第52話~怠惰の悪魔 ベルフェゴール~
船から降りた俺は周囲を見渡す。何もない荒野と峡谷。岩の塊も存在する星。
悪魔が占領していたからか今までの星も名前はまだ無いようだ。
「奴等を封印、改心できるのはお前だけだ……!頼むぞ乱威智、ジーニズ君」
父さんは俺の肩を叩くと船に戻っていく。
俺は頷き、飛んでいく船をじっと見つめていた。
「よし……!」
頬を両手で叩き、気合いを入れる。
謎の傷について……大体の見当は付いていた。
父さんが全く知らないのであれば、あの手形の傷は船内にいるであろう愛美が付けた物。
そして昨日具合が悪くなった後の記憶がない。ジーニズも見えないと嘘をついていた。
(何かを隠してる……)
「乱威智、君に不利になることはすぐには伝えられない。信用を失う言葉かもしれないけど、君を守るためだ。」
ジーニズは俺の心中を分かっていたのか、急に説得を始める。
「まあ本当に悪いことにならないなら良いけどさ……」
俺は言っていて嫌な予感しかしなかった。
(やっぱり愛美が俺の事を庇って何かしようとしてるんじゃ……)
「おーい」
考え込んでいると、腑抜けたのんびりした女の子の声が聞こえる。
即座に妖刀村正の柄へ手をかける。
捻じ曲がった羊の角。ベージュ色のくりくり髪の女の子が、巨大なベッドに横になってポテトチップスを食べていた。
「い、いや……あの、ボク横になってるんだけど、いきなり斬ってきちゃうの?」
ポテトチップスの袋を抱えた彼女は、怯えた様子でベッドの端へ座ったまま後ずさる。
「交渉したいのか?だったらその前に一度眠らせてもらっても構わないか?」
俺は臨戦体勢を続けたまま、彼女へ問いかける。
「い、いやいや。それって交渉というか脅迫だよね……?」
彼女は首を横に振り、目に涙を浮かべる。
「んじゃ、すぐ終わるからね~痛くないから~」
俺はその体勢のまま、ベッドの方へにじりよる。話なんかは片付けた後の方が信憑性が高い。
「ま、ままままってよ……!今ポテチ食べてるのにぃぃ。はむっ……!もぐっ!いたたたっ!舌がぁ……」
彼女はポテトチップスをいきなり頬張り出す。だが口が小さいのか入りきらず、舌が痛いと嘆いている。
俺は居合いの態勢を取り、ジーニズと呼吸を合わせる。
「ちょ、ちょっとまってってば!ほ、ほらジズ君も!ヤハウェがぶちギレた時以来じゃないか……!あ、あの時はイスラエルの民を誰が誘惑したのかで揉めたけど……!ね、ね……?」
彼女はジズとの記憶の話をしている。だがそれは全く説得力の欠片も無さそうなので関係ない。
「いくぞ!」
「あぁ!」
ジーニズから返事が届いた瞬間、抜刀して彼女へ斬りかかる。
「ま、まってって言ってんじゃん……!」
彼女はポテチの袋を赤色の鉄に変換し、俺の攻撃を防御する。
「ポテチは待っても俺は待たない。しかもお前はカルミー派みたいだな。」
彼女が持っていた袋にはkallmyと書かれていた気がした。
「べ、別にカリっとしてて良いじゃないか……!」
彼女は戦う気になったのか、反抗の意思を見せる。
これだから口内を傷付けても良い。大量に食べたいとかほざく。あんなの沢山食べれば飽きるに決まってる。
「いーや、うすしお味はチップスナーしか認めない」
あのスナイプして撃ち抜くかのようなサクサク感覚。俺はそれしか信じない。
「ふん、そんな凝り固まった考えだから女の子の機嫌を損ねたり、姉と接吻したりするんだよ……!」
彼女の話を聞いていると、どうやらこちらの状況は見透かされているらしい。
「あ、姉とセッ……!?お前何言って――」
うまく聞き取れず俺が動揺して気を取られた瞬間……
「えいっ!」
彼女は目を瞑ったまま俺を押し退けて、距離を離される。
ベッドの上に尻餅を着く。
ぽよんぽよんと明らかに普通のベッドにしては凄い柔らかさを感じる。
「もう……至福の時なんだから邪魔しないでよ変態。ボクはまず男なんだから……」
彼女が何か言っているが理解が追い付かない。
(お、俺と愛美が……まさか昨日の記憶がない時に……!)
俺は頭に両手を添えるも思い出せない。
――宇宙船内――
愛美は焦った様子であたふたしていた。
「あっぶなかったぁ……」
あたしとその側にいるのは、電撃で気絶して目を回したパパ。
「ま、まさか御守りの儀式を済ませたら理性飛んで襲われるなんて……お、思ってもなかったし……」
愛美は自分の柔らかい唇に両手の人差し指を当てると、恥ずかしそうにモジモジしている。
「というかそもそも多少触られた程度で本番行為はしてないっつーの!結衣裏切る訳にいかないでしょうが……!はぁぁ……」
愛美は怒りながらも呟き、ため息を吐く。
あの時、右手に特殊な黒電で術式を編み、乱威智の胸部に護身神聖術をかけた。
白の神聖術で護身術をかけるならば、受術者の属性と相対する属性、火の反対は雷。それと白と反対の黒い闇属性の力が必要。
先祖の残した文献にはそう書いてあった。
だからあたしは黒雷を覚えることだけを考えてきた。あいつが考えるようにただがむしゃらにやっている訳じゃない。
だから乱威智に見下げられた時は、本当に傷付いたし、あの竜に光属性能力を見抜かれた時は焦った。
光属性を扱う能力者が闇属性を扱うなんて前代未聞だ。それこそ何故そんなことを?と詮索されてもまずい。
抑えきれず暴走させながらも、闇属性とはバレずに、それを惚けた振りをするしか無かった。
(あたしは兄さんのようにはならない……!)
完璧にやり遂げる。その意思が無ければ、昨日より前へなんて進める訳がない。
そしてもう一つは……眠った乱威智に術を唱える夢。その記憶を元に実行した。
神のお告げみたいだが、あんな夢を見させといて失敗などするはずがない。
創造現界の力も先祖からの贈り物。それをやれと暗示しているのだろうと理解した。
自分以外の敵に胸を射抜かれると発動する。だから少し特殊な術式が必要だった。
効果は数回だけ黒電能力を発揮し受術者を守ってくれる。
だが、それも黒魔術の類い。
右手を当て術を終えた後、乱威智が我を忘れて襲いかかってきた。
最初は理性を保つ前頭前野に影響を与えたのかと思い、焦ってしまった。
でもこいつはエロいことしか考えてなかったのか……体を弄り回してきたのだった。
あたしがどんな決心をしてこの行動をしたのか。そんな気持ちも知らずに……
そのうち乱威智が襲ってくる手を止め、自分の準備で油断を見せた時に電撃で気絶させてやった。
(とは言っても、クソッ、決心が揺らぐッ……!)
愛美は頭を抱え、虚ろな瞳で襲ってくる乱威智を思い出す。
(あ、あたしってMなのかな……?いやいやそんな訳あるか!)
頬を叩いて正気を取り戻す。
――星内――
「語弊があったね。ただ襲いかかっただけか。でも君が離れてくれよかったぁ……掘られるかと思ったよ。」
ベージュくりくりロングヘアの少女……もとい彼は言葉を訂正する。
「は、ははぁ……」
俺はこの傷がその時に出来たものなのか、愛美がこれをしたから俺が暴走したのか、まだ分からなかった。
「なんであろうと……ちょっと待ってよ」
彼は両手を前に出して、待てとジェスチャーをする。
「待たない。」
俺はウォーターベッドから背を向けて下りようとする。
「分かったよ!そんなにせっかちなら君を女の子にしてたっぷりいじめぬいてあげよう……!」
彼は後ろから抱き着いてきた。その人特有の体の甘い香りがする。
(めんどくさっ……)
「おい、ベルフェゴール。君は女性が嫌いなんじゃなかったのか?」
ジーニズは彼の正体を明らかにし、本人の弱点を開示する。
「そ、そうだったぁ……!それじゃ戦う時ボクが不利じゃないかぁ……」
焦ったベルフェゴールは俺から離れると頭を抱え、困惑している。
(というか本当にこいつが奴の手にかけられたのか疑問が……)
シュプ=ニグラスは女神。こいつを取り込む要素は全くない。
「こ、これじゃシュプ兄さんに褒めてもらえないよぉ……!」
まだ頭を抱えて泣きっ面を見せる。
(ま、まじかよ……その女神性転換出来るのかよ)
「乱威智!」
ジーニズが怒った様子で語りかけてきた。
(あ……やべ)
俺はある大事なことを思い出す。
「試練前に奴の事だけは調べておいてくれってあーれほど言ったのに……!」
ジーニズの言う通り、ネットで調べれば奴の表面上の情報は沢山出てくるだろう。
だが俺は結衣と一緒にいたくて、訓練ばかりに夢中になっていた。
「ま、まあ順当に勝てた訳だし……」
俺は苦笑いをしながら言い訳をする。
「ふふーん。何も知らないのかぁ」
それを聞いたベルフェゴールは嬉しそうに笑う。
『ジャキン……』
突然刃物の音がした。
(…………!)
振り返り様に刀を抜刀し攻撃を受け止める。
禍々しい雷模様の赤と紺と緑の大剣を持ったベルフェゴール。
殺気からか目の色も黒く染まり、瞳は黄色になっていた。その瞳の中心は赤色で……
急いで顔を逸らした。
「防げるのは当たり前と思って油断しちゃった?しちゃったでしょ?」
彼は煽り口調で楽しんでいる。
彼は楽しんでいるのか、次の行動に移らない。
俺は左手でサッと鞘を取り外し、彼の
だが歯応えは無く、空気を掠めたような感覚がする。
(…………!?)
後ろへ回転斬りと側転を繰り返し態勢を立て直す。
「随分用心深いんだね?」
背後から声が聞こえる。
先ほどの場所に奴の気配もしているし、顔以外も見えている。
「分身分離……か?」
後ろにいる彼へと問い掛けるも、背中から腹部に激痛が走る。
「がぶァッ!!」
血を吐き出し腹部を見ると、奴の大剣が体を貫いていた。
「ふふ、他の奴等とは僕は…ぐはァッ!!」
俺は自分の心臓に刀を突き刺す。
勿論普段より突き刺す刀は重かったが、構わず深く突き刺してやった。
刀身は紫の光を帯び、催眠毒を奴の体に注ぎ込む。
「わざわざ……刺されに来てくれたのかぁ?」
押し出される刀に抗いつつも言葉を吐く。
「お前も自分に……!」
奴は苦しそうに離れようともがくも、中々離れられない。
性格の悪い俺は良いことを思い付いた。
「ああそうさ……」
催眠毒は麻酔とは違い、ジーニズの属性能力のため能力使用者には効かない。
肯定すれば奴は油断するだろう。
押し出される刀とともに傷は全て塞がり、奴の大剣も押し出される。
赤い髪も白く染まり、エメラルドグリーンの瞳は赤い色へと変化していく。
すぐ振り返るも奴の顔は見れない。
でも正体がどこにあるか分からない状態では不利なのは変わらない。
こちらも姿を翻弄するに手を尽くすしかないだろう。
見えない速さで移動し、一秒もたたずに周囲や奴の周りに二十体程の分身分離を出した。
最後に自分をシャッフルして奴の後ろに回り込む。
後ろに回り込めば奴の目を見なくて済む。
「バーカ」
奴は首を百八十度後ろに回転させ、関節など無視した形で手を俺の方へ伸ばし俺の頭を掴む。
「はぁはぁ……はぁッ!」
息を荒げながら反対側へ近づいていた分身分離と入れ替わり、催眠攻撃の斬り上げを奴の首元に入れる。
さっきとは違って斬れ筋が入った感触は全くない。
「ホラーかよ……てめぇは」
「ちがうよ」
後ろから子供がおんぶで抱き付くような重みが乗し掛かる。
「化け物は、君だよ?」
ベルフェゴールが乱威智の耳元でそう呟くと、彼の目は虚ろになる。
「ふふふ、これでもう僕の……ぐぶォァッ!」
またベルフェゴールは彼の心臓ごと刀で体を貫かれる。
先ほどの胸部の傷の血は止まっているが、今度は上腹部の心臓付近を貫く。
「クッ……!そぉ……」
また出血したことと、自分も特殊な催眠毒……神経への栄養素と酷似した物を流され神経毒にかけられていることを理解したようだ。
「寝ながら……僕の何をッ……!」
くたりとベルフェゴールは目を閉じ彼の背中に身を預ける。
だがベルフェゴールは再び数秒で目を覚ます。黄色の瞳は赤い色へと変わっている。
「かかったなァ!クソガキ共がァァ!!」
様子のおかしい彼は急に叫び出し、乱威智の頭部を睨み付けている。
「んじゃあ……頂いてコイツに使わせてみっか。はぁぐぅッ!!」
ベルフェゴールに乗っ取った何者かは乱威智の肩に
「ン?無い?」
何者かはきょとんとした様子を見せる。
ベルフェゴールの首元には更に背後から炎を灯した刀身が添えられる。
「よ、容赦ねェなァ……」
口を肩から離し、彼は両手を上げる。
背後にいたのは……黒い雷の翼を生やしたもう一人の乱威智だった。
「コ……コロ、ス……!」
彼はカタコトでそう呟く。
「んじゃァ……こっちも容赦しねェってことでいいんだよナァッ!?」
何者かはまた首を百八十度回転させ、乱威智に頭突きをする。
びくともしない。
乱威智も乱威智で様子はおかしいまま、数秒沈黙が続いた。
何者かの口角は上がりニヤリと笑う。
「ヒヒ……
笑いながら呟くと……
『パァン!!』
乱威智の脳の血管が全ての弾けたのか、大きな音を立てて彼の頭皮のあちらこちらから血を吹き出す。
「アッハッハッハッハ!!はぁー……」
後ろへ倒れる乱威智を見て、首を回転させたままの何者かは大笑いする。
笑った後は呼吸を整えるためか大きな息を吐く。
「ヒーロー終了ッ!あー笑える。ワタシに仇なすどころか、能力無効で簡単に殺されるなんてッ……ククップグッ」
女性と思わしき何者かは楽しそうに喋りきったかたと思えば、笑いを堪えている。
「しっかもさァ、一番好きな奴の能力で死ぬとか……プググッ。傑作だわぁ。あー満足した」
また笑いを重ねる彼女は喋り終わると少し落ち着く。
彼女は不意に霧がかった空を見上げる。
「オーイ、みてっかァ?あ、それとも怖くて失神してまた失禁しちゃった?ベヒモスのクソガキも単独でよくやってくれるよなァ~。それに比べ……」
喋り終えると、今度は乱威智に見下した視線を向ける。
彼女は乱威智の頭を踏みつけて、失望したような低い声のトーンで喋る。
「コイツは結局何がしたかったんだろうなァ?仲間を守りたい?その為に暗黒時代に使われていた竜化結晶がワタシの手によるものだと考えて、組織と繋がりがある。まではまあ褒めてやる……」
一呼吸置くと、目を瞑って溜め息を吐く。
「だが!組織と絡んでるであろうワタシどもを倒すために、
彼女は可哀想な目を向け、グリグリと足を動かしながら乱威智の頭を地面に押し付ける。
「あー退屈……ユリさん――じゃなくて今は愛美か。降りてこねぇかなァ?」
彼女は彼の頭で遊ぶのも飽きると、再び空を見上げていた。
「き――ろ!!」
誰かの声が聞こえる。
「起き――ッ!!乱威――!!」
「――!!ねぇ!!お願――!!起きてよぉ……!」
最後の涙ぐむ愛美の声でハッと目を覚ます。
周囲の風景は真っ暗。
うつ伏せからゆっくりと上体を起こすと、体を揺すっていたであろう彼女と目が合う。
「うぐっ……!よかった……!」
女の子座りで座っていた彼女は、泣きながら俺を抱き締めた。
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