でね」

 彼女は感情にブレーキをかける様に我慢した表情をしていた。

 まず彼女が話してくれた内容は、ジーニズがどういう存在なのか。

「この星、赤竜神星あぎとには奉られていた竜の神様が三匹いたの。名は氷竜神リヴ

ァイアサン、地竜神ベヒモス、天竜神ジズ」

 そこまではこの星のおとぎ話としても有名だ。

「うん、そこまでは最近の事だし知ってる。三匹は各地の神様として奉られていたが、英

雄と呼ばれた父さんが突如地球から現れた」

 彼への信仰が高まった。そして竜神への信仰が薄れ、ジズを残した二匹の竜神は宇宙に

飛び立った……

 彼女は説明を続ける。

「二匹は去り、天竜神ジズだけ星に残った理由……それは信仰を続ける那津菜家一派が心

配だったから。その使いってのがジーニズらしくて、あの刀の前にジーニズが取り憑いて

いた竜がマイトよ」

(あの結衣と仲良かった竜が……)

 でも疑問はそこだけじゃない。

 突然彼女の両親が死んだのか、彼女自身は中々それを明かさなかった。

「でもどうしてあんたの家族は……」

「やっぱ気になるよね……」

 彼女は決意をしたのか、大きく深呼吸をして話を続けた。

「次第にあの子は信仰を失うことにより、能力を暴走させることが多くなった。力を封じ

られてるみたいでどうすることもできなかった……お母さんとお父さんは、その暴走を止

めて、あの刀、妖刀村正を器に封印した。その代わりに、代償として命を落とした……」

「で……それを解いて、手にしたのがあいつってことね」

 彼女が震えているのがお湯の揺れから分かる。こんな話をさせた事に、少し申し訳ない

気持ちになってしまった。

「そうよ……!あの子に合う、唯一の神の器に乱威智が選ばれた」

「それで今に至ったってわけね……」

 彼女は涙を拭い、現在に致った詳細を教えてくれた。

 神の器を託された責任の重みを考えると喉の奥が痛くなる。

(だけど、あいつがそれを拒否をすれば結衣の身が……)

 どうしようもできない事実に胸と体が熱くなり、少しのぼせてきてしまった。

「愛美、あなたを信じて話したのよ?あとは分かるわよね?」

「分かった約束は守る。あたしもう出るわ」

 そう言い放って立ち上がり、湯船を跨いで出ようとする。

 後ろから左肩の傷痕を触れられて、体が勝手に反応して驚いてしまう。

「これって?もしかして、未来が……?」

 自制が効かない未来にこれ以上罪を着せたくない。

 だからこの傷の事は絶対にバレるわけにいかなかった

「し、心配しないで……!大丈夫だから!」

 少し強引に手を振り切り、風呂を出ようとする。だが、足が動かない……!

「あれ……?ちょっと……!」

 足を叩いても引っ張ってもつねっても、金縛りの様に動かない。

「嘘よ!どうして!?」

 段々と息が荒くなり、パニック状態へと陥っていく。

「うごっ……!?」

 あたしの気が荒くなってることに気付いたのか、結衣は後ろから優しく抱き締めてくれ

る。

 そのことでふと我に帰った。

「だめ!落ち着いて……深呼吸して?」

 深呼吸を繰り返す。

「ごめんなさい……あなたにだって辛くて分からない事だってあるよね」

「う、うん……」

 自信の無さに俯くことしか出来なかった。

 だけど肩に溢れ落ちる彼女の涙は温かくて……あたしも気付いたら泣いていた。

 その日はそのまま着替えて彼女と眠ることにした。

 親友にここまで面倒をかけていることが、本当に情けない……

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