第19話~高まっていく期待~

「おじいちゃん……私どうしたらいいの?」

「むぅ非常に難しいのぉ……」

 鈴は王室のソファに腰掛け、小さな拳を握りしめながら下を向いている。


 フィオーレ・アフラマズダー国王の天崎 藤慈とうじは今年で七十三の年を迎える。

 病院の復興手続きを済ませ、代を引き継がせるための書類の前準備を進めていた。


 そんな中、彼は初代国王が竜を轟かせたという能力、時空逃走エスケープ。それに思い当たる節のある孫娘を王室へ呼び出した。


「乱威智はどうやってそれに気付いたんじゃ?」

「結衣さんの屋敷の竜から聞いたって……」

「竜は嘘をつかずじゃからのう……」

 鈴は真実を話すと、ますます藤慈は気難しそうにする。


「それはまあ家族で話すことになるじゃろう。分かってると思うが、周りの人には秘密じゃぞ?」

「うん!それは大丈夫だよ」

 藤慈は少し笑みを見せると、鈴の強ばった表情もほどけていく。


「とはいえ……能力じゃからのう。いつかは分かってしまうし、昨日みたいに必要な時も出てきてしまう」

「そ、そうだよね……」

 鈴は再び悩み出したかの様に肩を落とす。


「でもまあ心配はいらん。乱威智が何とかしてるじゃろ?奴等相当強い……!能力解除できるわしが言うんじゃ!間違いない」

「ありがと!おじいちゃん」


 藤慈の能力は能力解除。無制限かつ広範囲で能力を無効化させる。

 だが最近は体への負担が大きく、最も重要な時以外使わないように医師に注意されていた。


 だがそのせいで最近の能力暴走での被害が重なって国民支持がかなり下がっている。このままでは騎士団希望の子供達も減ってしまい、閉鎖的な星となってしまわないか心配だ。


 だが藤慈の顔は新たなる希望に満ちていた。

 フィオーレ叡智の天竜神ジズ、そして全知全能アフラマズダーの使い。そいつが孫の乱威智を選んだ。

「奴等はどんな困難からも守りきってくれる。きっとそうじゃろう……だから全力で支えてやらなくては……!」



「早く早くー!」

 未来は結局結衣まで置いていき、一人ではしゃいでいる。

「わかったから気を付けなさいよー!」

 そして俺は結衣と小走りで未来に追い付こうとする。

「元気そうで良かった」

「それよりあんた大丈夫なの?」

 体調は……万全だ。治った傷痕を見ながら、元気だと答えようとした。

「身体のことじゃないわ。ジーニズの事よ」

 悩んでいた事を率直に聞かれた。

 やっぱり彼女もジーニズのことが心配なのだろう。

「父さんの言う通り、きっとすぐに目を覚ます」

「そう……」

 未来と合流し、衣服店に入る。

 そして俺は試着室の外で待たされていた。

「えっ……これ……着るの?」

「うん!」

 試着室の中からは、結衣の戸惑った声と未来の期待に膨らんだ声が聞こえてくる。

 しばらくすると試着室のカーテンが開く。

 結衣は襟の広い赤いセーター、ベージュ色のミニスカート、焦げ茶色のベレー帽を被っ

ていた。

 セーターから肩は見え隠れしていて左手で押さえている。

 スカートの丈はさっきよりも短めで右手でスカートの丈を押さえている。

「に、似合ってるんじゃないか?可愛いと思う……」

「そ、そう……?」

 そう感想を告げるが、色に強調された白い肌が見える度にドキッとしてしまう。

 少し露出度が高すぎないか、未来が彼女に無理をさせているのではないかと少し心配に

なってきた。

 だが既に気になっていたことを聞きたくて、小声で呟いてしまった。

「あ、あの……したっ……」

「着てるわよ!」

 頬をつねられて言葉が詰まった。恥ずかしそうに小声で怒られた。

「未来も着替えたんだろ?」

「じゃじゃーん!」

 未来の方は黒いキャミソール、青いジーンズのショートパンツは変わらず、白く薄い生

地のカーディガンを羽織っていた。

 髪留めのゴムもピンに変わって、いつものアホ毛を無くなっていた。

「おー似合ってるんじゃないか?」

「確かにかっこ可愛いいって感じね」

 フラットかつ可愛らしい姿に結衣も納得していた。

「髪留めのゴムも変えたのか。良いと思うぞ」

「そうかなぁ……えへへ」

 俺が褒めると嬉しそうな笑みを浮かべ、結衣も少し笑っていた。

「で、その服どうするんだ?」

「ど、どうしようかなぁ……」

 結衣はかなり悩んでいる様子だった。

 チラチラと俺の目を見てくるので、目線を合わせるのに必死だった。

 俺が褒めたり見とれたりしたからだろう。

「私はこれで決まりー!」

 未来はあっさりとした様子だった。

 まあ確かに本当に似合っていたから、本人も納得がいったのだろう。

「やっぱりか。しっくりきてたもんな」

「結衣ちゃんはどうするの?いまいちだったら他のも探してあげるよ!」

 彼女は任せろと言わんばかりに胸を張っている。

「俺の意見も良いけど……結衣が着たいのを選んだ方が良いと思うぞ」

「と、とりあえず着替えてキープする……」

 試着室に戻ろうとするとき、未来がジト目でにやけながら小声で囁いてきた。

『ふぅ~~。名前呼びまでいけたんだ』

『茶化すのはやめてくれ……』

 二人は再び試着室のカーテンを閉めた。


 結局二人が着替え終わった後も十分ほど待った。だが、かごの中はそのまま変えずにレ

ジに向かっていった。

「俺が払うよ」

 途中で声をかけてその足を止めた。

「えっ!だって結構……高いよ……?」

 流石に未来も驚きながら小声で聞いてきた。

 二人分となればそれ相応の値段となるだろう。

 だが前以て用意はしていた。

 それに先週の戦闘のことで注意はされたが……護衛報酬とか色々と貰えるんだろう。

 もっと安全を尽くすと反省はしたつもりだ。

「良いんだ。せっかく最善の策で守りきったんだ。持たせてくれ」

 あまり未来にそのことを思い出させたくなかった。

 だから言葉に気を付けつつ、鞄から長財布を出す。

「愛美にもちゃんとしてあげてね?私はもう……」

「気にするな。纏めて俺に任せろ」

 どうやら気付かれてしまったようだ。

「良い服選んでくれたんだからな。それでチャラだ」

 こう言えば、未来の気持ちも少し軽くなるだろう。

 既に俺は真顔で二つのかごを持ち、レジに並んでいる。

 結衣もやっぱやめたは言い辛いだろう。

「勿論だとも!ありがとう……」

 未来は再び笑顔を取り戻してくれた。

「一度決めたら引き返すな。普段訓練をつけてもらってるお礼だ」

 振り返りつつ、彼女に訓練をつけてもらっているときの言葉をそっくりそのまま返した。

「は、はは……あ、ありがとね……」

 結衣は、自分に返ってきた言葉に苦笑いを漏らす。


 その後は昼御飯を食べるため、ショッピングモールのレストラン街へ移動した。

 十一時過ぎと少し早い時間だったが、三人ともよく歩いていたため腹を空かせていた。

「何がいい?」

 ファミレスや和食停のそば、中華のラーメン屋やイタリアンな飲食チェーン店など沢山

あった。

「優ちゃんがいたならここ一択だね」

 未来はイタリアンチェーン店の前で立ち止まる。

 優華は中華王国の扇卯出身だが、それを嫌っておりイタリアン料理を好む。

「ここにするか?」

「二人はどう?」

 二人に質問すると逆に彼女から聞き返された。

 確かにピザやスパゲッティなどを頬張る優華を思い出すと、同じものが食べたくなって

くる。

『ぐぅ~~』

 不意に結衣のお腹の音が鳴る。俺達はほぼ同時に彼女の方へ振り返った。

 彼女は顔を真っ赤にして顔を手で覆いながら、指の間からチラチラとこちらを見ている。

 銀髪と白い肌のクールなイメージが一気に崩れた。

 普段と違って赤いリボンをつけたままのその仕草が、更に可愛らしく見えた。

「可愛いね。ずるい……」

「同感だ。可愛い」

 未来に続けて俺も見惚れざるを得なかった。

「や、やめてよ……!早く入ろうよ……!」

 三人ともドキドキしながら店内に入り、食事を済ませた。


「はぁ~美味しかった~」

 未来は幸せそうに体を伸ばしている。

「次はどこ行くんだ?」

「あんた――ら、乱威智は……行きたい場所ないの?」

 質問すると結衣に聞き返された。

 名前呼びに言い直したことは……触れない方が良さそうだ。

 彼女は恥ずかしいのかそっぽを向いている。

「場所なぁ。うーん……」

 考え詰めていると未来がワクワクしながら近付いてきた。

「え……!プレゼント!?」

 だが目前の彼女のいたずらな笑み……俺なら分かる。

 結衣へのプレゼントを、さも自分へのプレゼント風にして嬉しそうにする。

 そして実は結衣へのドッキリプレゼントというシチュエーションに憧れている。そう顔

に書いてある。

 案の定、結衣は若干俯いている。

(確かに色々心配かけたからな……)

「小物が売ってる店ってどこなんだ?」

「お……!?」

 未来は更に近付き、耳を傾けてくる。

 お礼を言えと……全く余計なお世話だ。でも感謝はしている。

 それに……彼女のペイントシャツは少し首回りも大きめなのを思い出した。

 視線を落とすと彼女の襟元から肌が……急いで目を逸らした。

『しょうがないから乗ってやる。ありがとな……』

 俺は小声で感謝の気持ちを伝えた。

「ふふっ、それならこっちだよ~」

(危ない……目線に気付かれたら一大事だった)

「ねぇ今、どこ見てた……?」

 結衣に横から指でつつかれ、ホッと吐こうとした息を止めた。

「い、いや……建物だけど?」

「そ、そう……?」

 完全にジト目だった……

(終わったかと思った……)

 焦りと緊張に怯えながら未来の後についていった。


「こ、この場所か?」

 そこはおもいっきり女性向けの小物ショップだった。

(幸樹へのお礼も贈ろうと考えていたが、これはまずったなぁ……)

 女性モノが多い分……これは選ぶのにかなり苦戦しそうだ。

「私は楽しみに遠目から見てよっかな~」

「わ、私もそうするわ……!」

(ね、姉ちゃん……!?それになんか結衣も怪しがってる……)

 目的の物をパパっと探すしかない。

「まずはりんごの髪留め……っと」

 髪留めコーナーを吟味し、さっと買い物かごに放り込む。

 店員や客、さっきの二人がにこにここちらを見ている気もするが……気に止めないでお

こう。

「そしたら鈴のための髪ゴム、髪ゴム……あった――?」

「お探しの物はこれ……?ですか~?」

 聞き慣れた声がする。そしてその人物が目の前に現れる。

「らいちゃんが女の子にプレゼントかぁ~。紗菜さん痺れちゃうなぁ」

 その正体は優華の姉の紗菜さんだった。今日はすっきりめの香水の香りがしてくる。

『あ、今鼻ピクッとさせたでしょ?』

 彼女はすかさず俺の耳元に寄り、こそこそ声で喋りだす。

 そして彼女は耳に吐息を吹き掛けるように呟いてきた。

『男の子のぉ……反応はぁ……』

(魔術本をっ!読んだ時のっ……!)

『分かりやすいのねぇ……』

(悪魔の囁きぃぃ……!みたいだ……)

 くすぐったくて変な気持ちになってきてしまいそうだ。

(ま、まずい!こ、これは俺が緊急事態だ!)

『緊急事態には能力を使っても良い』

(じいちゃんもそう言ってたよな……!)

 その間にも、紗菜さんの甘い息遣いが耳元に……理性に炸裂する。

『おーい?』

 俺は連れのお二人にっ……バレない様に分身分離を使うことにした。

 そして俺はさも立って品を選んでるように見せかけ、その場にしゃがむことにした。

 だがそれでも紗菜さんは食い下がらない。

『無視かぁ……ふっ』

(これなら身長のそこそこあるっ…!)

『お姉さんにぃ、ふ~……それはぁ……)

(結衣からもぉぉっ!見ることはぁぁ……!)

『ねーえぇ~~?』

「ふぅっ!?」

 しまった!声を漏らしてしまった。

「かわいい~」

 ただ立ちながら商品を見てるだけだ……そう思いたい。

 俺は続けて分身分離で、商品を吟味しているように見せる。

「そ、それはどうも……」

 ソワソワし過ぎて平常心を保つのに必死だった。

「で?」

「え?」

 更に耳元で問い続けてられ、耳が違う意味でお釈迦になってしまいそうだ。

 少し遠くの方では、お連れ二人が小物探しに夢中になっている。

『ほらぁ~何かぁ言うことはぁ~?』

 彼女は更に近付き、継続的に耳元の間近で囁いてくる。

「とても爽やかなっ……」

『はむっ、ちゅっ……』

 彼女が俺の耳をしゃぶってきた……!?俺は動揺しながら小声で反応した。

『さ……さ、紗菜さん何してぇ……!?』

『は~やぁ~ふぅぅ……ちゅっ、れろぉん』

『いぃっ良いぃ香りぃ……でっ!でぇえしたっ……!』

「ちゅぱっ……よろしい」

『はぁはぁ……一気に疲れた……』

(とりあえず、この人からすぐ離れて買い物を済まそう!)

 すっと彼女の耳元に回り込む。

(やり返して逃げるが勝ちだ!)

『紗菜さん……!バイト、してたんですね』

『ひゃっ!やめぇ!』

 彼女の浮わついた声に理性が途切れそうになる。

『俺はぁ、これから、お土産買わなきゃ……)

『ちょっ!ひゃん……!待ちなさいよったらぁぁ、んんっ……!』

 彼女へ強く囁き返し、この場から逃げようとした。

『なんでっ!さよならっ!』

『私と、んんっ……!優にぃぃっ!んっ……』

(ん?私と優華?何の事だ?)

『紗菜さん……』

『あっ……!だめっ!これすごっ!きちゃ……』

『あむっちゅっ』

 先程と同じく彼女の耳に甘噛みし返して、その場を後にした。

『ひゃっ……!いやっ……!ああぁぁぁ……!』

 何か悶える声が聞こえたような気がしたが、気にしないことにした。

 俺はその場の去り際に、鈴のための音の鳴らない鈴の髪ゴムを適当にピンク色のを選ん

だ。

 そして、幸樹へのでっかい虫眼鏡が入りそうな……紫系の大きめな女の子用ポーチをか

ごに投げた。

 これであいつも人前では虫眼鏡を出し辛くなるだろう。

 あとは未来には苺柄のシュシュを……かごに優しく置いた。

(そういやさっきあの人……優華のことを心配してたのか)

 葵姉妹に合いそうなものを探す。

(よしこのペア――いや違うな)

 紗菜さんには黒いのが似合いそうだと思い、少しペアの棚を見回す。

(これとか適当に……!優華は……恥ずかしいけどこれでいいだろ!)

 二つともかごに放り込む。

(あと訳ありの謎少女には……)

 まず仲良くなるにはこれだろう。昨日から考えていた物をかごに入れる。

 あと父さん母さんにはいい感じのペアセットを。

(青と赤のこれだな……よしっ!)

 結衣には……

「あっ」

「あ……」

 リボン棚の商品を触ろうとした時だった。

 偶然彼女も同じ物を見ようとしていた……彼女の指先と触れてしまった。

 彼女の指はとても小さくて柔らかかった。

 二人とも目が泳いで、言い訳を探す。

「こ、こういう柄が好きなのか?」

 ハートの形で赤と白のしましまのリボンだった。

「あ、うん……!ちょっと鏡ごしに似合ってるか見たくて……」

 お互い弁解するのに夢中で、指が恋人繋ぎになっていたことを思い出す。

「あうっ……!」

 彼女も気付いたようだ。でもずっとこうしていたい。俺の目を見つめてくる。

「あっ……」

 俺も目が合い、思わず声が漏れる。

 流石に彼女も手を離すかと思い、指の力を緩めた。

 だが彼女は離そうしない。俺も離すつもりは毛頭無いため握り返す。

「そんなにたくさん誰に買うの?」

 急に彼女はジト目になり、手を強く掴まれる。

「そ、そりゃあ家族でしょうに。ほら……!この前沢山心配かけたろ?それなのに俺だけ

報酬貰えるなんておかしいからさ……」

「そ、そこまで考えてたんだ……優しいね」

 まだ彼女はしょんぼりしている。これは嬉しがる顔が楽しみだ。

「別に良いんだ」

 そう言って、もう一つの手でさっきのリボンをかごに入れる。

「えっ、良いの?」

「勿論だ。その代わりすぐ付けてくれよ?」

「えっ……すぐ?」

 彼女は恥ずかしがる。だが一向に手のことに気付かない。それも可愛い。

 だからもう一つの手も掴んで彼女を引き寄せる。

『結衣の可愛い姿を見たいんだ……』

 ちょっと攻めすぎたかもしれないけど、チャンスはここしかなかった。

 彼女は顔を真っ赤に染め、俺の目を見て小さく頷いた。

『う、うん……』

『熱いね~』

 未来と紗菜さんがその商品棚の影から見ていた。

 結衣はすぐ手を離して、俺の後ろに隠れて抱き着いてくる。

(未来のところに逃げられなくてよかった……って結衣の服が……!)

 胸が当たってドキドキしてしまう。


 その後は店で買い物を済ませて、カラオケにボウリング等々。夕方まで遊び尽くした。

「楽しかったね~」

「あぁ、俺も満足したよ」

 早速つけた苺柄のシュシュ。フラットな服からキュートさが引き立つ。

 そんな未来も満足出来たようだ。俺も今週あった心の疲れを癒せた。

「うん、楽しかったね。明日から学校ね……」

 結衣も楽しめたようだが、少し暗い表情になる。

「結衣がそんなこと言うなんて珍しいな」

「今からでも遅くないからクラス替えさせてもらったら?」

 未来がにやにや笑いながら話しかけてくる。

「まあ、そんなのなくても大丈夫だろ」

 結衣は耳を真っ赤にして、バス停まで先に早歩きしてしまう。

「ふふっ、ほんと可愛いね」

「全くだ」

 そして町に着き、彼女を家まで送った。

 未来も晩御飯の準備とかで帰っていった。

「――城に向かうか」

 愛美とジーニズの状態が気になる。

「調子は大丈夫か?」

 愛美のベッドの左隣の椅子に座る。

 彼女はヘッドライトを点け、俺が前に貸した漫画を読んでいた。

「その調子なら大丈夫そうだな」

「こ、これぐらいは大丈夫よ」

 何故か彼女の顔を何度覗いても……漫画で隠れて見れない。

 俺の顔を見て、話してくれないのは故意じゃないよな?

「お、おい……本当に大丈夫か?辛かったら言ってくれよ?」

「な、何度も言わせないでよ……」

 あまりしつこくすると怒りそうだ。

 さっさとプレゼントを渡してしまおう。

「ほら」

「何?」

 俺はプレゼントの入った小さな雑貨屋の紙袋を渡した。

 彼女は漫画を左手に顔を隠しながら、それを右手で受けとる。

「えっ?あ、あたしに?」

 顔を隠す事を忘れたのか、嬉しそうに聞いてくる。

「あぁ」

 恥ずかしいので頬を掻きながら答える。

「開けていい?」

「あぁ――ってもう開けて……」

「わっ!」

 彼女はいきなり驚いた声を上げる。

「どっ、どうした?」

 何か変なものが入ってたのだろうか?

「ど、どうもしてないけど……その、覚えてたのね?」

 彼女の手元からりんごの髪留めが見える。

「あ、あぁ……やっぱり愛美も覚えてたのか」

 昔の事を覚えていたみたいだ。嬉しいけど……凄く恥ずかしい気持ちになる。

「まっ、まあね。思えばあんたが初めて無理した時じゃない?」

「そうかもな……」


 幼少期、愛美は森の木の上のりんごにタッチする――そんな遊びをよくやっていた。

 その木だけは特殊で他とは違う高さを誇る。

 そしてその森のすべての果実がなる。

 それは住人の噂でも有名だった。

 かれこれ六年前の話だ。六歳位の俺は、強い愛美にべったりだった。

 皆もそうだった。今とはまるで逆だ。

 身体能力も良く、歌声も綺麗。そんな彼女に憧れていた。

 もしかしたら今もそうなのかもしれない。

 ある日、俺は彼女の木遊びについていった。

 そうしたら彼女はこう言った。

『あたしの代わりにあのりんごを取ってこれたらお願い一つ聞いてあげる』

 その時の俺は……彼女の力には遠く及ばず、可愛い弟としか思われていなかった。

 だから強くなるためにそれを引き受けた。

 彼女としては安易な気持ちだったんだろう。

 俺は何度も巨木の木登りに挑戦して、何度も落ちた。

 必死になっていたら俺は血だらけになっていた。彼女は泣きながら俺を引っ張った。

 それでも彼女を振り切り、木にしがみついてりんごを取った……

 次に目を覚ましたのは病室だった。

 その時こそが、今の気まずい関係を作り出した原因かもしれない。

 後悔は無い……つもりだったがやっぱり寂しかった。

 日々の生活で彼女が俺を避ける度、物凄く辛かった。


「や、やっぱり……こんなあたしのこと……恨んでる?」

 彼女は震えた声で俺に問う。

「真逆だ。今やっと……届けることができたんだ」

「じゃあ……付けて」

 彼女は目を麗せて顔を近付ける。

 普段は見せない可愛らしい顔、甘い香り、くりくりの髪、久し振りに思い出す。

 この込み上げる幸せは……

(やっぱり俺は小さい頃愛美のことを……)

「わ、わかった……」

 ダメだ。正気に戻ろう。それは昔の話だ。

 絶対に誰にも知られる訳にはいかないし、昔の俺は振り切らなくちゃいけない。

 りんごの髪留めを受け取り、ピンを開く。

 彼女の前髪を右から左に流して、丁度良いところでピンを留める。

「ふふっ……ほんと昔みたいにやるのね」

 彼女は嬉しそうに笑っている。


 髪は金色の天然パーマ。更に当時の彼女はよく活発に動いていた。

 つまり髪留めは髪に絡まり、一緒にいた俺が付け直すことは多かった。


「あぁ……久々だな」

 懐かしい感覚は一緒。

 でも次に何かを話す以前に、恥ずかしくて二人して目が泳いでしまう。

「そ、その……ありがと」

 彼女は目を逸らす。恥ずかしさに耐えられなかったのか、頬を赤く染めている。

「そ、その……喜んでくれたみたいで、よかったよ」

 俺も顔が熱くなっている気がする。

「もう少し傍にいてもいい?」

「うん、いいよ……」

 色々と気になる事はあるけど……

 今は、今だけは、憧れの姉の傍にいたかった……


 少ししてから、俺は彼女に質問した。

「今日は帰るのか?」

 彼女は目の前にいるまま動こうとしない。

 もしかして同じ気持ち?……な訳無いか。

「あ、あんたに任せる。帰るならついてく」


「医者は特に問題ないって言ってたか?」

「うん、大丈夫。どうすんの?」

 そういえば優華をエレベーター前に待たせたままだったのを思い出した。

「じゃああの子の様子だけ見て迎えに来る。用意だけしといてくれ」

「わかった、気を付けてね……?」

「あぁ……用心する」

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