第29話~母と覚悟対決~

「ねぇ!お姉ちゃん!待ってってば!」

「…………」

 葵 紗菜は妹の優華の手を振り解いて黙りこくる。そして前へと進んでいく。

「ねぇ!何で教えてくれないの?」

「帰ったら話すから」

 優華は姉の顔を覗くが暗い雰囲気は変わらない。二人はいつもの円満の雰囲気を崩したまま、家まで帰っていった。



「あっ!鈴ちゃん!」

 その声に天崎 りんは笑顔を浮かべて振り返る。

「透香?」

 彼女は幸せそうな顔で私に抱きつく。

「ひゃっ!もー透香ってばぁ……」


「わわっ……!本物の英雄さんだぁ……」

「あぁ勿論!」

 父さんが有栖川さんに驚かれている。

 父さん、天崎 俊幸としゆきはこの国の文化を発展させた英雄と呼ばれている。


 父さんが星外調査隊の隊長さんになってから、遠く離れた地球の国、日本との交流が再開して友好的な関係を築け始めたのだ。

 今持ってるスマートフォン等々の機械的技術も取り入れられたのである。


 そしてこの間のこと。兄貴、天崎 乱威智らいちが救った少女、時雨 透香が私達家族の仲間入りとなった。

(私的には可愛い妹が出来た感じで少し、嬉しい、のかな?)

 彼女は同い年だが、私と愛美姉ちゃんには凄い甘えてくる。


 彼女の話によると、宇宙の何かの組織に捕らえられていたらしい。彼女の兄の話はするなと兄貴に釘を刺されていたので特に追求はしなかった。

 姉ちゃんの話では、聞き出すとどうやら泣き出してしまうらしい。


 そして姉ちゃんを探して私達に接触してきた。それはこの目ではっきりと確かめていた。

 最初こそ人見知りで怯えた雰囲気だったけど、私達と一緒にいる度に笑顔が増えてきた。


「って!と、透香!髪の毛の色どうしたの!?」

 私はあまりに変わっていた事に驚いた。彼女の金色であるはずの髪が濃い紺色に変化していたからだ。

「パッ……お父さん!透香に何かあったの!?」

 私は有栖川さんの存在を思い出して呼び方を変えた。


「いや、それがな。城に行って母さんに会わせてたらな、急に色が変わってこんなものが……」

 父さんは紺色のネクタイ着けたワイシャツの胸ポケットから何かを取り出す。

 シャツは相変わらず黒いスーツのズボンにしまっておらず、はみ出ている。


「こ、これは……?」

 父さんが取り出したのは縦長のひし形で紺色の結晶。

「なんかね。お母さんに会って、やっぱり皆とずっと一緒にいたいー!って思ったら、こんなの出てきたの」


「あの刀を問い質した方が良いんじゃない?」

「ま、まぁ。後でもぉ……良いんじゃないかなぁ?」

 兄貴の持つ喋る刀、ジーニズの話題を出すと、父さんが明らかに動揺していた。

(ママに何か言われたんだね……)


「鈴ちゃんはお友達送ってたんだっけ?」

「うん。で、この子が有栖川 鳴海さん」

 私は父さんに目を輝かせていた有栖川さんを紹介する。

「は、はじめまして!」

「はじめまして。なんかお兄さんの彼女さんと似てるねー」


 透香が兄貴の話を出すと、有栖川さんは凍ったかのように固まっている。

「え、私と似てるって……それに彼女って……」


(本当に関係自体絶ってたんだ……)

 その様子に私は那津菜なづな分家と本家が、本当に関係自体絶っていた事を改めて理解した。


那津菜なづな 結衣ゆいちゃんで合ってるよ。お兄さんってのは、僕の息子で鈴のお兄さん。君なら分かるんじゃないかな?妖刀村正の後継者?とでもいうのかな?」


「な、なるほど!理解しました……」

結衣ねえ様に殿方が……村正に後継者が……』

 と彼女はその後も暗い雰囲気でぶつぶつと呟いていた。

(結構、ショックだったのかな?)


 その後は有栖川さんを家まで送っていくと、母親と父親であろう人が出迎えてくれた。

(彼女も二人とも笑顔で幸せそう……家庭に問題とかは無さそうかな。良かった良かった)

 違う国の王家の後継者で、色々な虐待家族に引き取られた過去を持った優華ゆー姉とは違う様子で安心した。


 二人は父さんの姿に心から感激していた。本当の肉親で間違い無さそう。挨拶をして扉を閉めると父さんは呟いた。

「良かったね」

「うん。ほんとに」


「?」

 透香はゆー姉の事をあまり知らないからかぽかんとした様子だった。

「さぁ!未来がご飯作って待ってる。手伝わなきゃな」

 お姉ちゃん、天崎 未来みらいは天崎家の家庭面を支えてくれる大黒柱。


(帰って家事とか手伝わないと!)

 私と透香は顔を合わせて、お姉ちゃんの事を考える。

『うん!』

 同時に返事をして待ちわびた我が家へと帰った。



「あっ、母さん。急に呼び出してどうしたんだよ」

「どうしたんだよじゃないわよ。はぁ……」

 母さんを見つけて呼び出された理由を聞くなり、溜息をつかれた。

(これは俺……また何かやらかしたのか?)


 愛美に似たくりくりの金髪は相変わらずだ。白いフリフリのワンピースにベージュのカーディガン。

 そして黒いスパッツという王室には似合わない普段着だが、その上に羽織っているのが『ぜろのマント』。内側は赤、外側が黒の一見普通のマントである。


 そのマントを装着した人への攻撃は全てゼロになるという、いわば無敵のマントである。

 結婚式の時、父さんからペアを受け取ったという話らしい。


「俺……またなんかやっちゃった?」

 マントの方を見ながら母さんに問いかけた。

 先日能力暴走の被害を食い止められなかった事を、俺は結構気にしていた。

 更に個人的な事で二つ、母さんを疲れさせている。ジーニズの目的の事、透香のこれからや敵組織についての事。


「はぁ……そうじゃないけど乱威智、ちょっと最近無理しすぎよ」

 また溜息をつかれると、予想とは的外れの心配の声だった。

「なんだ。大事な用事かと思った」

「体調管理も充分大事な用事よ……」


「ちょっと武道場に来なさい」

「え?」

(まさか……!こんなチャンスは滅多に無い。もしかして少しは認められて……)

「そしたら答えは自分で見つけなさい」

(そうだ……『自分の事は自分で決めなさい』俺と同じ考え方だった……遺伝を恨もう)


 こんな孤高の考え方は強くはあっても、いつかは周りに滅ぼされる。愛美のような寛大で強い考え方が一番人としても強くなれる。

(そこはほんと父さん譲りだよな……)



 武道場に移動するとやはり誰もいなかった。母さんに呼ばれる時は大体説教。周りには誰もいない。

「というか時間は?忙しかったんでしょ?」

「察したのかはるが変わってくれたのよ」

(なるほど。お決まりのやる気モードか)


 天崎 龍遥たつはる。母さんの弟で、俺の伯父に当たる存在である。国でもやる気に入るまでの時間が長いで有名である。

「はぁ……ほんと困ったものだわ」

「そ、そうだね」

「あんたと足して二で割ってほしいわ」

(そ、それは誉められてるの?呆れられてる?)


「それよりあなたは黙ったまんまで何も話さないわね。お喋りなんじゃなかったの?」

 彼女は振り返ると、俺の腰にかけた妖刀村雨に宿るジーニズをキッと睨み付けた。


「いやぁ……眠くてね」

「ふざけてるなら封印するわよ」

「うっ、そ、それは嫌です」

 ジーニズが欠伸の声を漏らしながら答えると、一層彼女は強い剣幕で睨んだ。


 年に一回の竜神の信仰儀式には、膨大な魔力を持った特殊系の能力者がいないと務まらない。勿論国王級の。

 それはこの国で、いやこの星ではじいちゃんか母さんか兄さんしか存在しない。

 つまり竜神の暴走を収めてきたのは、那津菜家だけではなく母さんも関わっている。


 つまりジーニズにとっては厄介な事を抑え込んでくれていた人ととなる。

 だから応用を効かせば封印も出来る。

(でもそんなことはさせない。儀式で母さんの寿命を縮ませたくなんかない)


「一人として欠けちゃならないんだ」

「…………」

 俺の真剣な言葉に、彼女は真面目な表情を取り戻す。

「過去の事はなんて言ってくれても構わない。でもこれからは、大切な人を犠牲として差し出す必要なんて無い」


「はぁ……あんたはふざけてるつもりは微塵も無いみたいね」

 また彼女は溜め息を吐くと、俺を認めるような口ぶりでそう言う。

「でもね。それであんたが一番苦しくて辛い思いをしたとして、その大切な人ってのは喜ぶの?」

 だが一変して俺の気持ちを察するような、母さんの説教が始まる。


「そんな人と居る時間が少しでもあるなら、へでもない。直ぐに立ち上がる」

「嘘よ!」

 彼女がそう怒鳴ると、彼女の目の前に巨大な虹色の魔方陣が俺に向けて現れる。

「何度だって立ち上がる!」

 俺は妖刀村正の柄に手をかける。居合い斬りの体勢を取る。


零結界むけっかい!」

 彼女は武道場の壁と床全体にぴったりと結界を張る。

「絶対に……負けない!」

「竜王術式展開!」

 先程の魔方陣が七つ重なり、陣間が狭まっていく。全ての魔方陣が眩しく光る。


れつ虹光滅線シャインレーザー!」

 陣から巨大な虹色の光線が発射される。

 居合い斬りで受け止める。だが、威力が強すぎて吹き飛ばし切れない。

 それでも俺は村正を両手で握り直し、光線の間に亀裂を入れる。尚、光線は止む様子を見せず、俺を攻撃し続けている。


 強い力に体ごと後ろへ押される。

 腕と肩に強い重みがかかり、周りの衝撃波は高熱を帯びている。

(ここで!こんなとこで!負けるわけにいかない!)

「俺が!くたばる訳にはいかないんだぁぁ!!」


 乱威智の白い眼球は黒く染まり、赤い眼は強さを帯びる。

 髪も先程の暴走時のように黒く染まる。

「例え自分が敵でも!」

 歯を食いしばって全力で耐え、俺は足を前進させる。そうすると髪も目も元の色へとゆっくり戻っていく。


 ずっと続く光線に村正の刀身が熱され、炎を帯びる。そしてその炎は黒い闇の炎へと変わっていく。

「守るためにっ!!勝つんだぁぁ!!」

 長い長い眩しい虹色の光線に耐え、勢いをかけて全てを斬り裂く。


「なっ!」

 光線を切り裂いた黒い衝撃波が母さんのすぐ横を掠める。母さんは口を開けたまま驚いている。

『パリィィン』

 そしてその衝撃波は彼女の張った結界を、ガラスのような音を立ててぶち壊した。


「竜王術の光線を弾け飛ばすなんて……!」

 足をよろめかせながらも、驚く彼女に全力疾走で近寄る。

 右から彼女の零のマントに、左手で持った鞘で攻撃を仕掛ける。


「!?」

『カァァン!』

 気付いた彼女は左手でマントを掴み、それを防御する。

 俺は左手の鞘が弾かれたと同時に、右手を左腕の下から伸ばして、剣先を彼女の首もとに添える。

 刀身は催眠毒の薄紫色のオーラを帯びている。


 彼女は顔色を変えない。構わず動こうとするがそれに気付いたジーニズが喋った。

「魔力が少ない程、多少は睡眠の効果を受けるはずだ」

 母さんが手を下ろした為、俺も村正を鞘に納める。彼女は直ぐにその場に座り込んだ。


「ほら、母さん。帰ろ。皆が待ってる」

 俺が手を差し伸べると、母さんはその手を掴んで立ち上がる。

「何いってんのよ。あいつに執務を任せっきりに……って!乱威智……!」

 俺は目眩にふらついてそのまま母さんに倒れ込む。


「うんしょっ……!こういうこと言っちゃ駄目だけど、ほんとバカね……」

 母さんは俺を抱き抱えて、そのまま背負うと呆れていた。

「お互い様、でしょ……?」

 負けじと踏ん張って何とか答える。


「まったく……!背負って帰るから少し寝てなさい」

 母さんに背負われるとくりくりの髪に顔をくすぐられる。昔に愛美と一緒に城から背負われて帰った事を思い出す。


「昔、みたいだね」

「ほんとよ……!いつも喧嘩ばっかして、結局最後は抱っこにおんぶ。甘えん坊で困ったものだわ」

(あの頃は母さんに大変な思いさせてたけど、幸せだったな)


 今は未来が辛い思いをしている。今日は何とかなったが、もうちょっとうまく支えてあげないといけない。

「未来を見習わなきゃ……」

「二人して、いや三人とも見習う気ゼロよね?ほんと……!そこも足して二で割ってほしいわ……」


 母さんも未来の抱え込んでしまう性格はしっかり分かってたみたいだ。

(母さんの匂い……安心して、本当に眠い)

「うん。素直が、一番…………すぅ」

「はぁ……あんたがこんなだから、周りもさぞ大変ね?」


 龍美は武道場の入り口に待たせておいた愛美を呼び出した。

「あ、あたしも、抱っこ……し」

「無理、重い。我慢しなさいお姉ちゃんなんだから」


 お姉ちゃんなんだからって言葉も発したのもいつぶりだろうか。しばらく私も、この子達とちゃんと向き合えてなかったのかもと不安になる。

「ちぇ……でも、あたしは満足したかも。これでちゃんと向き合う覚悟が出来たわ」


 そんな強がる愛美の事が心配になった。

「本当に後悔は無いの?」

「仕方無いもの……でも!今度はあたしがうんと守って、そっちを後悔させてやるんだから!」

 一度暗い顔はするが、この子の覚悟は揺るがない。


(本当に、強がりね……私が言えたことでは無いけど……)

 昔、俊幸と会ってしばらく経った時の事を思い出した。本当に強がってばっかりだったけど優しく支えてくれた。

 最終的に私も正直になるしかなかった。恥ずかしくても、それが本当に幸せだった。


「も、もう兄弟はいらないからね!」

「なっ!?」

 考えてる事のその先を愛美に先読みされた瞬間、心拍数がぐわっと跳ね上がる。

「ママがにやける時なんて、大体何考えてるか分かるんだから!」

「ま、ママをからかわないの!」

(いつも変なところも気が回るんだから……)


「例の話、良いよね?」

「良いわよ。観客なんてあなたたちには邪魔だものね……」

 不意に話を切り替えられる。来週まで決勝はせず、週明けの朝に乱威智と二人だけで戦うという話を進めていた。

 だから愛美は前以て呼び出していた。


「これで、本気を出せるわ」

「じゃあ、本気を出して背負うの手伝ってちょうだい」

「えっ……」

 彼女の振り返った顔が真っ赤になっている。


「良い週末を送りなさい」

「い、いじわる……!」

 愛美を追い越して武道場を後にする。また顔を真っ赤にさせて軽く頬を膨らませていた。

(本当に寝やがって……重くてそろそろ腰が痛いしやばい)



「遅いし、ぼろぼろ!」

 未来が小さな胸を張って怒っている。

「更に失礼なところを見ました!」

 彼女は俺の視線に気付き、胸を隠して半泣きしながら怒っている。


 俺は本当に家に着くとこまで眠っていた。

「あーごめん姉さん」

「あ、あんた。それごめんじゃすまないわよ……」

 母さんが呆れながらもフォローしてくれると、父さんが未来の後ろから見えた。

「その通りだ!ほんと親子そっくりだな!」

「あなた?蹴られたいのかしら?」


「ご、ごめんて。で、でも僕の事じゃ」

 父さんは後頭部を手でかきながら申し訳ない素振りをする。

「あなた?」

「は、はい」

 父さんは見事に萎縮して帰ってしまった。


「へぇ」

「乱威智?どうかしたかな?」

「いや何も」

 納得の声を漏らすと、母さんに足を強くつままれた。いい加減背中から降りることにした。

「?」

 話についていけてない未来は、はてなマークを浮かべるように小首をかしげていた。

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